第3話

ある日の夕方、拓未と美美は家のリビングで過ごしていた。美美は仕事で使っていた机の上に積み重なった本を整理していると、ひときわ古びた一冊が目に留まった。表紙は少し擦り切れており、何度も読み返された形跡があった。その本は、大学時代に美美が最も愛読していた本であり、思い出の一冊でもあった。

「これ、まだ持っていたんだ。」美美は本を手に取り、少し驚きながら言った。

拓未はその言葉に興味を示して、「どんな本なの?」と尋ねる。

美美は少し照れたように本を開きながら答える。「学生時代に、結構熱心に読んでいたんだけど…なんだか、今見ると懐かしい。」

拓未は美美がその本を手に取る姿を見つめ、少し笑った。「でも、今、再び手に取るってことは、きっと意味があるんだろうね。」

美美は本のページをめくりながら、「もしかしたら、少し忘れていた自分を取り戻したくなったのかもしれない。」と呟いた。

拓未はその言葉に微笑んで、「過去の自分を思い出すことで、今の自分がどうあるべきかを考えたりするんだろうね。」と答える。

美美は少し考え込んだ後、拓未を見つめた。「拓未、私ね、学生の頃からずっと一人で色んなことを背負ってきた気がする。だから、今もそうで、何かを頼むことに対してちょっと気が引ける時がある。」

拓未は真剣な顔で美美を見つめ、「美美、そんなことないよ。僕は、君が頼ってくれると嬉しいんだ。お互いに支え合うのが夫婦だろ?」と言った。

美美は拓未の言葉をしばらく黙って受け入れ、心の中で温かなものが広がるのを感じた。「ありがとう、拓未。今までなんだか、どうしても一人でやらなくちゃいけないって思ってたんだ。」

拓未は優しく微笑みながら、美美に近づいた。「俺は君が一人で頑張りすぎるのが心配なんだ。だって、君が笑っている時が一番輝いているから。」

美美はその言葉に胸がいっぱいになり、少し涙がこぼれそうになった。しかし、それをこらえながら微笑んだ。「拓未、私は、あなたがいるから頑張れるよ。」

拓未はその微笑みを見て、心からの安堵を感じた。そして、そっと美美の手を握りしめた。「これからは、もっと二人で一緒に歩いていこう。」

その言葉に、美美は心の中で確かなものを感じ、静かに頷いた。「うん、もっと一緒に。」

その夜、二人は心温まる夕食を囲んだ。美美が料理をしている最中、拓未はカウンター越しに美美を見守りながら、ふとその顔に浮かぶ安堵の表情を見逃さなかった。美美が、自分の存在に少しずつでも頼り、心を開いてくれていることが何より嬉しかった。

食事が終わると、拓未は美美に向かって言った。「この後、少し散歩しないか?」

美美は驚き、そして嬉しそうに笑顔を浮かべて答えた。「散歩? いいね、ちょっと外の空気を吸いたいと思ってたんだ。」

二人は外に出て、ゆっくりと歩きながら、普段あまり話さないような些細なことを話し合った。拓未が仕事で感じたことや、美美が最近思うことを話し合う中で、二人の絆はさらに深まっていった。

歩きながら、美美がふと立ち止まり、拓未を見上げた。「拓未、あなたとこうして歩いていると、未来が少しずつ明るく感じる。」

拓未はその言葉を聞いて、しっかりと彼女の目を見つめ、「これからも、君と一緒に歩いていきたいと思っているよ。」と言った。

美美はその言葉に、静かな安堵を感じた。そして、二人は手をつないで、月明かりの下をゆっくりと歩き続けた。


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