第16話 宮廷02
目を開けるとすぐ前にアラタさんの背中があり、私は反射的にのけぞって少し後ろに立ち止まった。あたりを見回すと、移動する前の塔の頂上とよく似た構造の建物の中のようだった。唯一違うところと言えば、壁の張り紙に書いてある文言だろう。そこには『行先地点を唱えよ』と書かれている。
「ああ、来たね。行こうか」
アラタさんが歩き出す。私たちは地上まで続く長い螺旋階段を下りていく。足音と少しの衣擦れの音だけで、とても静かだった。これから城に向かうのだと思うと、少し緊張して何を話すべきか分からなかった。途中ですれ違った子供たちが、はしゃぎながら元気よく駆け上っていく。その後を追いかけるように母親らしき女性が急いでついていった。
出口が見えてきた。外は何やら騒がしく、その音を耳にするだけでも鼓動が早まった。
まず目に入ったのは人。制服姿の学生、エプロン姿の女性や客引きをする男性。子供に手を引かれながら笑っている父親、恋人同士らしき男女。とにかく人が多かった。いつも行っている繁華街の倍は人口密度がありそうだ、行き交う人々はせわしなく、何かの目的をもって明確に動いているようだった。
「アオイちゃん、はぐれないように気をつけてね」
アラタさんが私の方に振り返って手を差し出した。私はその手を握り、歩き出した。
事前に本を読んでいたため、城周辺の構造は大体把握していたが、文字で読むのと実際に目にするのではかなり認識に差が出るものだと感じた。宙に浮いた土地の中央に城・千草城が聳え立ち、その周りを囲むように高い塀が建っている。その塀の外側には城下町が栄えていてる。今私がいるのがその城下町だ。城下町自体も塀で囲まれているが、城の周りの塀よりはずいぶん低いように思われる。
この城下町は一般人の出入りが可能である。そのため、ここで商売をするものも多い。繁華街より物価は高いが上質なものが手に入るらしい。にぎわっているのは城の南側であり、反対の北側は宮廷勤めの役人やその家族の住まいが建っている。城下町の賑わいとは打って変わって、閑静過ぎて気味が悪いとの噂もあるとか。東側には初等学校から高等学校、警察学校など各専門学校が立ち並んでいるそうだ。そして西側の一部は城下町では近寄ってはいけないとされている場所があるらしい。薬の売買、人身売買、その他犯罪が横行するとか。噂に過ぎないので真実はわからない。しかし、一般人はおろか、城下町に慣れ親しんでいる人でさえも近づかない場所があるというのは本当のようだ。
賑わいすぎていると言っても過言ではないこの城下町の人々をよく見ると、兄のような防弾チョッキを着た人とよくすれ違う。
「警護員が多いですね」
「ああ、ここの常識らしい。誰も気にしてないみたいだ。自然と溶け込んでいる」
人々はすれ違った警護員に視線すら向けていない。無関心なのに、やはりこれだけの人がいると事件がよく起こるのだろうか。
人が多すぎて店内を見て回るなどということはできそうになかった。そのため私たちは東側の学校エリアに足を運んだ。ここまで来るとだいぶ人が減って、学生服を着た学生がちらほら歩いているくらいになった。私は立ち並ぶ建物の看板を目で追いながらゆっくりと歩いた。
「『能力訓練学校 初等部』」
「僕の母校だ」
「え⁉ そうなんですか?」
アラタさんが頷く。
「この学校に行ってた時はまだ自分の能力が制御しきれてなくて、先生によく迷惑かけたなぁ……」
「そうなんですね……」
「制御ができるようになってらはかなり楽しかった。休み時間はゲームをして遊んだり、放課後は地上に降りていろんなところを冒険したりしてさ」
私もこの学校に行けば、今と違った生活が楽しめたのだろうか……。そんなことを考え始めて、辞めた。もう過去のことに囚われてはいけない。
話をしながらう住んでいくと、大きな門を構えた建物が見えてきた。
「『魔法学校』……」
「ああ、ここは宮廷魔法使いや上級魔法使いになる子が行く学校だ。初等部から高等部まで同じ敷地にある。中には小さな売店もあるし、大きな図書館、広大なグラウンド、寮もある」
「どうしてそんなことを知ってるんですか?」
「ほら、あいつだよ、ソーニャ。食品店の魔法使い。あいつの母校がここで、家が近かったからよく一緒に登下校してたんだよ」
「あ~、あの赤い杖の」
「え? アオイちゃん、ソーニャの杖見たことあるっけ?」
慌てて口を押えた私を見て、アラタさんが目を丸くする。そしてすぐに笑顔に変わった。
「くくくっ……、ただ驚いただけ。悪い事じゃないじゃないか」
そんなにおかしな顔をしていたのだろうか。アラタさんは笑いをこらえるように背を曲げながら歩いている。
「もう! なんなんですか……」
少し歩いただけでも、たくさんの学校が存在する。一見宮廷とは無関係に思える学校も、宮廷内でのふるまいや常識を含めて教わるのだそうだ。北北東には大きな病院まで建っており、城下町の人々の健康を守っている。
城側の壁沿いに沿って歩いていると、体格のいい二人の門番が立っていた。ここは城下町とは間反対の門であり、宮廷勤めの役人の出入り口となっているようだ。門番に軽く礼をして前を通り過ぎ、民家の方へと進んでいく。
「かなり静かですね。本で読んだとおりです」
子どもの声さえも聞こえてこない。
「ここも何も変わってないな……。人の営みが全く感じられない」
アラタさんがため息交じりに呟く。私たちの足音と話声が、この場では異質なもののように感じられる。
「帰ろうか……」
私たちはまた門番の前を通り、南側へ引き返した。来た時と同じくらい人の多い城下町を抜け、瞬間移動で繁華街に続く大通りに戻ってきた。
「なんだかホッとします。このくらいの賑わいでちょうどいいですねぇ」
「ああ。僕も安心してる。やっぱりここの方がいいな」
私は大きく深呼吸し、張り詰めていた緊張をほぐした。
「ちょっと買い物してくるので、アラタさんは先に帰っててください」
「? うん、わかったよ」
アラタさんに手を振り、私は繁華街の人混みに紛れていく。妙に浮足立った音楽。それぞれの店の飾りつけ。昼間にここにきて思い出した。
今日はクリスマスイブだ。
「お金持ってきててよかった……」
紳士服を専門に売っているお店に入る。アラタさんへのプレゼントを買うために。
**
「ただいまかえりました~」
店の扉を開けて私が帰ってきたころにはすっかり空が暗くなっていた。夕飯を作っていたアラタさんがこちらを振り返って「おかえり」と言う。
「遅かったね」
アラタさんが私が持っている紙袋を不思議そうに眺める。
「へへ、ちょっと」
ごまかして笑いながら、私は自室に荷物を置きに行く。渡すのは夕飯後か、明日でもいい。
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