第35話 最後の悪あがき
目の前にいるこいつは幻だ。
幻には致命傷を与えられたが、本物には一切の傷は与えられていないはず。
「痛い、痛い痛い痛い痛いッ!」
だが、腹に大剣が突き刺さったユーヒニアは悲鳴を漏らす。
もしかすると、幻影と痛覚を共有しているのかもしれない。
「少しは、俺が味わった痛みがわかったか?」
とはいえ、俺の方も限界だ。
視界がぼやけ、なんとか二本足で立って、強がりに笑ってやることしかできない。
「殺す、絶対に殺す、殺してやる、ガラル・アッフェンド!」
「俺はお前のその悔しそうな顔を見れて嬉しいぞ」
「く、そが……っ!」
隠すこともなく怒りを露わにするユーヒニア。
「へへっ」
さっきまで怒っていたユーヒニアが不意に笑い出した。
「へへ、へへへ、でも僕は負けてない」
「なに?」
「だって僕は生きてるから! 君と違って、本物の僕はぴんぴんしてるからね!」
ユーヒニアの幻が蠟燭の火のようにゆらゆらと揺れ始める。
捨て台詞を吐いて逃げる気か。
そう思ったが、ユーヒニアの幻はこの魔法師の塔に貼られていた障壁を解除する。
「地面に落ちろ、ガラル・アッフェンド!」
「お前、まさか──」
最後の力を振り絞って、ユーヒニアの幻は自爆した。
大きな揺れが起きた後、塔が崩れる。
浮いた体は制御できなかったが、なんとかエルヴィアの手を取った。
「負けたとわかったら自爆して塔を破壊、そして俺たちを地面に落下させて殺す。まあ、戦略としては最善だが、プライドもクソもないな」
「ですね。本物のユーヒニアとは大違いの騎士道の無さです」
落ちていく中。
エルヴィアは楽し気に笑った。
「すまないな、付き合わせて」
「わたくしからお願いして付いて来たのです。ガラル様が謝る必要はありませんよ」
「そうか」
「それに、あのユーヒニアの中にいる悪魔の悔しそうな表情も見れましたから」
それでも、黒のレースの奥にある隠された瞳も笑っているような気がした。
「綺麗な景色ですね」
「そうだな」
何十階もある魔法師の塔からの落下。
助かる可能性は万に一つもない。あったとしても今の俺の体力では難しい。
俺ができるのは、地面へ落ちてもエルヴィアを抱えて、彼女だけは助かる可能性を残すことだけ。
今まで何度も死闘を繰り広げてきた。
死ぬことを恐れていなかったといえば嘘になるが、いつ死んでも仕方ないと思っていた。
それは人生に幸せを見出せていなかったからだ。
毎日のように奴隷剣闘士として戦う日々。
そんな人生なら、別に死んで終わりにしてもいいんじゃないかと思うのも当然だ。
だけどペトラやアイリス、それにエルヴィアと出会ってからは自分の人生に幸せを感じていた。
名残惜しさがある。今は本気で死にたくないと思っている。
まあ、そう願っても、助かる可能性はどんなに探しても見つからないのだが。
もう無理なのか。
そう思って目を閉じようとした。
だが、
「……なに?」
不意に俺の落下する体が上空へと何かに引っ張られた。
まるで鳥か何かに捕まったエサのようだ。
俺は上を見る。
「お前、なんで……」
「よお、兄弟。間一髪ってとこだな」
俺を持ち上げていたのは弐虎だった。
大きく広げた両手両足に付いた風呂敷で空を飛び、決め顔をしているが、俺の体を持ち上げようと踏ん張っていたので顔が真っ赤だ。
「実は俺がレベルアップして手にしたスキル、あんま戦闘関係には意味なくってよ。補助みたいな、逃げる系のスキルばっか向上されたんだ。で、どうよ、忍法ムササビの術ってやつだ!」
落下する速度がやわらぎ、ゆっくりと地面に着地する。
痛みも一切なく、力を出し切ってくれた弐虎が苦笑いを浮かべた。
「真打ちは最後に登場する。どうだ、兄弟。相棒として俺は役に立っただろ?」
「ふっ、ああそうだな」
弐虎に手を伸ばす。
「さすが、俺の兄弟だ。助かった」
「おお、そうだろそうだろ。ちなみに俺が兄な」
「なんでだよ」
生きていることを実感しながら笑い合った。
上空を見上げると、ユーヒニアが作り出した結界は消えていた。
他の魔法師の塔の魔法陣も無事に破壊できたのだろう。
それからペトラとアイリス、それに他のプレイヤーたちと再会した。
♦
ガラル・アッフェンドが仲間たちと喜びを分かち合っている中、エルヴィアは一人、誰もいない静かな自室へと戻った。
そこで彼女は、本棚の奥底に隠してあった一冊の書物を手に取る。
それは書物ではなく、数ページ捲ると、くぼみの中に一つの鍵が隠されていた。
エルヴィアはその鍵を何も無い空間に差し込む。
鍵が開けられる音と共に透明な扉が開くと、中へ吸い込まれた彼女の姿は自室から消えていた。
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