第15話 宮廷01

 締め切ったカーテンの隙間から木漏れ日が降り注いでいる。私は部屋のベッドに腰かけながら、今さっき店から取ってきた本を読んでいる。主に宮廷について簡単にまとめられた内容であり、簡潔で分かりやすい説明がされている。

「なるほど……」

ページをめくる手が止まった。最後のページまで読んでしまったようだ。私は立ち上がって部屋のカーテンを開ける。服を着替えて髪を整え、毎日恒例の店の掃除に向かった。

 ベルタと会ってからというもの、私は宮廷魔法使いという単語が頭から離れなかった。掃除をテキパキとこなし、店の本棚から今の興味に合った題名の本を見繕い、駆け足で自室に向かう。

「スト――――ップ」

私の目の前にアラタさんが立ちはだかる。

「何ですか、ちょっと部屋にこもるので用があれば声をかけてください」

そう言って、彼の横を通り過ぎようとすると、また新たに彼の手が視界の端に移った。

「ちょ、なんですか」

少しイラっとして顔を向けると、眉間に皺を寄せたアラタさんがため息を吐いた。

「『ちょっと部屋にこもるので』って言いながら、何時間も部屋から出てこないし、声をかけても返事もしてくれないじゃないか」

「あー……、気づいてませんでした」

私の集中力って凄いなと内心感心しているとアラタさんの視線が私が持っている分厚い本に移る。

「で、何の勉強してるの?」

私は傍のテーブルの上に本を置き、一番上のものを手に取った。

「宮廷魔法使い、宮廷。そのような単語が題名に入っているものを片っ端から読んでいます」

「何? 宮廷に興味持ったの? どうして?」

新さんも一冊手に取って中身を見始めた。

「はい、最近、宮廷魔法使いの子と話をしたんです。それで、興味を持って……」

「ふーん」

アラタさんの目が細められる。

「だからって、一週間以上も部屋に籠りきりにならなくても」

確かに、ここ数日は必要最低限以外は部屋にいたような気がする……。

「はははっ、次からは気を付けます~」

私は机の上の本をまとめ、最後にアラタさんの手に収まっている一冊を華麗に抜き取って、そさくさと部屋に戻った。後ろからアラタさんの不満そうな声が聞こえたけれど、聞こえなかったことにしておこう。


**


部屋に籠もって二時間経った頃、さすがにまたアラタさんに怒られそうだなと思い始め、部屋を出た。

店に顔を出すと、アラタさんがグラスを拭いているところだった。

「すいません、少し穏界に行ってきます」

私に気がついたアラタさんがこちらに目を向ける。

「あ、僕も行くよ」

急いでグラスを拭き始めたアラタさんに急がなくていいと伝え、私はカウンター席に座った。アラタさんがせわしなく動いているのを目で追いながら、どこに行こうかと考える。またベルタに会いに行く? いや、今の時間から行っても彼女はいないだろう。昼間は宮廷の学校に行っているだろうから。

 廊下から準備が整ったアラタさんが出てきた。シャツの上にベスト、その上にジャケットのいつもと変わらない服装だ。私も席を立ち、一緒に店を出た。入りにかかっている看板をCloseにして、裏手に回る。

「どこに行きましょうか……」

「え、決めてないの?」

「気分転換に行くつもりだったので」

アラタさんは顎に手を添え、考える仕草をした。私たちはそのまま穏界に抜け、繁華街の裏路地に出た。

「宮廷……、なんて言ったらダメですよね」

「あっ、」

私がボソッと言った言葉にアラタさんが反応した。やっぱりダメか、私のような凡人は近づけないか。

「駄目じゃないよ、むしろ、一度行ってみた方が良いかもしれない」

「行けるんですか?」

「うん。行けるよ。本で読んだんじゃないの?」

「読みましたが、なんというか……、信じられなくて。私のような身分の者が許されるんだろうかって、考えてたんです」

「ハハッ、なんだ、そんなこと考えてたのか」

アラタさんが私の手を引っ張って、繁華街の方に向かっていく。薄暗い裏路地から昼間の明るい繁華街にでて、大量の光に耐え切れずに目をしかめる。急に吹いた風に髪が舞い上がり、あらわになった首元から服の中に容赦なく侵入してくる。カーディガンの前身頃を胸の前で抑え、風に立ち向かうようにして歩いた。

 私たちは過剰に賑わっている繁華街を抜けた先にある大通りに沿って歩いた。繁華街からはほんの小さく見えていた白い建物は、近づくにつれて大きく、そして明瞭になっていく。遠くに見えている時には気づかなかったが、城はかなり高い場所に建っているようだ。地上とは切り離された、宙に浮いた大きな土地。その上に城が建っているのだ。その光景を見るだけで、そこには厳かな空気が流れているのだろうと容易に想像がつく。

「こっちだ」

まだ城まではかなりの距離があるのに、アラタさんが大通りから外れ、螺旋階段が続く塔へと向かった。彼に続く形で私も付いていく。

「ここだ」

目が回るほど階段を上り、ようやく頂上に着いたと思うと、すぐにアラタさんが指さした。そこは三人ほどしかとどまることのできない、言ってしまえば非常に狭い空間で、床には円の模様が掛かれているだけだった。そして、四方の壁に張り紙がしてある。

「『城へ赴かむ』と唱えるのみ……」

「そう、ここから城へワープできる」

アラタさんが床に描かれた円の内側に入り、城のある方向を指さす。

「え⁉ 動物のワープって禁止されてるんじゃ、」

私の言葉にアラタさんがニヤリとほほ笑んで言った。

「城への行き来だけ、合法だ」

そんなのありなのかよ。

 私が呆然としているのをよそ目に、アラタさんはもうすでに目をつぶっている。

「『城へ赴かむ」

「え、ちょっとまっ、」

私が言い終わらないうちに彼の姿がなくなり、これが現実なのだと実感すると同時に、これから起こる初めての体験に少し不安を感じた。

 ゆっくりと、先ほどアラタさんがいたであろう場所に立ち、目をゆっくりとつぶる。暗くなった視界は何も映さない。それがかえって不安をあおる。

「し、城に赴かむ‼」




       



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