第2話 旧知からの手紙

『悠太へ


 久しぶり。突然でゴメンだけど、頼み事があります。

 探索者になりたい子の面倒を見て欲しいの。今年から高校生になる子です。ちょっと変わった子なんだけど、私の勘だと悠太にも良い影響がある気がするの。

 事前連絡すると断られそうだからアポなしで直行させます。まぁ話だけでも聞いてあげて。かなり特殊なジョブだから、配慮してあげてね。住む場所も無いから住み込みの弟子ってことで。

 それと、大吾も私も、うちの両親もみんな悠太のことを心配してます。優花のことを思い出しちゃうのかもしれないけど、たまには顔を出してください。


 追伸

 いいきっかけになりそうだから手を出してもいいけど、もし手を出すならちゃんと責任取るように。


 美しいおねえさま 櫻井ゆずりはより』



 デスクのOAチェアーに座って手紙を読み終えた瞬間、思わずため息が出た。たしかに事前に言われたら理由を作って絶対断っただろう。まぁ優花の姉であるゆずりはさんとは小学生時代から家族ぐるみの長い付き合いだったし、10年近くパーティーを組んでいた。行動が読まれている感は否めない。


「弟子ねぇ……」


 小声でそうつぶやきながら考える。探索者が所属組織の新人をメンターやOJTのような形で育てるのはよく聞く話だ。命を懸けて探索をする以上、貴重な新人をいきなり危ない環境に放り込んだりは普通しない。

 有名な探索者に門下生や弟子として付くという形が大半だが、個人単位で弟子を取るのも全く聞かないというわけではない。


 ソファーに座ってキョロキョロと部屋を眺めながら表情がコロコロ変わっている少女を改めて眺める。いつの間にか白猫のシロさんが少女の膝に乗っていた。喉元を撫で上げられてごろごろ鳴きながら気持ちよさそうにしてる。


「シロさんが懐くなんて珍しいね。あんまり人に懐かないんだけど」

「そうなんですか?」

「うん。昔の知り合いの連れを引き取ったんだけど、俺でもすごい機嫌がいい時にしか撫でさせてくれないよ」

「知り合い……」


 すっと表情を薄くした莉子ちゃんが更にシロさんを撫でまわしている。喉元だけじゃなくお腹まで撫でられてシロさんがとろけている。すごいわ。俺があそこまでやったら絶対引っかかれる。


「えっと……莉子ちゃん? ゆずりはさんの親戚か何かなの?」

「楪さんとはちょっと縁がありまして。弟子入りさせてくれそうな人を紹介して欲しいって頼んだら悠太……さんの名前が挙がったので。私、迷宮孤児なので他に頼れる当てもないんです」

「そっか……」


 少しデリケートな話題を無神経に聞いてしまった。迷宮孤児か……ダンジョンからモンスターが溢れて地上で暴れる迷宮犯濫スタンピードで親を亡くした子どもたち。俺も高校時代にスタンピードで両親を亡くしている。すごく珍しい境遇と言うほどではないが……くそ、断りずらくなってしまった。


「弟子にするかどうかの前に、探索者になりたい理由とか教えて貰える?」

「……ダンジョン配信者、お好きなんですか?」

「へ?」


 莉子ちゃんの視線を追ってみるとデスク上の画面の中で笑顔を向けてくるリオンと目が合った。ぁー……消し忘れてた。


「まぁ、そうだね。俺みたいなおっさんが若い女の子の配信を見てるとキモイかもしれないけど、推しってやつかね」


 幼馴染で彼女だった優花に雰囲気が似ている配信者だから、とは流石に言えないし言わない。いくらなんでも女々しすぎる。


「えっと……なりたい理由は言いたくない感じ?」

「……幼馴染を振り向かせたいんです」

「は?」

「超~鈍感な幼馴染がダンジョン系の配信者を推してるみたいなんです。だから私もダンジョン配信者になって、振り向かせようかなって。絶対、私だけを見させたいんです」


 胸元に両手を寄せて身を乗り出し、ふんすとしている莉子ちゃん。こんなかわいい子が幼馴染で、しかも好意を持ってくれているのに気づかないで配信者にハマってるとか、幼馴染くんは残念な奴だ。

 だが、実際問題、身寄りのない高校生で迷宮孤児なら、素質さえあれば探索者になるのも決して悪い選択肢じゃない。強くなることで生きていく力をつけることは出来る。


「でも、ダンジョン配信をやる探索者になりたいだけなら俺の弟子とかじゃなくて良くない? 配信自体は仕事で多少やってるけど、プロじゃないよ? しがない兼業探索者だよ?」

「悠太さんがいいんです!」

「えぇ……なんで……」

「悠太さんじゃなきゃ嫌です!」


 ソファーから立ち上がった莉子ちゃんが近づいて来ながら主張してくる。やたらぐいぐいと来るなぁ。初対面なはずだけど。

 

「ごめん。もうちょっと具体的な理由はない? 楪さんからも変わったジョブだとは聞いてるんだけど」

「ぁー……えっと、はい。ゆずりはさんからも普通のパーティーとかクランだと扱いきれないジョブだろうって。それで、金竜虎爪パーティーの一員だった悠太さんなら一人でも面倒がみれるだろうからって」


 パーティー名を聞いてズキリと心臓が傷む。8年前のあの探索を最後に解散した昔のパーティー。


「まぁ、俺はおまけみたいなもんだったけどね……それにしても、そんなに変わったジョブなんだね」

「えっと、はい」

「そっか……まぁ、探索者として独り立ちできるぐらいまでは面倒見るよ。ゆずりはさんのお願いを断ると後が怖いしね」

「本当ですか! ありがとうございます!!」


 多少は断られる不安もあったのか、了承の返事に対して満面の笑みを浮かべた莉子ちゃんがやったーと叫びながらぴょんぴょん飛び跳ねている。短いスカートがめくれそうなので慌てて視線を逸らす。

 しばらく飛び跳ねた後、莉子ちゃんがソファーに座り直したので話を続ける。


「よろしくね、莉子ちゃん」

「莉子って呼び捨てにしちゃってください」

「……分かった」


 探索者として一人前になれるよう教育していくのだ。たしかにちゃん付けよりは呼び捨てにして一人の弟子として扱うべきだろう。


「悠太さんはー……これからは師匠ですね!」

「ぁー……師匠呼びは流石にちょっと照れるかな」

「じゃあ悠太さん、でいいですか?」

「それで行こう。よろしく莉子」

「はいっ!」


 莉子が勢いよく頭を下げた。弟子入り許可がよほど嬉しかったのかずっと笑顔である。まぁゆずりはさんはいま関西エリア担当のはずだし、遠くから頼れる人もいない関東まで一人で来てやっと弟子入りの許可が取れて安心したのもあるのだろう。


「ぁー……ゆずりはさんの手紙には住み込みでって書いてあったけど、それで大丈夫? 2LDKだから物置部屋を片づければ部屋はあるけど、おっさんの一人暮らしだよ? 平気?」

「大丈夫です! 望むところです!」


 望むところらしい。まぁ本人がいいならいいか。手を出す気もないし。

 生活の細かなルールは追々決めていくことにして。


「了解。部屋はそんなには汚くないとは思うけど、あとで一緒に片付けようか。生活用品とかはある?」

「着替えと身の回りの最低限だけはあります」

「それなら後で買い物にも行こうか」

「はいっ!」


 嬉しそうに笑顔で返事をする莉子。おっさんがJKと買い物してて平気かなぁとちょっと心配にもなるけどまぁ大丈夫だろう。


「高校生……なんだよね? 学校は?」

ゆずりはさんが近くの私立高校の探索科に入れるよう手続きしてくれたって聞きました!」

「ふむ……」

「来週の月曜が入学式らしいです」


 探索科ならジョブ次第ではねじ込めるか。ゆずりはさんの権力ならどうとでもなりそう。学校に必要な色々も午後に一緒に買った方が良さそうだな。メモメモ。


「分かった。色々ありがとう。あと個人情報だから言いたくないなら言わなくてもいいんだけど、可能ならジョブを教えて貰っていい?」


 ジョブやレベル、スキルは重要な個人情報だ。ましてやゆずりはさんが普通のパーティーとかじゃ扱いきれないという程なのだ。心の準備をして莉子の言葉を待つ。


「はい。悠太さんならいいです。


 『勇者』です。


 世界で3人目じゃないかってゆずりはさんは言ってました」


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