第27話 文化祭開幕




 まだ夏の暑さが残った晴天の日。


 体育館に全校生徒が集う中、文化祭実行委員副委員長、椎名 梓桜あずさの開会の言葉を皮切りに、西高の文化祭がスタートした。


 梓桜って2年生で副委員長を任されてたのか。


 それはもう期待されたとか関係なく3年生に譲れよ。いや、押し付けろよ。


 そんな小言を申したくはなったが、とにもかくにも文化祭が始まった。


 これまでにも球技大会や体育祭、合唱コンクールという数々の学校行事があったが、文化祭の盛り上がりは群を抜いていた。


 その理由の一つに、西高の生徒以外も参加していることが挙げられる。


 生徒の保護者、西高のOB・OG、北高や東高や南高の生徒、進学を考える中学生たち、とにかく人が多すぎる。


 これは想像以上に……………いや、って、おい!


 最悪なシルエットを見つけた。



「マジで何でいるんだよ」


「おや、三島春人。私がここにいることに何か不満でもあるのかい」



 お好み焼き店の列に亜嘉都喜あかときが平然と並んでいた。


 文化祭に溶け込むための変装のつもりなのか、猫耳のカチューシャとサングラスを付けているのが無性にムカついた。



「誰もが参加する権利を持った学園祭だよ。何より私はサイエンス部の助っ人として正式に招待されているからね。ここにいるのも必然なのさ」


「……何の実験するんだよ」


「火薬を使ってちょっとね。まぁ、トラブルは起こさないように努めるさ」



 この男が学校内にいるだけで嫌な予感しかしない。


 もし僕に西高での権力があったならこいつを即刻出禁にするんだけどな。


 それ以上は会話する気にもならず、僕は別の出店に向かった。






 お化け屋敷のシフトで、僕は2日目の午前に入れられていたから、1日目の文化祭を自由に満喫することが許されていた。


 一人で適当に行動するつもりだったが、途中で駿矢を中心としたグループと出くわした。



「わりぃ、俺ちょっと春人と二人で回るわ」


「あー、そうなん? いいけどさぁ、その代わり明日は俺らと回れよ。駿矢いねぇとつまんねぇし」


「分かってるよ、明日な」



 そう約束して、駿矢は五、六人の友人と別れた。


 彼らの姿が見えなくなると、駿矢が肩を組んできた。


 どういうつもりか、さっぱりだった。



「さて、面倒な奴らはいなくなったし。春人、二人で見て回ろうぜ」


「友達じゃないのかよ。お前クズだな」


「あー、口が滑った」



 まるで悪びれる様子もなく駿矢は気怠そうに口元を手で覆った。


 そんな感じで駿矢と二人で行動することになったのだが、一人で歩いていたときよりも異常なくらいに移動速度が遅くなった。


 行く先々で、駿矢が声を掛けられるからだ。



「おいっ、駿矢、俺たちの店来いよ! ついでに宣伝もしていってくれ。お前、友達多いだろ」


「八木くん、実は私たち、明日ステージでダンスやるんだけどもし良かったら観に来てくれないかな?」


「駿矢センパーイ、一緒に写真撮ってもらってもいいですかー?」



 そして駿矢に対する声はどれも好意的なものだった。


 半年前まで不登校だった生徒が、ここまで人気者になるなんて。


 本当にすごいな、駿矢。


 隣りでしみじみ感心していると、駿矢が問いかけた。



「なぁ春人、どう思う?」


「どうかと聞かれても、すごいって言葉しか出てこないよ」


「違うな」



 駿矢が首を横に振る。



「ユリ姉のような人間に、俺は今なれているか?」



 やけに、真面目な声のトーンだった。


 なるほど、そういうことか、と僕は気付く。


 ずっと駿矢の目的が分からなかった。


 これまで百合恵さん以外のために必死になることがなかった駿矢が、何のために自らの評判を上げているのか分からなかった。


 しかし考えてみれば、答えは単純だった。


 今回も百合恵さんのためだったのか。


 駿矢らしいというか、駿矢らしさしかない。


 僕は太鼓判を押すように答える。



「大丈夫。ちゃんと百合恵さんのようになれてるよ」


「…………そうか」



 不登校だった駿矢を百合恵さんはいつも心配していた。


 きっと学校に来るようになっただけでも、百合恵さんは喜んでくれるだろう。


 しかし、駿矢はそれだけで済まさなかった。


 百合恵さんのような誰からも好かれる人望のある人間になってみせた。


 これを知ったら、百合恵さんは安心するだろうな。


 駿矢の肩をポンと叩く。



「ずっと頑張ってたんだな」


「は? 別に頑張ってねぇよ。お前キショいな。マジうぜぇ」


「そこまで言うか? 少しは僕からの評価も気にしてくれよ」


「じゃあまず俺への好感度今どれくらいあるか教えろよ」


「結構高めだったらどう思う?」


「キモい」


「だよな」



 それから水野のクラスに行ってみた。


 水野のクラスでは巨大迷路を実施していて、ゴール地点の景品交換所に水野がいた。



「よぉ、ゆず」


「え、駿矢先輩、もしかして三島先輩と二人で迷路やったんですか?」


「そうだけど、ダメなのか?」


「ダメですよ! 私が一緒に入って案内したかったのに」


「迷路の醍醐味台無しだな。ちなみに誘ったのは春人な」


「やっぱり。三島先輩が全部悪いです!」


「お前ら無茶苦茶すぎるだろ」



 そうして文化祭1日目は駿矢とほぼすべてのクラスを回ることができた。


 男二人の文化祭も悪くない。

 いや、何なら充実していた。


 各地で問題もなかったようだし、亜嘉都喜は大人しくしているようだ。


 そして明日は有志の人たちによるステージパフォーマンスが体育館で行われ、当然そこに水野のバンドも含まれる。


 このまま穏便に文化祭が終わればいい。


 心の中でそっと唱えた祈りは、残念ながら叶うことのない願いだった。






 

 


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