第14話 西の遺跡

 耳をつんざくような怒声で、勇斗は目が覚めた。

 

「テメェなぁ、魔法が使えるからオレたちのメンバーに入れてやったのに、なんだよあれは!」

 

「ご、ごめんなさいっス」

 

 勇斗はベッドから離れ、窓の外に目をやった。窓に掛かっている厚手の布をそっとめくり、隙間から通りを見下ろす。


 鎧を着た、金髪ロン毛の男が怒鳴っていた。


 金髪ロン毛の視線の先には、額に包帯を巻いた少年がいた。ひざまずき、頭を地面にこすり付けている。

 

「あれは確か、チカップくん」

 

 キーナの村へ立ち寄る前、草原で出会った少年だった。

 

「テメェが魔法をコントロールできなかったせいで、仲間が死にかけたんだぞ。わかってんのか、あぁ?」

 

 金髪ロン毛は叫び、ボサっとしたアッシュグレーの髪をわしづかみにした。チカップの体が勢いよく持ち上げられる。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 

「うるせぇッ」

 

 チカップの顔面が、勢いよく地面に叩きつけられた。

 

「遺跡のお宝も見つけられなかったし、散々だよ。あぁ?」


 鉄の靴が、チカップの体を何度も踏みつけた。短い悲鳴が繰り返される。

 

「ちょっとなに? 喧嘩?」

 

 ガヤガヤと、人が集まってきた。

 

「チッ、もうオレの前に姿を見せるんじゃねーぞ」

 

 舌打ちをした金髪ロン毛は、走ってその場を離れた。

 

 フラフラしながら立ち上がったチカップは、おぼつかない足取りで路地裏に消えていった。

 

 鼓動が響く。勇斗は布を戻し、後ろに向き直り、深呼吸をした。


 薄暗い部屋。ベッドではランパが鼻ちょうちんを膨らませ、よだれを垂らしながら寝ている。

 

「ユート、起きてるか? 朝メシだぞ」

 

 扉の向こう側からミュールの声が聞こえてきた。

 

「う、うん。起きてる。すぐ行くよ」

 

 気持ちよさそうに寝ていたランパを起こし、勇斗は宿の一階へ向かった。

 


 食事を済ませた勇斗たちは、宿を出た。街は、すでに賑わいを見せている。

 

 勇斗はチカップが消えた路地裏を覗いた。地面には、血の跡が点々としていた。


「どうした、ユート?」


 勇斗の浮かない顔を、ランパが下から覗き込んだ。


「ううん、何でもない」


「まずは市場で準備をしよう。それからレオタプを貸している店に行くぞ」


 レオタプとは、砂の上を泳ぐ生き物のことらしい。西砂漠は非常に危険なエリアで、渡るならレオタプは必須だと、宿の主人から強く言われた。


 市場でミュールが保存食や薬を買っている間、勇斗はランパとソーマがはぐれないように監視をしていた。


「これくらい買えばいいかな」


「ミュール、お金は大丈夫なの?」


「じーちゃんから結構貰ってるから大丈夫。もし尽きたらどっかで働いて稼げばいいだろ」


 ミュールは白い歯を見せた。勇斗は、働くという言葉の意味がいまいちピンとこなかった。


「よし、遺跡に向かって出発だ!」


 ランパが張り切った声を出した。


「お前たち、西の遺跡に行くのか?」

 

 声をかけてきた人物を見て、勇斗はビクッとした。チカップに暴行をしていた金髪ロン毛の男だ。


「そうだけど?」


 ミュールは両腕を組み、金髪ロン毛の顔を見上げた。


「あそこは、行かない方が身のためだぜ?」


「アンタ、行ったのか?」


「まぁな。でも結果は散々だったな。お宝ひとつ見つからず、魔族に追いかけ回され、罠に引っかかる。しまいにゃ新入りの魔法が暴発してパーティは壊滅寸前ときた」


 金髪ロン毛はきつく眉をひそめ、髪を掻きむしった。

 

「あの」

 

「何だ?」

 

 チカップが何をしたのか、勇斗は聞こうとした。しかし、思うように言葉が出せなかった。

 

「何もないなら行くぞ? オレはこれから大事な用があるんだ」

 

「え、はい、すみません」

 

「じゃあな、立派な鎧のお坊ちゃん。死にたくなかったら探検ごっこはやめて早くおうちに帰るんだな」

 

 金髪ロン毛は冷笑しながら、去っていった。

 

「あの男に何か聞きたいことでもありましたの?」

 

 ソーマが心配そうな目をしながら、勇斗の震える手を握った。

 

「ううん、何でもない」

 


 勇斗たちは、西門を出た先に店舗を構える『レンタレオタプ・ウエスト』に足を運んだ。レオタプを貸している店だ。


 大きなテントの下にある店では、店主と思われる半裸の男が、シャチのような生き物に餌を与えていた。シャチのような生き物は、体長三メートルほどの巨体で、砂色の皮膚をしている。大きな口が開くと、ギザギザの歯が見えた。


「あれが、レオタプ?」


「いらっしゃい。坊主、レオタプを見るのは初めてか? これは私の可愛いパートナー、エリザベスちゃんだ」


 エリザベスちゃんは、甲高い声でミャー、と鳴いた。


「すみません、レオタプを貸して欲しいのですけど。四人分で、お金はいくらですか」


「すまない、今は貸し出しできないんだ」


 店主が申し訳なさそうに言った。勇斗は膝から崩れ落ちそうになった。近々、レオタプを使ったレースが行われるらしく、それが終わらない限り、貸し出しはできないとのことだった。


 勇斗たちは、店を後にした。とぼとぼと、西砂漠の彼方を眺めながら歩く。


「こうなったら、歩いて行くか」


「ミュールさん、話を聞いてませんでしたの? 徒歩で西砂漠を越えることは不可能。自殺行為だと言われましたでしょう?」


「そう、だよなぁ」


 ミュールがため息を吐いた。


 諦めて街に戻ろうと踵を返した時、ミャーミャー、という声がかすかに聞こえてきた。


「レオタプの鳴き声だ!」


 声がした方向に走ると、レオタプが一匹、横たわっていた。額に十字の傷跡がある、小型のレオタプだった。


「これは、野生のレオタプかな」


「大変。この子、怪我をしていますわ」


 横たわったレオタプの腹部には切り傷があり、血が滲んでいた。


「魔族にでも襲われたのかな」


 ミュールが険しい顔をしながら言った。


「ねぇ、助けてあげようよ。ランパ、精霊術で何とかならない?」


「うーん。わかった、やってみる」


 ランパは精霊樹の枝を天にかざした。大きな葉っぱがレオタプの真上に出現し、雫がこぼれ落ちる。雫はレオタプの体を優しく包み込んだ。次に、精霊樹の枝が傷口に向けられる。次の瞬間、光る糸がレオタプの腹部に向かって放たれた。あっという間に、傷口が縫合された。


「あとは自然に回復するのを待つだけだな。傷はあんまり深くなかったし、すぐに目を覚ますだろ」


「ありがとう、ランパ」


 勇斗は、温かい眼差しをランパに向けた。


「みなさん、これからどうしますの?」


「一旦街に戻って情報を集めよう。レオタプを使う以外に、西砂漠を渡る手段があるかも知れない」



 翌日、勇斗たちは街で情報収集をした。しかし、目ぼしい情報を得ることはできなかった。


 途方に暮れた一行は、ダメもとで、再び『レンタレオタプ・ウエスト』へと足を運んだ。


「何度も言うけど。レースが終わるまで貸し出しはできないんだ」


「何とかならないのかよ、オッサン」


「そんなこと言われてもなぁ」


 店主は困った顔をして、頭を掻いた。


 ミャー! ミャー!


 甲高い鳴き声が、西砂漠の方から飛んできた。見ると、砂が盛り上がり、一匹のレオタプが砂飛沫を巻き上げながら飛び出してきた。


 額に十字の傷がある、小型のレオタプだった。


「お前、昨日の。元気になったのか」


 ミュールが駆け寄り、レオタプの頭をなでた。


 ミャー!


「え、何て?」


 ミャー!


「本当に?」


 レオタプが鳴いたあと、ミュールがうなずく。意味不明なやり取りがしばらく続いた。


「こいつ、遺跡まで連れて行ってくれるんだってさ。助けてくれたお礼だって」


「ミュールって、動物と会話ができるの?」


 勇斗が眉をひそめながら尋ねた。


「まぁな。モッケ族と動物には深い絆があるんだ」


「ほう、野生のレオタプがすぐに懐くなんて珍しいな」


 店主が感嘆の声を上げた。


「でも、僕たちは四人だよ。流石に全員乗れなさそう」


 勇斗の声に反応したレオタプは、大きく鳴いた。すると、砂の中から三頭のレオタプが姿を現した。鳴き声の合唱が始まった。


「友達だってよ。早く乗れって言ってる」


「えっと、どうやって乗ればいいんだろう」


 勇斗は周囲をキョロキョロした。


「レオタプレース初代チャンピオンであるこの私が教えてあげよう」


 腕を組んだ店主が、得意げな表情をした。



 レオタプに乗り、勇斗たちは砂漠を横断していた。


 勇斗は、店主から貰ったゴーグルを装着し、額に十字の傷があるレオタプに跨っていた。やんちゃな泳ぎ方だったので、何度か振り落とされそうになった。まるで、ジェットコースターに乗っている気分だった。


 西の遺跡に到着した一行は、レオタプたちに別れを告げた。


 遺跡は、巨大な砂岩の崖を削り出して作られていた。風化した壁面には動植物の彫刻が残っている。夕日で赤く染め上げられた外観は、どこかロマンを感じさせた。

 

 遺跡の内部に足を踏み入れた瞬間、冷気とともに湿気のある独特の臭いが鼻を刺した。天井には、かすかに光の差し込む穴がいくつかあり、その光が砂埃にまみれた空間を静かに照らしていた。


 静まり返った回廊を進む。カツーンカツーン、と固い靴音が大きく響く。壁はいたるところがひび割れしていた。しばらく歩くと、体育館ほどの広さがある広間に出た。


「行き止まりかな」


 勇斗は広間の中央に立ち、周囲を見回した。ガランとした空間。不気味な静寂が漂っていた。ふと、足元を見ると、自分が立っている場所だけ砂が盛り上がっているような気がした。嫌な予感が脳内を走る。


 ザリッ、ゴウゥゥン!


 まるで大口を開けた怪物のように、足元の床が崩れ落ちた。反射的に飛び退こうとしたが、遅かった。重力が全身を引きずり、勇斗の体は暗闇へと呑み込まれた。


 勇斗は回転しながら落下した。落ちる途中で何かにぶつかった。十メートル以上落下したところで、体に強い衝撃を受けた。


 勇斗は、瓦礫と砂に埋もれていた。


「う、ううっ――」

 

 夏野神社の地下で落下したときのことを思い出した。あのときは水面に浮かぶ葉っぱの上に落ちたので怪我はなかったが、今回は全身が強く痛む。鎧を着ていなかったら即死だったかもしれない。

 

 勇斗は瓦礫をどかし、砂の中から身を這いずり出した。口の中に入った砂をペッペと吐きながら、辺りを見回す。壁の燭台に灯った火が、狭い空間をゆらりと照らしていた。

 

「ひいっ」


 頓狂な声を上げ、勇斗は青ざめた。いくつかの白い骨が転がっていた。人間のものもあれば、獣のようなものもある。ここで命を落とした者たちの残骸なのだろうか。


 突然、背後から無数の羽ばたき音が聞こえた。

 

 振り向くと、巨大なコウモリが五匹、宙を浮いていた。小さな手に、棘がついた細い棒が握られている。

 

「魔族!」

 

 鞘に収められた剣が抜かれる前に、巨大なコウモリたちは突撃してきた。

 

「うわぁっ」

 

 衝撃が次々と勇斗を襲う。両手でガードするのが精一杯だった。このままでは埒があかない。逃げよう。

 

 痛みを堪え、通路を駆け抜ける。後ろから巨大コウモリたちが追いかけてくる。

 

「あっ」

 

 勇斗は転び、思い切り顔を砂にめり込ませた。

 

 瞬間、頭上からグシャっという嫌な音と、断末魔の悲鳴が聞こえた。そろりと顔を上に向けると、壁の両側から突き出た無数の鋭い槍が見えた。串刺しになった巨大コウモリから、黒い液体がポタポタと滴っている。

 

 もし転んでいなかったら、と思った勇斗はゾッとした。

 

 近くにあった小部屋で、勇斗は座り込んだ。どれくらい時間が経ったのだろう。手と指が震えてきた。喉もカラカラだ。このまま死んで、通路で見かけた骸骨みたいになってしまうのだろうか。嫌だ。誰か助けてほしい。誰か――


 勇斗は俯き、涙を流した。

 

「ユート!」

 

 声が、聞こえてきた。顔を上げると、仲間の姿が見えた。

 

「ようやく見つけた。大丈夫か? ケガしてないか?」

 

 ランパが、眉をひそめながら近づいてきた。


「ランパ、どうして、ここが」


「精霊はな、契約したニンゲンがどこにいるか、なんとなくわかるんだ。だから――ぐえっ」

 

「ユートっ! 心配してましたのよ!」

 

 ランパを弾き飛ばしたソーマが、勢いよく抱きついてきた。


「いってー! お前、何すんだ!」


「ユートを抱きしめていいのは、わたくしだけですわ」


「いみわかんねー!」


 ランパとソーマが、きゃんきゃんと喧嘩を始めた。高音が頭に響く。


「まぁ、無事でよかったよ」


 壁にもたれかかったミュールが、腕を組み、苦笑いをしていた。


「みんな――」


 安堵の波が一気に押し寄せてきた。勇斗は大声でわんわんと泣いた。

 

「落ち着いたか? ホラ、これ飲んで」


 ミュールから水袋を渡される。勇斗は一気に水を飲み干した。

 

「みんな、ありがとう」


 勇斗は涙を拭い、立ち上がった。

 

「よし。じゃあ早いとこ大精霊を見つけるぞ」

 

 ミュールの話によると、ここは地下三階とのことだった。


 迷路のようなフロアを歩き回った一行の目の前に、篝火で照らされた大きな石の扉が姿を現した。石の扉には勇斗の左手首にあるアザと同じ、四芒星の模様が刻まれていた。

 

「あの模様は」

 

 ソーマが呟くと同時に、勇斗の左手首から光が溢れ、扉がゆっくりと鈍い音を立てながら開いた。

 

 扉の奥には、巨大な空間が広がっていた。中央には、炎の玉が静かに揺らめいている。勇斗が近づこうとした瞬間、炎はスッと宙に浮いた。

 

「な、何だ?」

 

 見上げるほどの高さまで昇った炎が、ひときわ激しく燃え上がる。炎は巨大な竜へと姿を変え、空間全体を真紅に染め上げた。

 

 一行は仰向いて、目を見開く。

 

『記憶を――』

 

 しゃがれた女性の声が、脳内に響き渡った。同時に激しい頭痛が勇斗を襲う。

 

 突然、意識が飛んだ。

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