第10話
第10話.
2日後、ファジョンは荷物をまとめて龍仁に向かった。龍仁水枝(スジ)区のジョンアム樹木公園で会うことになった。今から会う人はファジョンと同じくらいの年齢の女性だと聞いた。女性シェルターでファジョンは食堂の社長と直接電話で一度だけ話をした。ファジョンはまだ携帯電話を持っていなかったので、顔の印象や着ている服装を伝え、約束の場所も具体的に伝えられた。
午後5時に公園内の滑り台の近くにあるベンチで会うことにした。会う時はジーンズを履いて来ると伝えられていた。まだ携帯電話がなくてもそれほど不便なことはなかったが、食堂の仕事をしながらこれからゆっくり用意するつもりだ。釜山から龍仁まで行く交通費として、食堂の社長が女性シェルターを通じて5万ウォンをくれた。
釜山総合バスターミナルから龍仁公共バスターミナルまでのチケットを購入した。高速バスのチケットは23,600ウォンで、所要時間は4時間かかる予定だ。バスに乗って旅行に行ったのは幼い頃に乗って以来記憶がない。バスが出発してから1時間半ほど経って、高速道路のサービスエリアに立ち寄った。乗客はほとんど降りていた。
ファジョンもトイレに行きたくて降りた。想像以上にトイレが広くて施設がとてもきれいだった。更にリラックスできる音楽も流れていて、昔の記憶の中の高速道路のサービスエリアとは全然違っていた。 お腹が空いたのでソーセージでも買おうと思ったら値段が高くてまたびっくりした。
ソーセージは諦め、コンビニにあるパンと牛乳で腹を満たせた。その後サービスエリアに二度ほど立ち寄った後、龍仁共用バスターミナルに到着した。タクシーに乗ろうと人々が並んでいた。10分ほど待ってようやくタクシーに乗ることができた。ジョンアム樹木公園に行くようにタクシーの運転手に伝え、約15分で公園に到着した。
公園では小さな子供たちが滑り台やブランコで遊んでいた。 彼らの親と思われる人たちは、携帯電話で子供たちの写真を撮っていた。賑やかな声が心地いい騒音のようにファジョンの耳に響き渡った。ベンチに座りながら周囲にファジョンを探す人がいないかキョロキョロと見回した。
ベンチに座ってから3分くらい経っただろうか。身長160センチくらいで、ファジョンと同じくらいの年齢に見える女性がベンチの方に近づいてきた。 2人は目が合った。ファジョンはこの女性が自分を雇ってくれる食堂の社長であることが分かり、少し頭を下げて挨拶をした。
「あの、釜山からいらしたジョン・ファジョンさんですか?」
「はい、そうです。初めまして。」
「初めまして。無事にここまで来られましたね。」
「案内していただいた通り、龍仁ターミナルで降りてタクシーで公園の名前を言って来ました。」
「長い道のりでしたよね。バスで4時間くらいかかりましたよね?」
「はい、4時間ちょっとかかったと思います。 サービスエリアにも3回ほど寄りました。」
「お疲れ様でした。ここで話すのもなんだから、近くの喫茶店で話しましょう。」
2人はコーヒーショップでアメリカーノを2杯頼み、向かい合って座った。
「ファジョンさん、すみませんがちょっとお手洗いに行ってきますね。」
「はい、どうぞ。」
トイレに行ったチョ・エソンは何か用事があるのか、トイレから出てくるまでに少し時間がかかった。
「お待たせしてごめんなさい。 それでファジョンさんは食堂で働いた経験があると聞きましたが。」
「はい、4年ちょっと働いていました。」
「じゃあ、お店に来るお客さんの応対は慣れてますよね。」
「毎日の仕事が食堂のお客さんの接客だったので、慣れていますよ。」
「それは良かったです。私がお店をオープンしたら、ファジョンさんの経験がとても役立ちそうです。 ではとりあえず私の家へ向かいましょう。」
「はい。」
2人は喫茶店を出て、駐車しておいたエソンの車に乗り込んだ。
「疲れているでしょうからこれでも飲んでください。」
エソンは栄養ドリンクの蓋を開けファジョンに渡した。この時、ドリンクの蓋を開ける時に出るパキパキッという音は鳴らなかった。
エソンも同じく栄養ドリンクを1本飲んだ。ファジョンはゴクゴクとドリンクを飲み干した。
やがてめまいがしてきた。 そしてアーモンドの匂いがほのかにした。眠りに落ちたのかどうかさえわからなかった。何も覚えていない。何も見えなかった。
銀平警察署刑事2班のイ・ウチャン巡査部長は、イ・ソクユンからチョ・エソンの故郷である聞慶のムドンバウィゴル村に行った話を聞き、「土に還る」をゆっくり読み返していた。 そしてソクユンが送ってくれたYouTubeのリンクを見て関連情報をヤフージャパンで検索して見ていた。イ・ウチャン巡査部長は幼い頃から日本アニメが大好きだった。
その影響で日本語を専攻していたため、日本語の情報を把握することができた。語学が得意だったのか英会話もかなり得意だった。ヤフージャパンで「土に還る」の尺八での曲の情報を見ていた。楽譜はひらがなで書かれていたが、意味はなく音の高低と長さを表示しているようだった。
楽譜の右下に文字があった。さいもつ(祭物)。そして2つ目の単語が見えた。おないどし(同い年)と書いてあった。お供え物と同い年という意味だがこの2つの言葉が表す意味は、お供え物が同い年、お供え物は同い年で捧げなければならない。イ・ウチャン巡査部長は、このように解釈できると思った。整理した内容をメモ用紙に書いた後、翌日出勤した。
「チョチーム長、新たにな情報を見つけました。」
「おお、そうか。何だね?」
「私が昨夜、イ・ソクユンさんから得た情報とチョ・エソンさんの故郷に関する内容状況、また彼女の祖父から伝わったと思われる詩句と尺八の曲について、私なりに分析してみたんです。」
「それで何か分かったのか?」
「私が把握した内容が失踪の証拠というか、手がかりというか。そういうのではないと思うんですが。私の大学時代の専攻は日本文学だったじゃないですか。」
「うん、日本文学を専攻したのは知っているよ。」
「その尺八の曲について、日本のサイトでちょっと調べてみたんです。伝統的な楽器は韓国のものもそうですが、今の西洋式楽器の楽譜ではなくて固有の文字で音符を表記しますよね。 それで尺八も日本固有の様式でその音符を表記するようです。
その『土に還る』の楽譜をたまたま見つけたんですが、その楽譜の末尾に文字が書いてあったんです」。
「何て書いてあったんだ?」
「日本語の発音がサイモツで、その意味は供物という意味と、もう一つは、日本語の発音がオナイドシで、その意味は同い年という意味なんです。」
「ふむ、聞いてみるとなんか奇妙だな。お供え物と同い年って。」
「私の考えとしては、この2つの単語の意味は‘供物として12干支のうち、特定の人物の干支と1周、2周回っても同じ干支の人を供物として捧げること’なのではないかと思うんです。」
「うーんなるほど。イ巡査部長の話を聞いてみると、一理あるな。 日本語を知らない人には到底分からない情報だ。他のチーム員にもこの内容を教えてくれ。」
「はい。わかりました。」
チョ・ビョンゴル警部補は、部下の尺八の曲に関する解釈と、イ・ソクユンから聞いた聞慶のムドンバウィゴルの話を総合すると、チョ・エソンの失踪と何か関係がありそうだと、刑事としての勘が働いた。チーム員と簡単な夕食を一緒に食べ、仕事から帰宅したチョ・ビョンゴル警部補は、イ・ソクユンから一本の電話を受けた。
「チョ・ビョンゴル刑事さん。イ・ソクユンです。」
「ああ、ソクユンさん。」
「実はまだ刑事さんたちに話せてなかったことがあるんです」。
「そうですか。それはどんなことでしょう?」
「私、最初はエソンが行方不明になったこととは関係ないことだと思っていたんですけど、聞慶に行ってからよく考えてみたらある時エソンが私に距離を置いているような感じがした時があったんです。 特に喧嘩をしたわけでもないのに。
なんでだろうって考えてたら・・・たぶん私の考えが正しいかなと思ってきたんです。以前私が友達と1泊2日で楊平の廃墟で肝試しをしに行ったことがあるんです。」
「 廃墟で肝試しですか?へえー。それでなくとも廃墟で肝試しをしていた動画撮影者が捨てられた死体を発見したことがあって、ニュースになったこともありましたよね。」
「そういえば確かニュースで聞いた記憶があります。 私はもともとそういうところに行くのが嫌いなんですけど、友達がどうしても行きたいと言うので仕方なく同行しました。 その時友達と楊平の廃病院に行ったんです。 でも特に何もなくてそこで写真を撮ったんです。
当時、楊平に旅行へ行くときにエソンにはただ楊平に友達と1泊2日で遊びに行くって伝えて廃墟で肝試しをすることは言わなかったんです。 30も過ぎている大人がそんなところに行くなんて恥ずかしいと思ったからです。」
「確かにそんなことまで話すのは恥ずかしいかもしれませんね。 それで?」
「旅行から帰ってきてからエソンが楊平で何をして遊んだのか何度も聞いてくるんです。 私はその時エソンが楊平で女と遊んだんじゃないかと疑っているんじゃないかと思ったので携帯で廃病院に行って撮った写真を見せたんです。
それを見たエソンがすごく驚いた表情になったんです。そして急に顔が真っ青になって怒り狂ったんです。 今思えばその反応がとても異常でした。」
「そうだったんですね。 巫女の娘だからお化け屋敷みたいなところに行って幽霊でもついてきたんじゃないかって思ったかもしれませんね。」
「はい、そうかもしれません。当時は分からなかったんですが、エソンの家柄を知ってもしかしたらエソンには私に幽霊が憑いてるように見えたのかもしれません。とにかくこれが捜査に役立つかもと思ってお話しました。」
「はい、参考にさせていただきます。」
「あっそれと、そのことがあった後にエソンが急に家の近くの教会のボランティアに週に1回参加するようになったんです。 今まで教会に通っていたわけでもなかったのに。」
「教会に通っていた人ではないのにソクユンさんが楊平に行って喧嘩した後、教会でボランティアに参加し始めたとのことですね。今の段階ではこの2つがどのような関連性があるのかは分かりませんが、もっと調べてみないといけないようですね。」
ソクユンとの電話を終えたチョ・ビョンゴル警部補は、今回の失踪事件には今まで見てきた失踪事件とは何か違う部分があるようだという考えがますます募った。楊平での肝試し後に教会奉仕活動への参加、これがどのような関連性があるのか。 その点が分かれば、失踪の経緯について何か手がかりがつかめそうだった。
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