第17話 少年の顔をしたクズ野郎が笑う
「考えてもみてよ。ただでさえ車とかもない世界なんだよ? 移動は徒歩か馬車だけ。盲目な女の手を引いて移動しろって? いやいや、次の目的地に到着するのに何日かかると思ってるのさ」
「だが彼女は五人のヒロインのうちの一人だ。置いていって、もし悪役陣営の連中に捕まったらどうする!?」
「どうするって、どうもしないけど?」
現在は圧倒的なレベル差があるが、もし仮にエルヴィアが悪役陣営の手に堕ちた場合、そのレベル差は単純計算で80対20になる。
そうなれば現在の圧倒的な差は少なからず変化する。
だが、ユーヒニアは全くと言っていいほど危機感を抱いていなかった。
「むしろさあ、レベル差が縮まった方が楽しめるんじゃない? どんなゲームでもレベル差がありすぎると萎えちゃうじゃん」
「……だから、エルヴィア様は奴らにくれてもいいと。そういうことか?」
「そう。というか、僕がエルヴィアに時間割いてる間に他のヒロインを寝取られちゃったらどうすんの? そっちのほうがマズいでしょ」
ユーヒニアの言っていることも一理ある。
他のヒロインと接触していない現状は、ユーヒニアとガラル両者横並びの状況だ。
ユーヒニアがエルヴィアの側にいる間に、ガラルが別のヒロインに接触する可能性は十分にある。
ヒロインをただの1という数字にすれば、エルヴィアも他のヒロインも同じ1だ。
アイリスのように一人に固執するよりも、他四人のヒロインを先に手中に収めようとするユーヒニアの考えの方がよっぽど合理的で正しい。
だが、
「なんでそんなにエルヴィアに固執すんの。もしかしてさ、向こうの世界で盲目な人の身内でもいたわけ?」
アイリスの諦めない姿勢を見て、ユーヒニアがため息混じりに聞く。
「……お前には関係ない」
「あっそ。じゃあ僕も君の言い分は関係ないよね」
返す言葉、この少年を納得させる言葉が思いつかなかった。
そもそもユーヒニアは、主人公陣営という枠組みについて最初からどうでもいいというスタンスだった。
自分が楽しめたらそれでいい。
見ていてそんな感じの、まるでこの世界をVRゲームで疑似体験して遊んでいるかのような考え方だった。
元の生き方や性格が影響しているのか、それとも圧倒的なレベル差がある現状が感覚を狂わせているのか。
負けることなんて微塵も感じていないから、彼の雰囲気はどこか他人事のようだ。
「そもそもさあ、僕あれなんだよ」
少し恥ずかしそうに、頭を掻きながらユーヒニアは言う。
「人間よりも獣人とかエルフの女の方が好みなんだよね」
「……は?」
「だから、三次元より二次元の方が好きなの! あれ、エルヴィアも二次元か? いや、人間だからこの世界にいる間は三次元だな。とにかく、同じ人間のエルヴィアに時間割くぐらいなら、エルフの森のヒロインとか獣人族のヒロインを攻略したいんだってば!」
話し方、表情の変化。
そういったとこは顔を見ているから少年のように感じたが、こうしてちゃんと話すと彼の内面にいる”もう一人のこいつ”の顔がはっきりとちらつく。
どんなに顔を変えて良く見せても、内面までは替えられないということか。
ガラル・アッフェンドと会話していてこんな違和感は一切なかった。見た目通りの男だった。
アイリスはユーヒニアにそれ以上なにも言えなかった。というより、この男はどんな言葉を使っても人の話なんて聞こうともしないだろう。
「というわけだから、僕はここを離れるよ。あっ、なんなら君は一緒に来てもいいよ。人間だけど顔もスタイルも悪くないキャラだからね。道中は楽しめそうだ」
「お断りだ。誰がお前なんかと一緒にいるか」
「へえ、そう。じゃあ、あの王女様と一緒にここに残るんだ。まあいいんじゃない、騎士として最後まで務めを果たしてよ」
「なに?」
「実はここだけの話、もう少ししたらここで戦争が起きるんだよ」
「戦争? なにを馬鹿なことを。ここは王国だ、戦争なんて……」
王国の領土内それぞれに兵士を配属させているとはいえここは王都だ。当然、この王都ビカリテにだって大勢の兵士が駐在している。
それなのにここが舞台の戦争だなんて起きるはずがない。そもそも戦争ということは、相手は悪役陣営の者たちを指しているのだろう。だが、悪役陣営は王国の兵士よりもずっと数が少ない。それだけでなくレベル差もある。
アイリス一人にすら何もできなかった数十名のプレイヤーだけでここに乗り込んでくるとは考えられない。
「ここで問題。向こうの連中はここまでずーっと僕たちに追い詰められてきた。勝ちを見るなら、ここからどうするのが最善策だと思う?」
「……ヒロインを奪って、お互いのレベル差を縮めることだ」
「正解! じゃあ次、彼らから見てどのヒロインが一番近くにいると思う?」
「つまりお前は、連中がここを狙って来ると言いたいのか?」
「その通り」
「馬鹿な。ここは王国だ、兵も大勢いる。何より連中は、ここにお前がいることを知っている。あの人数でここを攻めてくるとは到底──」
「──もしさ、僕も兵士もここを出発したって連中が知ったら? それでも、向こうの連中に勝ち目はないと思う?」
ユーヒニアが言った通りなら話は変わる。
貴重な宝箱の周りは手薄で、どうぞ持って行ってくれと言っているようなものだ。
「実はさ、連中の隠れ家を攻めるときに貸した君の兵士に『ユーヒニア王子と大勢の兵士が魔王討伐の為に国を出発した』って噂を連中たちに広めるよう動いてもらってたんだよ!」
「な、バカな……。どうしてそんなこと」
「簡単なこと、僕は彼らにここへ攻めてきてほしいんだ。僕が四人のヒロインと愛を育むのを邪魔させない為の時間稼ぎと、あとは隠れてるネズミを追うのは面倒だから自分たちから集まってきてほしくて」
「……まさか、エルヴィア様を囮にするつもりか?」
「ふふーん。どうせ僕が手を出す前に連中に犯されるぐらいなら、存分に役立ってもらわないと。ゲーム序盤で不幸にも死んでしまう幼馴染ヒロインのように──」
「──貴様!」
我慢してきたアイリスだったが、限界を迎えてユーヒニアの胸ぐらを掴む。
「なに、僕を殺るつもり? 一人も殺せないでおめおめと逃げてきた君が?」
「私が彼らを殺さなかったのは彼らにちゃんと人の心があったからだ。だがお前は違う。お前のようなクズ野郎なんかじゃない」
「クズ? 僕が? あっそ。じゃあ、殺せば?」
鞘に納めた剣を抜こうとした。
今回は威嚇でもなんでもなく、この少年を殺すことが正しいと感じたから。
「でもさ、主人公の僕を殺せば君も死んじゃうよ?」
「なっ……」
「もちろん死ぬのは君だけじゃない、他のこっち側の陣営のプレイヤーたち全員もだ。いいの、死んじゃって。中にはまだ話してないだけで君らと同じで良心的な子とかいるかもよ? 知らない世界に飛ばされて震えて泣いてるかもよ? そんな子たちが死んでもいいの?」
鞘から少しだけ引き抜いだところで、剣身が震えてカタカタと音を鳴らす。
だけど剣を引き抜き、この男に突き刺すことはできなかった。
「ははっ、わかった? 君が進められるルートは二つだけなんだ。エルヴィアを捨てて僕と一緒に物語を進めるか、たった数日の騎士道とやらを貫いてここでエルヴィアと心中するか」
「ぐっ……」
「悪役陣営を倒して生還ってルートもあるけど……まあ、一度失敗した君にはどうせ無理だろ。彼らが優しい人間だってさっき自分で言ったんだから。どうせまた殺せないよ」
ははっ、あははははっ!
子供のように笑ったユーヒニアを見て、アイリスは鞘から剣を抜いた。
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