500円玉

冬部 圭

500円玉

 土曜日、母ちゃんから今月のおこづかいをもらった。いつもどおり、五百円玉がひとつ。

 おこづかいをもらうと兄ちゃんが本屋につれて行ってくれる。だから、おこづかいは毎月、マンガを買うのに使っている。月に一冊。ともだちが「おもしろいよ」と教えてくれたのを買うこともあれば、おもしろそうだと思ったのを買うこともある。本屋に行くまで何を買うか決めてないことが多い。その日の気分で買うのを決める。

 今月も、兄ちゃんにつれられて本屋に行った。本屋に行く道の間で、「お金を忘れたかも」と気になったのが失敗だったのかもしれない。さいふを取り出して、五百円玉があるのを確認して、兄ちゃんからおくれたのであわてて走っておいついて。

 本屋で兄ちゃんと一緒にマンガをさがして、おもしろそうなのを見つけた。ねだんは480円。これなら買える。今月はこれにしようと決めて、マンガをレジに持っていく。

「480円になります」

 レジのお姉さんに言われて、お金を出そうとしたら、さっきあったはずの五百円玉がなかった。

「兄ちゃん、お金がたりない」

 半泣きで兄ちゃんに声をかけると

「こづかい、もらったばかりだろ」

 と兄ちゃんはあきれながら、お金を出してくれた。

「来るとき、あったのに。なくしちゃった」

 マンガを手に入れたけれど、ぜんぜんうれしくない。

「落としたのかもな。いつまであった?」

 帰り道、兄ちゃんがきいてくる。オレのマンガ代を出してくれたから、兄ちゃんはマンガを買わなかった。もうしわけない気持ちになる。オレがドジだから。

「とちゅうでお金を持っているか自信がなくなって、さいふの中を見たときにはあったんだ。だけど、レジでお金を出すときに見たらなかった」

 本屋に行く間のことを思い出しながら、兄ちゃんに説明する。

「じゃあ、さいふの中を見たところのあたりをさがしてみるか」

 兄ちゃんがそう言ってくれる。

 さっき、さいふを取り出したあたりのところまでもどって、二人で五百円玉をさがす。

「良二、あったよ」

 兄ちゃんが五百円玉を見つけてくれた。助かった。

 オレが落した五百円玉が見つかったから、もう一度二人で本屋に行って、兄ちゃんはマンガを買った。兄ちゃんがマンガを買えてホントに良かった。

 マンガ代をかわりに出してくれて、五百円玉を見つけてくれて。兄ちゃんはホントにやさしい。やさしいという字が名前についているだけある。

 だけど、前にそう言ったら、

「名前に関しては、オレはお前にもうしわけなく思うよ」

 って兄ちゃんは言った。オレにはよくわからないけど、オレの名前より、兄ちゃんの名前のほうが、いい感じの名前なんだって。でも、オレの名前を決めたのは兄ちゃんじゃないし、オレより兄ちゃんのほうがすごいんだって名前でもぜんぜんおかしくない。だって、オレより兄ちゃんのほうがオレよりずっとずっとすごいんだから。そんなことを兄ちゃんに言ったら、兄ちゃんは少しこまった顔をして、

「だったら、良二がこまらないような、りっぱな兄ちゃんにならないといけないな」

 と言った。今でも十分に兄ちゃんはりっぱだと思うのに、あの時はうまく伝わらなかったみたいだ。少しざんねんに思う。


 次の日。父ちゃんと兄ちゃんと買い物に出かける。

「良二はきっぷを買えるか?」

「もちろん。あたりまえだよ」

 そう答えて父ちゃんから五百円玉を受け取る。

「三人分な。よろしく」

 きっぷを買うために五百円玉を入れる。大人一人、子ども二人のボタンを押す。隣の駅までのねだんを押す。これでばっちり。きっぷとおつりが出てくる。あれ、おつりの中に五百円玉がある。

「父ちゃん、おつりが多い。五百円を入れたのに五百円が出てきた」

 父ちゃんに説明したけれど、伝わらなかったみたいだ。

「良二、悪いけど、何を言っているかわからない」

 父ちゃんが聞き返してくる。

「前の人がおつりを取り忘れたんじゃないか? だったら駅員さんにとどければ良いよ」

 兄ちゃんがオレのかわりに説明してくれる。

「ああ、そういうことか。じゃあ、改札のところで渡したらいい」

 兄ちゃんの説明で父ちゃんもわかってくれたみたいだ。

「本当のおつりを計算しないとだな」

 兄ちゃんに言われて、頭の中で考える。きっぷが160円と80円と80円で320円。五百円を入れたのでおつりは180円。だけど今あるのは780円。600円多い。

「600円多いみたい」

 180円を父ちゃんに渡してそう言うと、

「算数、よくできたな」

 と父ちゃんがほめてくれた。少しうれしい。でも、このくらいの算数はできて当たり前だと思う。

 駅員さんに兄ちゃんが話をしてくれて、600円をわたす。

 電車の中で、なんか不安になって、兄ちゃんに声をかける。

「おつりを取りわすれただれかは、困ってないかな?」

 オレが五百円玉を落とした時みたいに、困っていたらどうしよう。

「駅員さんから持ち主にとどくといいな」

 と兄ちゃんは言った。できる限りのことはしたと思う。

「だいじょうぶだよ。困っていたら駅員さんに聞くだろうし、困ってなかったら聞かない。だから、困っていたら600円は戻ってくるさ」

 父ちゃんがそんなことを言う。そんなもんかもしれない。

「じゃあ、だいじょうぶだ」

 そう声に出すと、なんだか、だいじょうぶな気がしてきた。

「ああ、だいじょうぶ。良二はやさしいな」

 兄ちゃんがそんなことを言う。オレはなんか安心した。


 家に帰って、母ちゃんにおつりの話をした。

「そう、きちんととどけたの。良いことをしたね」

 母ちゃんもほめてくれた。

「だって、あるはずのお金がないと困るだろ」

 むねをはって答える。

「そうだね」

 母ちゃんはなんか言いたそうだ。へんなことを言うと昨日五百円玉を落としたのがバレそう。

「良二、昨日のマンガを読ませて」

 そばにいた兄ちゃんが話をかえてくれる。

「いいよ」

 そう答えてオレの部屋から昨日買ったマンガをとってきて、兄ちゃんにわたす。また、助けてもらったような気がする。


 こわい人だったらしい、じいちゃん(父ちゃんの父ちゃん)が付けたオレたち兄弟の名前。父ちゃんも兄ちゃんみたいにオレにもうしわけないって言うけど、オレはやっぱり気にならない。兄ちゃんはオレよりすごいから。でも、今日は五百円玉を駅員さんにとどけたので、オレも少し、兄ちゃんみたいになれたかなって思った。

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500円玉 冬部 圭 @kay_fuyube

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