第36話 イレギュラーダンジョン(6) 黄王賛歌

 神殿らしき建物に近づくにつれて改めてその巨大さに驚かされる。外周をぐるりと囲む回廊部は10メートル程の高さであり、回廊より内側部分は半分に切ったラグビーボールのような形をしていて、一番上は数十メートルはあるようだった。

 内側部分の壁面には所々に窓の様な穴が空いており、うっすらとした明かりが漏れているのが分かった。


「明かり……」

「たまにあった街灯っぽいの以外だと初めてね。でもなんか生活感とか、温かみとかが感じられない明かりよね」


 そんなことを小声で話しながら建物の入口付近へ進む。

 たどり着いた入口の扉も高さが5~6メートルはある巨大なものだった。ピタリと閉じられたその扉をどう開けたものかと思いながら扉の目の前までたどり着いたその時だった。


 ギギ……


 扉がきしむような音を立てながらゆっくりと奥に向かって開いていく。

 開いた扉から見える建物の中は真っすぐ奥へと続く廊下のようだった。建物の中の暗がりで先の方は見えない。


 ボッ……ボッ……


 廊下の壁にあるランプのようなものが勝手にいていき、長い廊下がゆらめく明かりに照らされる。


「入ってきてくださいと言わんばかりねー」

「罠くさー」

「でも、入らないわけにもいかないですよね」


 皆と顔を見合わせてうなずき合い、扉をくぐる。廊下の幅は数人は余裕で並んで歩けるぐらい広く、天井も扉よりもかなり高いので10メートル以上はありそうな高さだ。

 警戒度を一段上げ、全員で周囲を確認しながらゆっくりと進んで行く。


「文字……かしら?」


 すみれさんがポツリとつぶやいた声が耳に入り、視線を追う。

 廊下の壁面には幾何学模様のようなものが薄く彫り込まれていたが、菫さんが見ていた辺りには文字の様なものが書かれていた。


「霧の彼方より現れし御方よ……その御名は誰も知らぬ……」

「ぇ?」


 感情の薄い声で突然リオンが何かを読み上げる。


「深淵に眠りし……我らが王よ……」

「リオンさん、読めるんですか?」

「なんでだろ……なんか読めたね」


 読めたのは何かしらのスキルの効果だろうか? リオン本人もよく分かっていないようで首を傾げながら壁の方を見つめている。

 何かの詩というか賛歌というか、そんな感じに聞こえたが詳しく調べている時間もない。


「気にはなりますけど、とりあえず進みましょうか」

「そうね……」


 リオンが読んだ詩のようなものを聞いてから何かを考え込むように指を顎に当てて壁の文字を見つめていた菫さんだが、進むことを促したらすぐ反応してくれた。

 再び進みながら壁もよく観察してみると、時々だが文字の様なものが書かれているようだ。残念ながら俺にはそれが先ほどの文章と同じ内容かどうかまでは分からない。


「その御言葉は風のささやき……その御姿は終わりなき夢の底……」


 リオンの小さな声が廊下に響く。歩みを止めぬままに新たに見えた文字を読んでくれたようだ。

 少し進むたびに読み上げられるその詩が慎重に進む俺たちの耳を打つ。


「その御手はすべてを穿ち……その御足は世界をまたぐ……」


「狂気の深淵より湧き出でる慈悲なき慈しみよ……」


「遠き星々が涙を流し、蒼穹の門が軋む時……御身は再びこの地へと降り立たん……」


「御身に捧ぐこの言の葉、それは我らの魂の欠片……」


「どうか受けたまえ、塵のごとき願いを、雫のごとき誓いを……」


「王よ、我らが王よ……我らはただ静かに、永遠に、御身を待たん……」


 廊下に響くリオンの声を聞きながらしばらく進んだ頃、建物の入口と同じような大きな扉へと突き当たった。


「また扉みたいだね」

「進んできた距離からして、そろそろ建物の中央ぐらいですかね?」

「感覚が狂わされてたりしなければ、ね」


 廊下の先に見える扉に近づく前に一度足を止めて振り返る。

 俺の後ろに左右並ぶ形で歩いていた菫さんとリオン、後方も警戒しながら最後尾を務めてくれていたセバスさんの全員が視界に入る。


「あの扉を抜けたらいきなり戦闘でもおかしくありません。装備やコンディションの最終確認をしましょう」

「アタシは大丈夫だよ。こんな状況だし、準備もなにも無いよ」


 いち早くリオンが答えてくれた。パジャマらしき薄着の上から菫さんのコートを着て、足元は俺のスニーカーを無理矢理履いている。右手には俺が貸した予備の短剣を片手に持っている。ありあわせ感がひどいが、流石に仕方ない。


「私も平気よ。ホントは一服したいところだけど、後の楽しみに取っときましょ」

わたくしも問題ございません」


 菫さんとセバスさんは携帯していた水筒から水分補給だけ済ませてから返事をしてくれた。

 このイレギュラーダンジョンに突入してから1時間少々だ。少しは水分補給しておくべきと考え、俺も水筒を取り出して軽く喉を潤す。


「ぁ、おじさん。アタシにも頂戴」

「あぁ、すいません。気が利かなくて」


 飲みかけの水筒をリオンに手渡す。 あんがと、と言ってニカッと笑うリオンが水筒を受け取ったその姿に既視感を覚えた。ふとした瞬間にリオンが妙に優花に見えるときがあるのだ。

 水筒を傾けて水を飲んだリオンがほいっと返してきた水筒を慌てて受け取る。軽く頭を振って妙な既視感を飛ばす。まずは目の前のことに集中すべきだ。


「それじゃ、行きましょう。莉子を見つけたら救出を最優先。戦闘は極力回避したいですが、やむを得なければなるべく短時間で済ませる方針で行きます」


 三人が頷いたのを見てから扉の方へと向き直り、扉の前まで歩く。


 ギギ……


 扉がきしむような音を立てながらゆっくりと奥に向かって開いていく。

 

「やぁぁぁっと来ましたかぁー。遅いですよぉー」


 薄暗い扉の向こうから鼻にかかったような甘ったるい声が響く。

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