第10話 隠れ家への襲撃
悪役陣営の隠れ家に着いたら、まずは弐虎から新たに得た力のことを聞こう。
あいつも知らないかもしれないが、ペトラが言うには何らかの助言はしてくれるんじゃないかと言っていた。
それからは、今後について話し合おう。
散り散りになった仲間を探すのか、それともこのままユーヒニアをぶっ倒しにいくのか。
まあ、このまま戦っても勝てる見込みは薄いが、それでも奴に挑むという意思確認がしたかった。
どちらにしろ弐虎に会えば一歩前進……そう思ったのだが。
「なに、これ……」
ペトラの案内で隠れ家の近くまで来たが、砦付近には大勢の騎士の姿があった。
掲げた旗に統一された騎士の鎧からも連中がウェーズニッヒ王国の奴らだというのはすぐにわかった。
そんな連中が砦を囲うように展開されていた。
「ユーヒニアが先に手を打っていた感じか」
「でもどうして。この隠れ家の場所、ゲームでは登場してなかったはずなのに」
ゲームのことはよくわからないが、主人公陣営にはこの場所のことは知られていなかったとペトラは言いたいのだろう。
考えられる理由としては、悪役陣営の誰かが後をつけられていて気付かれたか、捕まった奴が拷問されてこの場所のことを吐いたか。
「何にせよ、タイミングとしてはまだ良かった方だろうな。既に目標を達成しているならここに騎士がいることもないし、大勢の騎士が外で様子見しているということはまだ攻めあぐねているということだ。先遣隊相手に籠城戦が繰り広げられているかはここからだとわからないが、弐虎は間違いなく今もあの砦の中にいる」
「そ、そうかな。うん、そうだね。みんな無事だよね」
「ああ」
不安そうにするペトラの肩を抱き、安心させる。
「ただ気になるのは、明らかに騎士の数が少ないってことだ」
「えっ、そうなの? あたしにはいっぱいいるように見えるけど」
「ざっと見た感じ100名ほどだが、何万って騎士を抱えているウェーズニッヒ王国から考えると少ない。それに、もし仮に弐虎たちが闘技場を爆破した件の容疑者にされているのなら、凶悪犯としてもっと騎士が集められてもおかしくないだろ」
「何万もいる騎士に対して凶悪犯グループ相手にたった100人……うーん、そう言われると確かにそうかも」
「それに騎士連中の士気も見るからに低い。まるで暇していた騎士どもを寄せ集めて連れて来たみたいだ」
手に持つ槍に体重を乗せる者や、堂々とあくびをする者、それに戦場だというのに談笑している者までいる。
隊長クラスがいる前であんな感じだったなら、おそらくは怒鳴られ帰ってから地獄が待っているだろう。
「質も数も揃えられなかった理由か」
ここに来るまで王国騎士の姿もあまり見なかったし、立ち寄った街や村で騎士団が何処かに遠征しているという話も聞かなかった。
一般的な考えであれば物凄い違和感を覚えるが、違う観点──ゲームの世界──から見たら、人員を割く必要のない理由は一つだけあった。
「指揮している奴は、ペトラたちと同じプレイヤーなのかもな」
「え、なんでそう思うの?」
「前に話してくれたレベルとかいうシステムが適用されているなら、弐虎たちがどんなに抵抗しても主人公陣営のプレイヤーには攻撃が効かないんだろ? だったら単純な話、そいつ一人でどうにかできるなら騎士団の数も質も揃える必要はない」
大人がアリの巣に攻めるのに大所帯で行く必要がないのと同じで、そいつ一人が無敵な状態で一方的な蹂躙をすればいいだけ。
騎士にはレベルという概念が影響していないということは前にペトラから聞いたので、わざわざ大勢の騎士を連れて犠牲を出す必要はない。
ほんの100名ほどの騎士に、外からの援軍が来ないか見張らせればいい。
「見張りの連中も最初は真面目にやっていたのかもしれないが、誰も助けに来ないとわかって段々と気を抜いていった感じだろうな。こういう理由なら、連中のやる気がないのも頷ける」
「なるほど。ガラルって意外と頭いいよね」
「意外は余計だ。子供の頃から相手と周囲を観察するのが癖なんだよ」
もちろん、ペトラたちから聞いた奇妙な物語についての知識が無ければこんな思考には至ってないが。
「じゃあ、指揮してるプレイヤーは砦の中にいるってこと?」
「そう考えるのが妥当だな。物音もしない静かな状況から察するに膠着状態か、あるいは交渉中か」
俺だったら、事前に圧倒的な力量差があるのがわかっているなら有無を言わさず蹂躙して既に片を付けている。
そうなっていないということは、その指揮しているプレイヤーとやらにも、ペトラと同じく人を殺すことへの躊躇いが残っている、人の心がある人間なのだろう。
「再戦はお預けか」
ここにいるのはユーヒニアではないことは間違いない。もしあいつなら、既に殲滅が完了してここ一帯は焼け野原になっているはずだ。
少し残念に思ったが、まだあいつには全く足りていないとわかっているので安堵もする。
「ペトラ、パモに砦内にいる弐虎に伝言を頼めそうか?」
「伝言? 紙と書くものはあるからできなくもないけど……いけそう?」
『パモ!? ……パモ、パモ!』
「もう、そんなに不安がらないで、大丈夫だから。もしできたら、好きなものいーっぱい食べさせてあげるから」
『……パモ? パモパモッ!』
食い物に釣られたパモが小さい拳を握る。
パモは戦闘になると脅えて逃げ回ってしまうが、ペトラの言葉を理解する知能を持っている。
前に簡単なおつかいを頼んだら、涙目になりながらもちゃんと遂行してくれた。
「できるって!」
「じゃあ、なんでもいいから砦内でアクションを起こすよう言ってくれ。あいつらが注意を引いて外の見張りの数が減れば、俺たちが残った外の連中を倒すのが楽になる」
「わかった!」
俺には読めない言葉で書き記したメモをパモに渡すと、パモは小さな両手でメモを持ち駆け出した。
パモは四足歩行よりも二足歩行の方が速いので見慣れたが、あの丸っこい後ろ姿がドタドタと走る姿は何度見ても癒される。
「……ペトラは、ここで待っていてもいいからな」
「え?」
「これから行われるのは魔物相手の殺し合いじゃなくて人同士の殺し合いだ。見たくないなら、ここで待っていて構わない」
今まで野盗を相手にしたことはあったが、連中は勝ち目がないとわかると早々に命乞いをしたので殺すことはなかった。
だが騎士は違う。
今はどんなにやる気を出していなくても撤退命令無しでの敵前逃亡は重罪だ、奴らは殺す気で立ち向かってくる。そんな連中相手に誰一人として殺さず無力化できる自信はない。
「……やるよ」
ペトラはそう言ってくれたが、その手は確かに震えていた。
「できるか、わからない、いざとなったら怖くて何もできないかもしれないけど。でも、ガラル一人に行かせることはしたくない。一緒にいるって、決めたから……」
「そうか」
そう言ってくれるだけで十分だった。
「いや、やっぱりペトラは無理しなくていい。これまで教えた通り、相手を無力化することだけを考えて立ち回ってくれ」
ここに来るまでしてきた特訓通りにできれば、きっと問題はないはずだ。
「……うん、わかった」
ペトラは申し訳なさそうにしながらも、少しだけ安心した表情を浮かべる。
そんな彼女に俺はキスをする。
「ん……ちゅ」
不意を突かれたペトラは、頬を赤く染めながら首を傾げる。
「び、びっくり、したぁ……急にどうしたの?」
「いや、してほしそうな顔していたから」
「そう見えた?」
「ああ」
「そ、そっか。まあ、してほしかったけど。でもなんか、ガラルがどんどんあたしの扱い方が上手くなっていくのはなんか複雑」
「なんでだよ」
「なんとなく。……それに、女の扱い方も上手くなってそうでなんか嫌」
「ん、なんか言ったか?」
「別に!」
恐怖と不安から固くなっていた表情が和らいだ気がしたが、今度は不貞腐れてしまった。
やっぱりまだまだペトラのことは勉強中だと言おうとしたその時──。
──ボンッ!
と砦内から爆発する音が轟き、
パンッ! パンッ! パチパチパチ!
という火花が鳴り響く音が聞こえた。
「え、なんで砦内で花火……?」
と、ペトラが首を傾げるが、合図としては完璧だった。
騒々しい音に釣られて騎士たちが砦内へと駆け出していった。
「行くぞ、ペトラ!」
「う、うん!」
俺は大剣を右手で抱え、左手にペトラの鞭を生成する。
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