チョコの味

マジンミ・ブウ

チョコの味

 クラスメイトの元宮さんは高嶺の花だ。

 どんなに手を伸ばしたって、届くはずがない。

 

 それでも、彼女は誰に対しても優しい。もちろん、俺にだって。

 グループに紛れながら彼女の話に相槌を打つ。その流れで、彼女のほうから俺に話を振ってくれることもある。

 何気なく答えながらも、彼女の声が鼓膜を震わせるたび、胸が張り裂けそうなくらいドキドキしているのが事実だった。


 端的に言えば――好きで、好きで、好きでたまらなかった。二人きりで話したことすらないけど、元宮さんの明るさと優しさに、強く惹かれていた。



 バレンタインデー。

 この日は女子も男子も、どこかそわそわしている。


 朝のホームルームが始まる前、一人の女子が俺に声をかけた。


「おはよう!」


 元宮さんだった。

 緊張で喉が詰まりそうになるのを抑え、できるだけ平静を装って挨拶を返す。


「はい、これ」


 彼女が手を差し出す。

 可愛らしく梱包された小さな箱が目の前に現れた。


「バレンタインだから。よかったら受け取って」


 時が止まったようだった。

 いや、実際に止まっていたのは俺の体だけだったかもしれない。


 不思議そうに首をかしげる彼女に、慌てて口を開く。


「あ、ありがとう」


 声が上ずったかもしれない。受け取りながら、ふと彼女の手に触れてみようかという考えがよぎったが、すぐに気持ち悪い発想だと打ち消した。

 ただ普通に受け取る。


 眠たい朝が吹き飛ぶような出来事だった。



 昼休み。

 元宮さんは仲の良い女子たちと食堂へ向かい、俺は大量に出された課題をこなしていた。


 ふと、後ろの席から女子たちの会話が耳に入る。


「元宮さん、みんなにはビターチョコを配ってるらしいんだけど」

「一つだけ、ラズベリーソース入りがあるんだって」

「それって本命じゃん!」


 ボールペンが止まった。



 放課後。


 帰宅するなり、俺は急いで包みを開けた。

 中には、一粒のチョコ。


 そっと指でつまみ、ゆっくりと口に運ぶ。砕けたチョコが舌の上でじんわりと溶けていく。


……良かった。


 俺、苦いのが好きなんだよね。

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チョコの味 マジンミ・ブウ @men_in_black

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