第11話 同胞

彼は何とか、KAIZANホールディングスの影響下に無いであろうコンビニで手に入れたネックウォーマーと帽子で顔を隠しつつ、公共交通機関を駆使し、松雪が到達を願うあの場所・・・・へと向け船出した。


ワンボックスカーを避け、路地裏を避け、人混みが多すぎるのを避け……。

歩き、乗り、降り、歩き、走り、隠れ、歩き、乗り、隠れ、降り……。


野良猫より身を隠す鼠が如く。


“貴族は高潔であるべきだが、潔癖であってはならない”

これは彼の持論である。


皮肉なものだが、幼少期にあれほど毛嫌いしていた“貴き教育”に、彼はいま心の底から救われている。


もはや泣きもせず。

弱りもせず。

敗北もしない。


貴族ならば前進あるのみ。

帝室と民と家名の為に。




遭屋馬おやま隶賂聘いるめ市は東京都市圏を形成する上で欠かせない経済都市である。


臨海部なのも幸いして各発電所や工業地帯、国際拠点港湾に恵まれた為に、大いに富の行き来が見られた。


2012年、時の政権によるスーパー中枢港湾指定や国土強靭化計画の一環で行われた鉄道インフラ再整備は更に経済成長に拍車をかけ、日本第三の都市と謳われるようになった。


その栄華を牽引してきた政財界の大物たる名家が、その県庁所在地に深く根を下ろしていた。



這う這うの体の松雪は、ある巨大な邸宅の門前に辿り着く。辺りを忙しなく見回し、最大限警戒しつつ、チャイムを鳴らした。


『──はい、どちら様でございましょう』


「6代目当主“有栖ヶ丘 凛乃介ありすがおか りんのすけ公爵”に、松雪が来た・・・・・と伝えてください……」


『かしこまりました。少々お待ち下さいませ』


インターホン越しの女中の声が10秒も立たぬうちに、正門が自動的に開かれる。

一体どういう訳でこういう仕掛けを使おうと思ったのか……。


───とかく、見慣れた、和洋折衷のバランスがすこぶる良い庭園が松雪の目に映ると、彼は安心したからかその場に倒れ込んでしまった。




静寂の中に喧しい一定リズムの電子音が在る為に、彼は直ぐに畳の上で瞼を開いた。


「お目覚めですね」


松雪は微睡みの中で尚、ギョッとして布団から飛び出してしまった。


すると背中に薙刀なぎなた、腰には太刀、そして真っ黒い防弾ベストを装備した女中が枕元の傍に正座して顔を覗き込んでいたのだ。

周りを見渡すと同じように、私服に迷彩服のプレートキャリアを着し、西側諸国製らしい小銃で武装した屈強な覆面達が立ったまま待機していた。


「おほほほほ。失礼致しました。なにぶん最近は物騒な話題で持ち切りなものでございますから。おほほほほ」


口に手を当てながら上品に笑う女中は、今凛乃介さんをお呼び致しますと言って、天井に剥き身の薙刀の刃をぶつけつつ何処かへと軽やかに走っていった。


畳に伏す男と、謎の兵隊らだけが部屋に残される。


「あの……貴方達は?」


「我々はBLUE FLAG 社の者です。有栖ヶ丘公爵閣下との契約により、本日の14:21から松雪閣下を護衛させて頂きます」


兵隊らが軽く私に会釈をしたので、私も会釈を返す。返す半ばで彼から伝えられた社名を頭の中で反芻した。


BLUE FLAG……。

確かアメリカの民間軍事会社P M Cだったはず。


(あの人どんだけパイプ持ってんだよ)

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