第11話 力強く駆け上がって
「なんだ貴様ら──ぐあッ!」
砦周辺に残った騎士どもの視線は全員が砦へ向いていた。
そいつらの背後から詰め寄り、一気に斬り下ろすというのは簡単なことだ。
だが、鎧で武装した騎士に一撃でとどめを刺すのは今の盗賊の戦利品で手にした大剣では難しい。
斬る、というよりも、鈍器で叩く。
地面に伏した騎士が気絶したのを見るなり、次の標的に狙いを定める。
荒れた砂地と手入れのされていない草地が混合した地面を蹴りだし、間合いを詰める。
一人、二人、三人。
背後からの奇襲には余裕があったが、砦に近付くほど騎士の数は増えていく。
当然、こちらに気付く者も、複数人で組んで行動している者もいる。
左手に出現させた鞭に力を込め、標的を引き寄せ大剣を一閃する。
腹部に入った大剣を受け、くの字に曲がった騎士が勢いよく吹き飛び他の連中を巻き込む。
ものの数分で、外の連中は叩きのめした。
「外に隊長クラスはいないな。やっぱり中か」
隊長自ら率先して敵地に乗り込むとは、中々いい度胸をしている。
まあ、攻略に時間をかけているので騎士団の隊長としては失格だが。
「このまま中に進むぞ」
「うん!」
砦の入口には数名の騎士が。
一人を鞭で引き寄せ、先程と同じく打ち返して他の奴らを巻き込む。
「おい、外から仲間が来たぞ! 入口を守れ!」
とはいえ人数もいるので一撃で全員を地面に伏せることはできなかった。
「ペトラ!」
「う、うん!」
ペトラに声をかけ、彼女も鞭で騎士の身動きを止める。
だが、彼女の力で鎧を身に纏った騎士を引き寄せることは難しい。
「はあ……ッ!」
ペトラが身動きを封じてくれている騎士に前蹴りをお見舞いすると、そのまま他の奴に大剣を振り下ろす。
地に伏せた騎士が気絶するのを見るなり、ペトラは全身に絡めていた鞭を引き寄せ回収する。
「完璧だな、ペトラ」
「なんとかできた!」
拳を握って頷くペトラ。
彼女と同じ力を手にしてから何度も一緒に練習した戦い方。
最初は大木相手に、次は魔物相手。
人間相手は初めてだが、一発目から上手くできた。
少しでも俺の力になろうと頑張っていた姿を見てきたからこそ、ゆっくりと成功体験を語り合いたかった。
だが、入口の見張りの声を聞いて続々と騎士どもが集まってきたのでここに留まるわけにはいかない。
「爆発があったのは三階部分からだったな。とりあえずこいつらを無力化しながらそこを目指そう。ペトラ、走れそうか?」
「うん、大丈夫!」
人間相手、しかも命の奪いをする緊張から、いつも以上に体力の消耗が激しいはずだ。
それでも少し呼吸を乱すだけで問題はなさそうだった。
騎士どもを叩きのめしながら一気に上へと駆け上がっていく。
家屋とは違った石材の砦の内部は、外観からは廃墟そのものだったが、中に入ると元は教会なのだとすぐにわかった。
広々とした礼拝堂を横目に二階へと上がると、
──バアンッ! ドンッ! バン! パフパフー!
爆発音から始まり物を落とす音が聞こえ、謎の間抜けな音まで聞こえてきた。
戦っているのか、それともお祭りでもしているのか。
どちらにしろ、
「この上か」
弐虎たちのいるとこまでもう少しのようだ。
「来たぞ、この先に行かせるな!」
三階へと向かう階段の前で数名の騎士が待ち伏せしていた。
鎧に身を包んだ男ども。剣と盾を構えて待ち受ける相手に後手に回らないよう先に動き出すが。
「今だ、魔法部隊!」
階段前の敵を注視していた視界の中に左右の通路で動く存在を捉えると、俺は慌てて前に出す足を止める。
離れた死角で待ち構えていたのは、騎士とは違うローブに身を包んだ者たち。
騎士団に所属する魔法を専門に扱い後方からサポートする魔法部隊。
「「「炎神よ、我ら信徒に細やかなる炎の加護を与えよ──」」」
既に詠唱も終わりかけ、手や背後には赤色の魔法陣が生まれる。
炎の初級魔法、
それも複数人の挟み撃ち。
魔法を避けながら詠唱者を叩くか。いや、片方の奴らを倒している隙にもう片方が魔法を発動させる。
だったら全ての攻撃を避けるか。いや、正面からの攻撃なら避けるのは容易いが、後方からの攻撃を避けるのは難しい。
じゃあ後退する。
ペトラが隣にいる以上、俺の思考に合わせるのは難しい。
どうする。
「──ガラル、この鞭なら!」
ペトラの声と共に思考を巡っていた意識が現実に戻る。
「そうか。ペトラは右を!」
「わかった!」
背中合わせに構えた鞭を勢いよく放つ。
──魔封じの鞭。
ペトラが言うには、この鞭には魔法の類を打ち消す力が宿っている。
実際にはまだ試せてはいないが、今はその可能性に賭けるしかなかった。
鞭の衝撃を受けた詠唱者の背後に浮かび上がった魔法陣は消えるが、最後まで詠唱を唱えられた者の魔法陣から炎玉が放たれる。
「ふんッ!」
五つの炎の玉がこちらへと飛んでくるが、魔封じの鞭が触れると跡形もなく消滅する。
ペトラの言う通りだった。
呆気に取られている魔法部隊の連中を鞭で薙ぎ払うと、ペトラの方を見る。
「ダメ、間に合わない……!」
何人かと何個かの脅威は取り除けたものの、取り逃した脅威がすぐ近くまでやってきていた。
鞭を構えて──。
そう思ったが、放った鞭を引き寄せていたら間に合わない。地面に落として新しく生成するのも無理だ。
「ペトラ!」
咄嗟に大剣をペトラの目前に突き立て、その間に立つと、俺は炎玉に背を向けペトラを抱きしめる。
「ぐ……っ!」
大剣で少しばかり防げたものの、背中には焼けるような痛みと熱さが生まれる。
「ガラル!?」
俺の胸に顔を埋めたペトラが心配そうにしているが、俺は彼女に首を振って微笑みかけた。
「問題ない」
「でも」
「それより次の魔法が来る前に先に。このまま一気に進むぞ」
階段を守護する騎士たち。不意打ちが決まらなかったことで呆気に取られているのか、簡単になぎ倒すと、俺たちは階段を駆け上がる。
先程までお祭り騒ぎで騒々しかった三階だが、着いたときには静まり返っていた。
警戒しながら扉を開けると、広々とした部屋に辿り着いた。
「……よ、よお、兄弟! お前なら必ず来てくれると思ってたぜ!」
最初に目についた弐虎が口を開くが、その表情から苦戦していたのが伝わった。
他の連中も同じで、手に持つ武器を震えさせていたり、呼吸を荒くさせていた。だが目立った外傷はなく、そもそも傷一つ受けている者はいなかった。
そして弐虎たちの正面に立つ騎士は顔をこちらに振り向かせる。
全身を鋼鉄の鎧で包み、顔も兜で隠した謎の騎士。
味方を側に控えさせているわけでもなく、腰に携えた剣は鞘から抜いてもいない。
弐虎たちは戦った後といった感じだが、騎士は戦う前といった感じだ。
違和感を覚えながらも顔を合わせると、その騎士は俺を見て言う。
「お前が、ガラル・アッフェンドだな」
その声の主は、兜でこもりながらも聞き取りやすく芯の通った女の声だった。
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