第16話 ハーレム系主人公
「あたしのこと、好き……?」
「当たり前だ」
「そうじゃなくって、ちゃんとガラルの言葉で」
「好きだ」
「ふふん、そっか。あたしも好き。……うん、その言葉を聞けただけで、考えてたこととか悩んでたこととか、ぜーんぶ消えた」
「それだけでか?」
「うん、それだけで。あなたがちゃんと好きって言ってくれた。その言葉から本気なんだって伝わったから」
確かに彼女の表情はさっきよりも明るく見えた気がした。
「これからさ、ガラルはあたし以外の女性ともこういう気持ちになると思う」
「俺が? いや、そんなわけ……」
「じゃあ、アイリスってあの女騎士とエッチなことしたいって、これっぽっちも思わなかった?」
「そんなの!」
「じゃあもし、あの子に言い寄られたら断れる……?」
すぐに「当たり前だ!」と答えようとしたが、俺の中にある邪な考えが頭をちらつきすぐに答えられなかった。
「ギルティ!」
「なに?」
「ふふ、冗談。別にいいよ。だって、ハーレム系主人公を強制しようとするヒロインは嫌われるって相場で決まってるから。だから受け入れてあげる」
「だから何を」
「──弐虎たちと話し合ったの。あたしの力をガラルが使ったのは、ガラルの固有能力みたいなものじゃないかって。発現方法はたぶん、女の子とエッチなことしたら。ってことはさ、あの力を使うならヒロインを増やすしかない。これからもあたしがガラルを独り占めしてたら、せっかく手にできる力が無駄になっちゃうでしょ」
弐虎たちとどんな話し合いをしたかわからないが、彼らの持っている情報や経験なんかでそういう結論に至ったのだろう。
「ガラルも、あの力のこと気に入ってたでしょ? 戦術の幅が増えるって」
「言ったな。そうか、だからあの力の話をしたとき、ペトラは悲しそうにしていたのか?」
「まあ、そうだね。ガラルは力を得ることを望んで、弐虎たちもガラルが強くなることをきっと望む。そしたら、ガラルのこと独り占めできないなーって、ちょっと悲しくなって」
でも。
ペトラは俺に否定させないように、間髪入れず言葉を続けた。
「ガラルは主人公になる人だから。かっこよくて、強くて優しくて……そんな人だから好きになったから。だから受け入れようって今は思う。……って、なんかこの言い方だと、余計に困らせちゃうよね。ごめん」
自分でも伝えたい言葉を考えていない、決めていないのだろう。はっきりとした言動じゃないからわかった。
確かに俺はこの力を喜んだ。
そして、もしもペトラの鞭だけでなく他の力が手に入るのなら、俺は欲しいと言うだろう。この力があれば、あのクソガキに抵抗することができるかもしれない。
それに主人公だとかに興味もないが、弐虎たちも俺がどんどん力を得ることを望んでいるはずだ。
ただ、
「お前を苦しませるぐらいなら、俺はこんな力──」
「──ダメ」
遮るように、俺の唇に人差し指を立てられる。
「あなたに我慢させるぐらいなら、あたしはあなたの側からいなくなる」
「なんだそれ。俺は駄目で、自分が我慢するのはいいのか?」
「我慢か。少し前まではそういう考えだったけど、今は違うかな。我慢じゃなくて競い合うみたいな。あたしがあなたの一番であり続けるよう頑張る。他の子とエッチなことしても、あたしの方が良かったって……そ、そう、思わせるぐらい頑張る! だからこれは、我慢とは違うの」
これまで見たことないほどに顔を真っ赤にさせたペトラは、見つめ合った視線をゆっくり外に逃がす。
その反応が可愛くて、気付いたら彼女のことを押し倒していた。
「きゃ、え、ガラル……?」
「他の女がどうとか、主人公がどうとか、そんな先のこと言われても俺にはわからない。今はただ、俺はお前のことしか考えられない」
「え、あ、えっと……ガラルが急に乙女ゲーの主人公になった? あたし、そういう系の主人公には惹かれないタイプなんだけど、あれ……こうして言われると、悪くないかも」
「ん?」
「ううん、なんでもないの! それより、その、治療は……?」
パモは体を洗い終わった頃には焚き火前のいいところで眠り、離れた弐虎たちのいる隠れ家では騒々しい声が聞こえる。
ここには俺とペトラの他に誰もいない。
「治療なんかどうでもいい。ペトラは嫌か?」
「あんな恥ずかしい話した後に嫌だなんて言うと思う? えっとその……まあ、うん、いいよ?」
「いいよ? ちゃんと言葉でって先に言ったのはペトラの方だぞ」
「うっ……。こういうの、女性に先に言わせるのはどうかと思うんだけどなあ。普通は男性から言うか、もしくは言葉とか無しで」
もごもご何か言っているペトラだったが、俺と目が合うと大きくため息をつく。
「したい。ガラルと、したい。これで十分でしょ!? これ以上はいくら待っても何も言わないからね!」
赤面したペトラの両腕が首に絡みつく。
お互いにこれ以上の会話は不要だと、肌寒い夜風に吹かれた体を重ねた。
♦
──ウェーズニッヒ王国の王都ビカリテ。
第一の門に平民が暮らす住民区が囲われ、第二の門に貴族が暮らす貴族街が建ち並び、第三の門の内側に王都内全てを見渡せるほど高々と建てられた王城が存在する。
人間の国の中では一番の領土と領民を持った王国。
そんな王国へ戻った護衛騎士のアイリス・オーフェリリア。
ガラル・アッフェンドの言ったとおり負傷者はいても死傷者はいなかった。
兵に治療を進めた彼女は一人、報告も兼ねて王城へと戻った。
「やあ、おかえり。結果はどうだったのかな?」
王国を統べるは国王。
だが玉座にいたのは、まだ子供と呼べる年頃の少年ユーヒニア王子ただ一人だった。
そんな全てを見透かしたような反応に、アイリスは咄嗟に目付きを鋭くさせていた。
「まあ、結果は聞かなくてもわかるけど。どうせ駄目だったんでしょ?」
「……」
「『頼むから私に行かせてくれ』って泣きつくから仕方なく兵を貸してあげたけど、人を殺す勇気のない君には最初から無理だって僕にはわかってたよ。だけどまさか、こっちも死んだやつが一人もいないって……いやいや、勘弁してよ。これって戦争だよ戦争、死者が誰もいないってさあ、おままごとじゃないんだから」
「誰も、お前みたいに狂った奴じゃないんだ」
「でも他のプレイヤーは楽しそうに狩りを楽しんでるよ? 雑魚プレイヤーとか、無力なNPCとか。むしろ楽しめない君たちの方が異端じゃない?」
「それは!」
「ああいい、いいよ別に。こっちの世界に来てまで授業とか受ける気ないからさ」
ユーヒニアはぴょんと椅子から飛び降りると出口へと向かう。
「でもさ、約束は約束だから。僕はこの王国を離れるよ」
はっきりと告げたユーヒニアの肩をアイリスは掴む。
「待ってくれ! お前までいなくなったらこの城の守りはどうなる!? 他のプレイヤーはみんな出て行ったんだぞ!?」
「えー、そんなの知らないよ。そもそもさあ、君があの男をなんとかするって言うから兵も貸して、ここに残って待ってあげたんでしょ? 結果、君の作戦は失敗した。だったら僕がここに残る理由はないでしょ」
「だけどお前はここの王子で」
「君が知ってるこのゲームでは、主人公は王国に残って平和に暮らしましたってなってた? 違うでしょ、王子様は魔王を倒す為に旅に出ましただろ?」
物語としてもユーヒニアがここを離れるのは正しい。
それはアイリスだってわかっている、だけどそれを認めるわけにはいかない。なにせユーヒニアは”一人で”旅に出ると言った。
だからこそ、アイリスはユーヒニアに『自分が悪役陣営の根城を叩く間はここに残ってくれ』と頼んだ。
ここには、目の見えない彼女がいる。
「だったらせめて、エルヴィア様も連れて行ってくれ。お前の側であれば彼女も──」
「は? いやだけど」
アイリスの頼みを素っ気ない態度で返したユーヒニアは、その整った顔からは想像もできないほど馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「エルヴィア・ニース・ウェーズニッヒ王女はヒロインの一人だけど、生まれつき目が見えない。そんな王女様と旅って……そんなのさ、絶対に僕の物語のお荷物になるじゃん」
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