第11話

 第11話.

 チョ・ビョンゴル警部補はチーム員に、チョ・エソンの銀行口座の入出金履歴を再調査するよう指示した。警察署の食堂で昼食を食べ、事務室で雑務を処理した後、しばらく休憩をした。喫煙室で自動販売機のコーヒーを飲みながらタバコを吸っていたところ、イ・ウチャン巡査部長が喫煙室にチョ・ビョンゴル警部補を訪ねてきた。

「チョチーム長。チョ・エソンの銀行口座の入出金明細を調べてみたんですが、おかしな点が見つかりました。」

「何だ?」

「チョ・エソンが失踪した直後に彼女名義の銀行口座を調べた時には国民銀行、新韓銀行、新韓銀行、農協の口座に預金はほとんどない状態でした。 あったとしてもせいぜい1、20万ウォン程度でした。

 ところが2日前に大金が農協の口座に入金された履歴があります。 そしてその日のうちにお金を引き出しています。時間を確認したら、入金されてから2分後に出金しております。」

「金額はいくらだ?」

「8億ウォンです。」

「8億ウォンだと? はは....やっぱりそうだと思った。なんか怪しい臭いがするって言ってただろう。自ら家を出て行方をくらましたんだから何かあるな。詐欺の前科がある女だし。じゃあ8億ウォンもの大金をチョ・エソンに入金した人物は誰なんだ?」

「カン・ソンファです。」

「何だと?カン・ソンファ? チョ・エソンの母親じゃないか。ただの巫女が何で8億ウォンもの大金を娘にあげるんだよ。怪しい臭いがプンプンするな。」

「私もちょっとおかしいと思います。 その大金をいっぺんに送金して、しかも田舎の片隅で巫女として8億もの大金を稼いで娘に送るなんて。 おかしな話ですよ。」

「そうだな・・・。じゃあカン・ソンファの口座も調べてみてくれ。8億というお金がどこから入ってきたのか。」

 30分後、イ・ウチャン巡査部長はA4用紙を数枚持ってチョ・ビョンゴル警部補のところに行った。

「チョチーム長、お金の出所がわかりました。」

「どこからだ?」

「教保生命からカン・ソンファに8億ウォンを支払った明細が出ました。」

「保険会社から支給されたということは保険の受取人がカン・ソンファということだな。」

「そういうことになりますね。」

「今から一緒に教保生命に行ってみよう。」

「はい。」

 チョ・ビョンゴル警部補とイ・ウチャン巡査部長はすぐに教保生命に向かった。光化門本店に行くこともできるが、情報を早く確認するために近くの支店を探したところ、延信内に支店があった。延信内なら警察署から近い。2人の警察官は教保生命延新内支店に向かった。窓口に行き、イ・ウチャン巡査部長は警察の身分証明書を見せた。

「銀平警察署の刑事課から来ました。ちょっと調べたいことがあります。」

 イ・ウチャン巡査部長を迎えた女性職員は、警察の身分証を見て戸惑った。しばらくすると、後ろの席にいた40代半ばと思われる男性職員が近づいてきた。管理職と思われる男性職員が2人の警察官を別室の顧客相談室に案内した。

「何のご用件でしょうか?」

「教保生命のお客様の中にこのような方はいらっしゃいますか?」

 イ・ウチャン巡査部長はカン・ソンファの住民登録番号とハングル、漢字の名前が書かれた紙を渡した。

「少々お待ちください。」

 男性職員は紙を持って相談室を出ていき、保険契約書類を持って戻ってきた。

「お待たせしました。カン・ソンファさんは教保生命の被保険者です。」

「被保険者ということは保険金受取人ということですが、教保生命からカン・ソンファさんに8億ウォンの保険金を支払った履歴がありますよね?」

「はい。死亡保険金の受取人としてカン・ソンファさんが8億ウォンを受け取りました。」

「では、誰が死亡したんですか?」

 男性職員は保険契約書類を何枚か取り出した。

「カン・ソンファさんの娘であるチョ・エソンさんの死亡により、死亡保険金受取人であるカン・ソンファさんが受け取りました。」

「えっどういうことですか?チョ・エソンさんが亡くなったんですか?」

「はい。書類上はそのように書かれています。」

「では、チョ・エソンさんの生命保険契約はどの支店でなされたのですか。」

「亀尾(クミ)支店ですね。亀尾原平洞にあります。」

 イ・ウチャン巡査部長は教保生命亀尾支店の住所をメモ用紙に書いた。2人の警察官は教保生命延信内支店の事務所を出た。

「イ巡査部長、どう思う?」

「まさか、母親が生命保険金を取るために娘を殺害したのでしょうか?」

「日々捜査をしていると、いろいろなことがあるものだな。 その可能性もないとは限らないと思っておこう。 まさかと思って排除するのはやめとけ。色々な可能性を開いて捜査するんだ。今はとりあえず亀尾に向かおう。」

「そうですね。最近の金融会社は4時前に閉まるので今日は無理だと思います。明日早めに出発しましょう。」

「そうだな。明日の朝向かおう。」

 翌日の早朝、イ・ウチャン巡査部長とチョ・ビョンゴル警部補は亀尾に出発した。 イ・ウチャン巡査部長がハンドルを握った。あまりに早い時間だったため、ソウルを抜けるのに道が渋滞することはなかった。

「高速道路に乗ったのでサービスエリアなどを踏まえて考えると4時間はかかりそうですね。」

「結構遠いからサービスエリアは2回は寄った方がいいな。 昼食は亀尾に着く前の秋風嶺(チュプンリョウ)サービスエリアで食べよう」。

「はい。途中、トイレに行きたくなったら言ってください。」

「イ巡査部長の息子さん確か今年軍隊に行くって言ってなかったか?」

「はい、そうです。 息子は軍隊で義務警察に行きたいと言ってるんです。 再来年には義務警察が廃止されるそうで義務警察としては最後の入隊となると思います。 大学を出ても就職するのは難しいし、若い人たちはみんな公務員になろうと躍起になってますもんね。」

「そうだな。俺の友達の子どもも何人かは公務員試験の準備をしているみたいだ。 合格するのがどんどん難しくなって競争率が益々高くなっているみたいだよ。」

「そうですね。息子は私が警察官として働いている姿を見てきたからか、警察公務員を目指すそうです。 警察公務員も競争率が高いので義務警察の特待生を狙っているそうです。」

「どうせ軍隊に行かなきゃならんしな。いい考えだ。」

 高速道路を3時間ほど走ったところで、秋風嶺サービスエリアに到着した。サービスエリアの駐車場は余裕があったので食堂とトイレの近くに駐車した。2人とも朝食抜きでソウルから早朝に出発したためお腹が空いていた。先にトイレに行った後、食堂に入った。レジでそれぞれ食べたいものを選び、会計を済ませて席に着いた。

 平日なので食堂には家族連れの人はほとんどおらず、サラリーマンや一人で食事をしている人が多かった。キムチチゲとスンドゥブチゲを食べて再び車に乗り込んだ。亀尾ICを出て亀尾原平洞にある教保生命の建物に行った。イ・ウチャン巡査部長は亀尾の教保生命に警察が訪問することを予め通知しておいた。

 事務所に入ると、管理者と思われる職員が2人の警察官を会議室に案内した。職員から受け取った名刺を見ると役職は課長だった。

「朝早くから遠路はるばる亀尾までお越しいただきました。何かお手伝いできることがあれば言ってください。」

 職員の態度は幸いにも協力的だった。

「はい。急いで調べたいことがあって来ました。」

 イ・ウチャン巡査部長はチョ・エソンに関する情報が書かれた紙を渡した。

「チョ・エソンさんが生命保険加入者であり、ここ亀尾支店で加入したと聞いています。実際に亀尾支店で加入したことをご確認いただき、関連書類があれば見せてください。」

「はい、かしこまりました。少々お待ちください。」

 職員は紙を持って会議室を出ていき、5分後に戻ってきた。

「これが入会時に記入した書類です」。

 書類に書かれたチョ・エソンの個人情報と警察が持っているチョ・エソンの個人情報を比較した。住民登録番号と住所が一致した。

「課長さん、生命保険の加入日と、毎月の保険料はいくらとなっていますか?」

 再び書類を見ていた課長は驚きの表情を見せた。

「加入時期はわずか4ヶ月前ですね。 そして月々の支払額が300万ウォンです。」

「うーん。加入時の月々の支払い金額を聞くと怪しいですね。 こんなに大きな支払い金額を払って、加入してからわずか数ヶ月で生命保険金が支給されるケースはよくあることですか?」

「このようなケースはほとんどないと思います。」

「生命保険に加入してわずか4ヶ月で保険金を受け取ることは可能でしょうか? 普通は数十年を見越して加入するのが生命保険だと思うのですが。 いや、最低でも5年は支払うのではないのですか?」

「教保生命の生命保険法規上、加入後3ヶ月以降から保険金を受け取ることができるんです。」

「でも月々の支払額が300万ウォンって、よほどの高収入の職業でもない限りこの金額を払えるわけないだろ。イ巡査部長はどう思う?」

「はい。これはかなり怪しいですよ。課長さん、書類を見る限りチョ・エソンの保険加入履歴が怪しいのですが、保険金を出す際に会社側は何も疑わなかったんですか?」

「そうでなくともカン・ソンファさんが保険金を取りに来た時、書類を受け取った窓口の職員が怪しいと言ったのですが、証拠がなかったんです。」

「その時担当した従業員を呼んでくれますか?」

 20代後半から30代前半と思われるやや小柄な女性職員が会議室に入ってきた。警察官が2人とただならぬ雰囲気を感じ、女性は緊張していた。

「カン・ソンファさんに保険金の支払いを担当した方ですね?」

「はい、そうです。」

「カン・ソンファさんに接した時、特に覚えていることとか、何か不審な点はありましたか? 印象はどうでしたか?」

「普通のお客さんとはちょっと違うような印象でした。」

「何が違いましたか?」

「最初に保険を契約するときに帽子をかぶって来たんです。 中年女性がよくかぶるようなカジュアルな帽子でした。 また大きなサングラスもかけていました。ずっとサングラスをかけていたので顔がよく見えなかったんです。話し方もちょっと遅くて。

 それから生命保険契約して4ヶ月後に保険金を取りに来ると連絡が来ました。だから私はチョ・エソンさんが来る前に契約書類をもう一度見返したんです。」

「はい、それで?」

「毎月の保険料がとても高いんです。 300万ウォン。 普通それほどの金額だと高所得者でない限り負担するのは難しい金額ですからね。 保険契約者であるチョ・エソンさんの住所と職業欄を見ると、

 ソウル在住で、塾の講師をしているとありますが、それほどの保険料を月々払えるのかなと思ったんです。 それからチョ・エソンさんのお母さんのカン・ソンファさんが保険金を受け取りに来たときも他の人とは何かちょっと違うような雰囲気がしました。」

「すべてのお客様の印象をそんなに細かく覚えているんですか?」

「カン・ソンファさんの場合は保険に加入してから4ヶ月で保険金を受け取りに来るということと月々の支払額もかなり高かったので、ちょっと変わったケースとして注意深く見ていたんです。」

「そうなんですね。些細なことでも覚えていることがあったら教えてください。」

「通常お客様が書類に署名するときは、窓口にあるボールペンを使うんです。 自分のボールペンを持ってくる人はあまりいないので。 窓口にあるボールペンで署名したらボールペンをそのまま元の位置に戻すのが普通なんですけど、カン・ソンファさんは違いましたね。

 本人が書類に署名した後、洋服の裾でボールペンを丁寧に拭いてからボールペンを差し込んでいました。 ボールペンを使用した後に丁寧に拭く人は初めて見ました。 たとえ拭くとしても、衛生的に気になってボールペンを使う前に拭くということはありますが。

 自分が使用した後に次の人の衛生のためにボールペンを拭いて置いておくというのは、ちょっと変な感じでしたね。」

「言われてみると確かにそうですね。綺麗好きな人なら他人が触ったものを汚いと感じることもありますよね。 自分が使う前にボールペンを拭くことはしても、使った後にわざわざ服で拭いて他の人がきれいに使うために元の場所にボールペンを置いておく?・・・ チョチーム長、どう思いますか?」

「俺が思うにボールペンについたかもしれない自分の指紋を消したんじゃないかな。 もしかしたら後でボールペンについた自分の指紋が証拠として収集されるのを恐れてそれを防ぐためとか。 課長さん、防犯カメラを見せてもらえますか。 4ヶ月前に生命保険に加入した日付の映像と、保険金を取りに来たときの日付の映像です。」

「はい、では管理室に一緒に行きましょうか。」

 警察官2人、そして課長と女性職員は管理室に向かった。その日付に設定して防犯カメラの映像を見ていた。帽子をかぶり、サングラスをかけた女性が窓口に座っている姿を確認した。

「この人です。 大きなサングラスに帽子をかぶっている中年から年配の女性です」。

 そして、4ヶ月後に保険金を取りに来たときの日付の映像を見た。女性職員が言っていたカン・ソンファが事務所に入ってきて、窓口に座る姿を見た。4ヶ月前と服装は違うが、帽子とサングラスは同じものを着用していた。そして問題のあのシーン。書類にサインをしてボールペンを裾で拭く姿を捉えた。

 女性従業員の言葉通りだった。書類にサインをして頭を下げて裾でボールペンを丁寧に拭いている様子が見えた。ざっと拭くのではなく、5秒間は拭いていた。警察の目にはボールペンについた指紋を消すための行動に見えた。イ・ウチャン巡査部長は、カン・ソンファが映っている防犯カメラの映像を取り出しUSBに保存した。

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