第34話 腹を貫く一撃を



 予想通り、ユーヒニアの幻影の魔力は底が無かった。



「ほらほら、逃げてるだけじゃ、僕のとこまで辿り着けないよ!?」



 無詠唱の魔法が次から次へと飛んでくる。

 それを魔封じの鞭で打ち消すが、対処できたときには次の魔法がすぐ近くまで迫ってきている。

 これでは一向に攻めに転じることができない。

 俺に魔法の才があれば遠距離の戦いができたかもしれない。あったとしても向こうの方が魔法に長けていたかもしれないが、今のように一方的に魔法を撃たれる状況にはならなかったはずだ。


 絶望的な状況がゆえに無いモノのことを考えてしまうのか。

 そんな思考、意味がないというのに。

 それよりも今は、この状況を可能性のある方法でどう打開するかだ。

 考えても行きつくのは、少し無理してでも接近戦に持ち込むしかなかった。


 ユーヒニアへと駆け出す。

 だが、



「ガラル様、右に避けて!」

「──ッ!?」



 エルヴィアの声を聞いて飛び退く。

 俺がさっきまでいた場所に放たれる風の刃。

 あのままその場所にいたら真っ二つだったというわけか。


 そんな間一髪に避けた俺を見て、ユーヒニアは大きなため息をつく。



「惜しい、あとちょっとだったのに!」



 まるで盤上遊戯をしているかのような反応。

 イスに腰掛け、まるで俺が必死になっている様子を楽しんでいるようだ。



「舐めやがって……」



 ここまで対戦相手に馬鹿にされたことは今まで一度もない。

 なにせ今までの相手は向こうだって生きるか死ぬかの戦いだったから。

 こんなイスに座ることも、余裕ぶっこいて足を組むなんてしない。

 だが奴は違う。

 圧倒的な実力差だということを理解している。

 何より、もし俺があいつをぶん殴ったとしてもあいつ本体には何の影響もない。そこにいるのは幻。だから余裕ぶっていられる。

 リスクのある俺と、リスクのない奴では、心の余裕も違う。

 俺が怪我を負う可能性に脅える行動を、奴は一切の可能性も感じずに行動できる。

 圧倒的に不利な状況、どうするか。



「ガラル様、右から──」

「ッ!? ぐあっ!」



 思考に注意を向け過ぎたか。

 エルヴィアの声で咄嗟に避けようとしたが、その時間がないほどにユーヒニアの放った炎の玉が迫っていた。

 魔封じの鞭で対処を。

 そう思って振るったが、炎の玉は俺のすぐそばで動きを止め、どこにも触れていないのに勝手に爆発した。

 右半身を襲う焼けるような熱と呼吸を妨害する熱風。

 俺の体は外へ投げ出されるほどの勢いで吹き飛ばされたが、ユーヒニアの結界のお陰で見えない壁に叩きつけられた。



「僕との戦闘中に考えごとは良くないね。でも反応は良かった。その鞭で魔法をスパッて……でも、同じ攻撃方法ばっかするほど僕も馬鹿じゃないからさ」



 ニヤニヤと笑みを浮かべるユーヒニア。

 なんとか立つが、右半身の感覚が薄れていっているのがわかる。



「ガラル様、大丈夫ですか!?」

「ああ、問題ない」



 エルヴィアがこちらへと駆け寄ってくる。

 彼女に支えられたが、その支えられている部分の感触はあまりない。



「……エルヴィア、罠はまだそこら辺にあるか?」

「はい。ガラル様が倒れたのを見て罠を増やしていました」

「余裕ぶってるくせに小心者だな、クソ」

「ただ、ガラル様が中央から左側へと吹き飛ばされたのを見て、右側の罠を左に寄せたようです」

「なに?」



 ユーヒニアは俺の弱った姿を笑いながら眺めているだけで追い打ちしてこないようだ。

 だから一瞬だけ、王女の指標モノクロ・ワールドを使用する。

 白黒の世界に魔力を持ったモノを意味する湯気のような靄のようなモノがいくつも、ユーヒニアを守るように扇型に仕掛けられていた。

 ただ、その扇の片側は欠けていた。

 エルヴィアの言う通り罠が設置されている箇所は俺のいる左側に寄せられている。

 俺のこの弱った体では、もう左から右へ移動して攻めることは無理だと判断して、俺が攻めてきそうな進路に罠を集中させたということか。



「罠を無制限に設置できるわけじゃなかったのか。だが、右側から攻めれば一つ二つの罠をかいくぐっていけるな」

「ですが、お体が……」

「死ぬ気でやれば走れる。大丈夫だ、安心しろ、問題はない」



 自分に言い聞かせるように、エルヴィアに伝えた。

 彼女は心配そうな表情を浮かべていたが、コクリと強く頷く。


 大剣をなんとか持ち上げると肩に乗せる。

 いつもはそんなに重量を感じないのに、今だけは重く感じる。

 そのままゆっくり、ゆっくりと足を前に出す。



「あれ、まだやる気? もう決着はついたと思うけど?」

「はっ、まだ、全然だろ……」

「強がっちゃってぇ。歩くのもやっとだっていうのにさ。ははっ、まあいいけど。じゃあ、特別に魔法を使わないであげるからこのまま僕のとこまでおいでよ!」



 まるで罠なんて仕掛けてませんよと言いたげに両手を上げて笑みを浮かべるユーヒニア。

 接近されるのが怖くて目の前にいくつもの罠を張り巡らせている小心者が。

 そんなことを思うが、それがわかっているのを悟られないように、あくまで走ることはもうできないと言わんばかりに片脚を引きずる。



「……七歩先に罠があります」



 俺だけに聞こえるエルヴィアの小さな声に頷く。

 一歩、二歩、三歩。

 ユーヒニアは立ち上がれない赤子を呼ぶように、俺が接近するのを心待ちにしていた。



「ほら、おいで! ガラル、僕はここだ! ここだよ!」



 そして罠がある場所に近付くと、ユーヒニアの口端が物凄い勢いで吊り上がる。

 俺はそこを踏み抜くように足を上げる。

 だが、上げた足を右へと開いて駆け出す。



「なっ!?」



 期待に満ちた表情が呆気に取られてユーヒニアの動きが止まる。

 大きな隙だ。

 全身が痛みに悲鳴を上げているがそれを無視して駆け出す。



「そこから前進! ……右に一歩、二歩後に今度は左へ!」



 エルヴィアの指示を受けて罠を避ける。

 いつユーヒニアが魔法を使おうと動きをみせたときに反応できるように、王女の指標は使わず現実の景色に注視する。

 魔法を目視する白黒の世界は全てエルヴィアに任せる。

 内心では歩幅の感覚が違って踏み抜くんじゃないかとビクビクしていたが、エルヴィアの目算は正確だった。

 今までよりも近付くことに成功する。

 ユーヒニアの目の前には罠はなかったはずだ。だから俺は一気にユーヒニアへ。



「ガラル様!」



 その声に視線を左へ向ける。

 火、氷、風、雷。

 様々な属性の魔法が俺目掛けて放たれる。

 魔法を使用して俺に向けて放った様子はなかった。

 ということは、設置していた左側の罠を全て無理矢理に発動したのだろう。

 今から避けるのは不可能。当たれば即死。

 俺は頭の中で一瞬だけどうするか考えていたが、体は即座に反応していた。



絶対防御の盾ラウンズ・シールド!」



 目前に生成する巨大な盾。

 それはユーヒニアの魔法全てからの脅威を防いでくれた。



「は、はあ……ッ!?」



 自分でもどうしてこうなったのかはわからないが、すぐにアイリスの表情が頭に浮かんだ。

 魔法を防ぎきると、俺は力強く地面を踏んで駆け出す。

 そして、



「よお、クソガキ」

「ま……魔法、魔法を!」



 戦闘経験の無さか。

 勝ちを確信した瞬間から罠をかいくぐられ、必死に思いついた罠を強制的に発動するという策も破られた。

 俺にすぐ目の前まで接近され、立ち上がるという反応も、魔法で応戦するという反応も、全て同時に行おうとするが頭と体が一体になっておらず、中途半端に終わる。

 そんな年相応の反応にかわいいという感情は一切ない。

 やっと。

 やっと、このクソガキの焦った表情を見れて俺は満面の笑みを浮かべる。



「腹、貫いてくれたお礼だ……ッ!」

「や、やめっ──ぐぶううううぅっ!?」



 あの日、ユーヒニアの魔法で俺の腹が貫かれたのと同じように、今度は俺がユーヒニアの腹を大剣で貫いた。

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