最弱職『従士』おじさん、勇者JKを弟子に取る

ダイシャクシギ

第1話 私を弟子にしてください!

「雷のおりよ、我が敵を捕らえよ! ”轟雷監獄テンペスト・プリズン”!」


 俺たちの一番先頭に立つ優花ゆうかが掲げた右手から稲光が立ち上がり、薄暗い洞窟の中が真っ白に染まる。洞窟の天井から降り注ぐ極太の雷が巨大な檻となり、黄色い襤褸ぼろ野郎を含むモンスターたちを包み込む。


「いま!」


 優花リーダーの指示に合わせ、パーティーメンバーが一気に撤退を始める。


「すまんっ……悠太ゆうた! 行くぞ!」

「優花! あんたもちゃんと逃げてくんのよ!」


 メンバーの最後尾で大吾さんとゆずりはさんが優花に声を掛けながら後退していき、優花を見つめたまま動けないでいた俺を大吾さんが引きずって行く。抗おうとするも、全身ボロボロな上にほぼ魔力の尽きた俺では前衛職の大吾さんの力の前になす術もない。

 優花を除くパーティーメンバー全員が戦闘をしていたフロアから脱出して十数秒後、後方から物凄い轟音と洞窟が崩れそうな激しい振動が押し寄せて来た。これは……自爆魔法……? そんな……




「優花ぁぁぁ!」


 自分の大声で目が覚める。虚空に伸ばした左手の甲にある契約紋の輝きの無さにいつものことながら失望する。


「くそっ……」


 何度も何度も見たダンジョンで愛する彼女優花を失ったあの日の夢。もう8年近く前なのに、いまだに引きずり続けている自分にあきれ果てる。

 窓の外はもう明るいようだ。休日とはいえ寝すぎたかな……軽い二日酔いの頭を振りつつ、ソファーから起き上がって首を軽く回す。寝付けなくて飲みながら寝落ちてしまったのでベッドには行けなかったようだ。


「あ”ー……腰が痛ぇ……ソファーで寝たせいか身体中バッキバキだわ……」


 気付けのためにシャワーを浴び、コーヒーを淹れる。んー、ドリップしたコーヒーのいい香り。ホントは豆から淹れたいところだけど一人で飲むのにそこまで手間かけるのもなぁってなりがち。


「AI、パソコン起動して」

『ユーザーログインをお願いします』

「田中悠太」

『声紋確認。ユーザー承認完了。起動します』


 音声指示で起動したデスクのパソコンでざっとメールチェックとニュースサイトの確認。特に気になるニュースもなかったので、とりあえず配信サイトを開く。ちょうどお気に入りのダンジョン系配信者がライブ配信を始めたところだったので垂れ流しておく。


『みんなー、おっはよー。 宍道リオンでーす』


 きれいな金髪を後頭部で大きなお団子にし、長めの前髪揺らす整った顔立ちの少女が画面の中でほんのり気だるげに笑う。澄んだ青色の目を眠そうに細めながら手を振っている。ダンジョン探索用の軽鎧姿のようだし、今日は探索配信のようだ。


《おはリオ》

《おはリオ~》

《[¥500]今日も朝からありリオ》

《初見です》


『スパチャありがとうー。初見さんもありがとうー。今日はー、渋谷ダンジョンに来てまーす。浅い層での雑談配信なんで、気楽に見てってくださいー』


 渋谷ダンジョンか……たしかあそこは特殊型だったな。画面の向こうには実際の駅とよく似た、だがどこか荒廃した雰囲気の駅構内が広がっている。

 ダンジョン。数十年前に世界中に同時多発的に突然現れたゲートの先。洞窟や草原、砂漠、雪山などの様々な異世界がそこには広がっていた。


『あ、スケルトンリーマンだねー。さくっと倒しまーす』


 画面の中でリオンが凝ったデザインの二対の短剣を両手に構え、腰を落とす。ふっと軽く息を吐きながら走り出し、ボロボロのスーツ姿の骸骨へと急接近する。スケルトンリーマンも迎撃しようとノロノロと腕を伸ばしてくる。


『そいっ!』


 伸ばされた腕をかいくぐりながら、軽い掛け声とともに短剣を振るう。右短剣で伸ばされた腕の肘部分を斬り落とし、返しの左短剣で首を刈り落とした。画面ごしでも鮮やかな動きがよく映えていた。


《お見事!》

《さすリオ~》

《すごリオー》

《斬星の双剣カッコイイー》


『いぇーい』


 崩れ落ちたスケルトンリーマンの残骸から魔石を拾い上げたリオンが画面の方に向き直って決めポーズをしていた。スケルトン系はドロップや魔石の回収が楽なのはメリットだよなぁ……面倒な解体をしなくていいし……


ピンポーン


 チャイム? 宅急便とかなら置き配してくれるだろうし、特に心当たりもない。宗教の加入とか怪しげなセールスとかだろう。無視だな、無視。


ピンポーン


 リオンかわいいよなー。顔もかわいいんだけど、なにより軽鎧越しでも分かるあの圧倒的な胸部装甲がまず素晴らしいね。ダンジョン配信じゃない時は普通の服だからたゆんたゆんしてて凄いんだけどなー。

 あと、あんまり笑わないけど、たまーに超笑顔になった時の雰囲気がちょっと優花に似てるんだよね。リオンの笑顔を見る度にいまだに胸がずきりと痛む。


ピンポーン


 ぉ、スケルトンリーマンアーチャーだ。遠距離武器はやっぱり対処が難しいよなぁ。こっちの遠距離武器は魔法とか以外はろくに通らないのに、モンスターは遠距離武器も使ってくるのズルいよなぁ。


ピポピポピポピポピンポーン


 流石にうるせぇな。まぁでもそろそろ帰るだろ。リオンはたしか盗賊系統の上位職だったよなぁ。レベルで向上する身体能力が速さ寄りとはいえ、飛んでくる矢を斬り払いながら走って接敵するのはすごいよなぁ。視力も度胸も。

 まぁ盾構えて走れば俺も接敵はできるけどね。


ガンガンッ!


 玄関のドア叩き始めた!? 怖すぎる。ますます出たくない。一応、探索者向けの賃貸マンションだからそこそこセキュリティのはずなんだけどなぁ。まぁエントランスのオートロックとかは住人の出入りに合わせれば入れちゃうしなぁ。


ガンガンッ! ドンドンドンッ!


 ドアを叩く音が鈍くて重くなりだした。やばくね? とりあえずインターホンでどんな奴かぐらいは見てみるか……


「優花……?」


 思わずつぶやき慌てて頭を振る。優花がいるわけないだろ。


 ドアの前にはセーラー服を着て大きな鞄を肩掛けにした少女が一人立っていた。鮮やかな赤髪が肩程まで伸びた気持ち長めのボブカット、気の強そうな目にすっきりした鼻筋の整った顔立ち、ぎゅっと噛みしめた小さな唇。十分に美少女と言っていいだろう。左手で鞄の紐をきつく握りしめながら不機嫌そうに眉を寄せ、右手でガンガンとドアを叩いている。


 顔立ちはそれほど似ているわけではないが、思わず優花と見間違えたのはなんでだろう。


ドンドンドンッ!


「……はい」


 どうしてもこのまま無視する気になれなくて、ドアを開けてしまった。やっとドアが開いたことに不安半分苛立ち半分といった顔の少女だったが、俺の顔を見るなり目を大きく見開いた。


「あ、あぁ……えぇと……どちら様、かな……?」

「…………」

「あの……?」

「赤根莉子りこです!」

「はぁ……えっと、ご用件は……?」


 少女は鞄の肩ひもをぎゅっと握りしめ、軽く息を吐いてから大きく息を吸い込む。そして大きく胸を張って大声で言った。


「私を、弟子にしてください!」




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