第2話・リシャロッテ・アーベルハイトの場合①

「やったあああああ!これで自由ですわああああ!」


自室に戻った私、リシャロッテ・アーベルハイトはこみ上げる喜びを抑えきれずに、両手に作った拳を天井に向かって突き上げてぴょんぴょんと飛び跳ねる。

これで漸く晴れて自由に恋愛出来るようになるのだから、その喜びもひとしおだ。


それも無理はないことですわ。

だって、これで私は断罪ルートを回避することが出来たのですもの。


え?断罪ルートとは何のことですかですって?

それについて説明するには、まず私に前世の記憶があることを説明しなくてはいけませんわね。


そう、私の前世は実は地球という星の日本という国に住んでいた女子高生だったのですわ。

名前も容姿もはっきりとは覚えていませんけれど、ただ、彼女は乙女ゲームというものが大好きでその中でも特に大好きなゲームが私達が生きている世界とそっくりな世界を舞台にした《奇跡のウェディングベルは貴方と》という乙女ゲームでしたの。

その乙女ゲームの中では、主人公は奇跡の女神の生まれ変わりであるミーユ・プランターという男爵家の令嬢で学園に入学し、五人の攻略者対象達と出会って恋や勉学に励みながら最終的に奇跡の女神の生まれ変わりとしての力を覚醒させ、選んだ攻略対象者と共に魔王を打倒し幸せな結婚式を送るというもの。

そして、五人の攻略対象者には必ず、一人に一人ライバルキャラとして悪役令嬢がそれぞれ用意されているのですけれど、私こそがメインヒーローであるエルベスト王国の第一王位継承者アレスティン・エルベルトの婚約者であり、アレスティンルートのライバルキャラであるリシャロッテ・アーベルハイトなのです。

そして、あろうことかミーユがアレスティンルートに入って結ばれた場合、ミーユにさんざん嫌がらせをしたとして断罪されたことで気落ちしていたところを魔王に利用され魔女としてミーユ達の前に立ちふさがりアレスティン王子に切られて死亡する役目なのだと、半年前に足を踏み外してしまい階段から落ちて頭を打った時に思い出したんですの。


全く持って冗談じゃありませんわ!

何故私が婚約者を奪われた上に、その婚約者に手によって殺害されなくてはなりませんの!?


意識を取り戻した時には深い怒りが生まれたのは記憶に新しいところでわね。

だって、私は一度もミーユ嬢のことを苛めたことなどありませんでしたもの。

一、二度、婚約者にいる方に余り馴れ馴れしく触れてはいけませんと苦言を呈したことはありましたけれど、それも私の可愛くて大事に妹分である従妹のレティシアの婚約者であるユーリウス様にベタベタとしていたのを見掛けた時だけですわ。

それ以外は一度も関わりを持ったこともないというのに。

確かに最近アレスティン様にもちょっかいをかけてきてはいたようですし、それに対してアレスティン様も満更ではない様子を見せてよくご一緒に居る姿をお見掛けしましていい気はいませんでしたけれど。

だからと言ってあからさまに苛めたりするほど私低俗な人間ではありませんの。

アーベルハイト家の公爵令嬢として誇り高く生きて行くことを心掛けていますから、正直アレスティン様に対してはがっかりしましたけれど、彼が私よりも彼女を選ぶというのであればその決断を受け入れようと思っていたんですのよ。


なのにこの仕打ちはあんまりですわ!


となった私はなんとかして、断罪死亡ルートを回避できないものかと思案し、同じくユーリウス様のルートで悪役令嬢となるレティシアに思い切って打ち明けましたの。

前世の記憶があることも含めて、信じてもらえるかは正直なところ不安でしたけれど、私の話を聞いたレティシアの口から伝えられたのは驚くべき真実でしたの。

それはレティシアもまた前世の記憶があって、同じ乙女ゲームをプレイしていたのだということ、そして、彼女だけではなく他のルートでの悪役令嬢達もまた、私達と同じ転生者で前世の記憶があるのだと。

まさかこんな偶然があるとはと驚きはしましたけれど、これはまたとない機会でしたわ。

それから私達は五人で何とか悲惨な結末を回避しようと話し合い、結果、こちらから婚約破棄をしてしまおうということになったのですわ。

正直なところ全員婚約者に対しては愛想を尽かしていましたし、やはり一緒になるのでしたらちゃんと私だけのことを見てくださる方と結婚したいですもの。

それが地位や資産目的であったとしても、私のこともちゃんと大切にしてくださるのであれば構わないのですわ。

貴族令嬢に生まれた以上政略結婚に理解がないわけではありませんから。


という訳で今日まで半年かけて、国王陛下と王妃、双方の家の両親達を説得して婚約破棄を認めて頂くために動いてきましたの。

そして、漸く国王陛下達の許可も下りたため、正式に婚約破棄は成立しああして全く気が付かずにいたお馬鹿さん達に正々堂々と叩きつけてやったというわけですわ。


「ふ、ふふふ。それにしてもあの時のアレスティン様の呆気にとられたお顔ったら、今思い出しても楽しくて仕方がありませんわね」


婚約破棄を叩きつけた後の自身の婚約者であった男性の表情を思い出して、思わず思い出し笑いをしてしまう。

美青年が台無しになっていたなと。


(悔しいけれど、顔は本当に好みなんですわよね、顔だけは)


転生する前から、アレスティン王子が最推しであったこともあって、微かに浮かんだ笑みには苦みが混じる。


『リシャ。大好きだよ!僕が幸せにしたいお姫様は一生リシャだけだからね!』


一瞬脳裏に浮かんで幼き日の彼の姿と言葉を、慌てて打ち消すように頭を大きく左右に振る。


(そうよ。あんな顔と権力だけの男こちらから願い下げですわ。これでもう自由なのですから私も今度こそ私だけを見ていてくださる方を探すのですわ!)


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