第6話 元看護師の葛藤





 ♦






 ──出発してから一週間が経った。

 あれからかなりの距離を歩いてきたが、ペトラたちのいう主人公陣営のプレイヤーという連中には遭遇しなかった。

 だが、魔物と遭遇することは何度かあって戦闘が起きた。

 ただここは人通りのある道だ。こういう場所に現れる魔物は、巣窟や縄張りから逃げてきた魔物なので強くはない。

 素手でも戦える程度だ。



「ペトラ、そっちに一体行ったぞ!」

「う、うん!」



 最初は襲ってくる魔物を俺が全て倒していたが、ペトラは「あたしも戦う」と言って、愛用のウィップを力強く持った。

 この世界で生きていかなければいけない以上、いつまでも俺に守ってもらうわけにはいかないと彼女なりに思ったのだろう。

 使役する魔獣のパモは全身を震えさせたまま逃げ惑っていた。



「──ッ!」



 ただ、いざ魔物を前にすると恐怖心から動けていなかった。

 彼女のいた世界では魔物もいないし、なんなら武器を持って殺し合うこともなかったらしい。

 そんな世界で生きてきた彼女が覚悟を決めたところで、魔物を前に怖くなるのは当然だ。



「はあ……ッ!」



 ペトラに狙いを定めていたウォーウルフに拳を突き立て倒す。



「大丈夫か?」

「……ご、ごめん、ありがと」

「気にするな」


 

 青ざめた表情のペトラ。



「あたし、ダメダメだね。戦う前は覚悟を決めてたのに、いざ魔物を前にすると怖くなっちゃう」

「仕方ないさ。今まで命のやり取りなんてしてこなかったんだ」

「でも」

「経験を重ねれば慣れる……と言いたいが、ペトラはこんなことに慣れなくていい」



 人であろうと魔物であろうと、命を奪うということに慣れる必要はない。

 俺はただ、命を奪わないと奪われるから仕方なく慣れただけだ。

 ペトラのような優しい女性には、そういう行為に慣れてほしくなかった。



「ううん、慣れるよ。じゃないとみんなを……ガラルを、守れないから」

「ペトラ……」

「まあ、ガラルはあたしなんかの手助けがなくても平気そうだけど。足手まといにならないぐらいには頑張らないと」



 にっこりと微笑む彼女を見て、無理に笑っているのがわかった。

 出会ってまだたったの一週間。それでも彼女のことは、それなりに理解できたつもりだ。



「俺としては、ペトラに守られるよりは守りたいんだがな」

「ふふ、じゃあお互いのことを守れるように頑張るということで」

「ああ、そうだな」



 さっき倒した魔物の死体が粒子となって消える。



「魔物にも祈るんだな」



 ペトラは倒した魔物の前で片膝を突き、手を合わせて目を閉じる。


 これは彼女の世界で行われていた、亡くなった者への祈りの儀式みたいなものだという。

 亡くなったものを悔やんだり、あの世へいった者の平穏を願う行為。

 今まで殺した相手にそんなことを考えたことも行ったこともなかった。



「魔物でも、命を奪ったから。というよりこれは職業病かも」

「職業病?」

「亡くなった人をたくさん見てきたから」



 人間と魔物は違う生き物なのだが。

 というのは、生き方が違った彼女に言っても意味はないのだろう。



「よし。じゃあ、素材を回収して移動しよっか」

「ああ」



 亡骸の側には魔物の体の一部が置いてある。

 それを回収して村や街の素材屋に持って行くと売却できる。

 金無しの俺たちには貴重な収入源だった。



「そういえば、そこそこ金が貯まったな」

「そうなのかな。あたしまだこっちの世界に来て買い物とかしたことないからわからない」

「一日ぐらいだが、宿屋に泊まるぐらいは大丈夫だろう」



 水浴びできるように湖が近い場所で野営するようにしているが、この一週間ずっと屋外での寝泊まりだった。

 俺は平気だが女性として、一日ぐらい宿屋のベッドで寝たいだろうと思ったが、ペトラはあまり乗り気ではないらしい。



「んー、それなら野宿のままでいいかも。意外と好きみたい、野宿」

「そうか。だったら美味しいもの食ったり、後は酒──」

「お酒!?」



 食い気味に詰め寄られた。



「……もしかして、酒飲むの好きなのか?」



 想像以上に前のめりになっている自分にハッと気付いたのか、ペトラは前髪をぺたぺたと触りながら白い頬を赤く染める。



「えっ、う、うん。お酒は、その……あたしの人生で唯一の楽しみみたいな」



 酒が唯一の楽しみってどんな人生だよ。



「そ、そうか。じゃあ、いい肉といい酒でも買って野営するか」

「うん! じゃあ、行こっ! 早くしないと日が暮れちゃうから!」



 急に元気になったペトラに急かされ素材を集めると、俺たちは近くの村を目指した。


 王都近郊の栄えた街だと、商品も豊富で酒の種類も多く取り扱っていただろう。だが、小さな村だとそこまで期待できないようだ。

 あんなに期待させたのに落胆しただろうか。

 そう思ったが、お店に着くなりペトラは瞳を輝かせた。



「ガラル、これなんのお酒!?」



 彼女たちプレイヤーは言葉は通じるが文字は読めないので、どんな食材が使われているかなんかは俺が見ることに。

 おそらく全部のお酒を確認させられただろう。

 そして気に入ったお酒数点を購入すると、ペトラは満足そうな笑顔を浮かべた。



「もう日が暮れそう。急いで今日の野営地を探さないと」

「店主から聞いたが、近くに水浴びできる湖があるらしい。魔物もあまり寄り付かない場所だそうだ」

「聞いてくれたの?」

「まあ、ほとんどの奴には怖がられて逃げられたがな」



 この世界への詳しさは、今まで奴隷剣闘士だった俺とペトラはそう変わらない。だからこの一週間、村や街へ寄ったとき、そこの住民とできるだけ会話するよう心掛けてきた。

 念願だった外の世界に出られたから、一つでも多くの体験をしたかったから。

 だけど快く会話してくれる者もいたが、大多数は俺の威圧的な見た目と奴隷剣闘士である格好を見て逃げてしまった。



「話したらすっごく優しいけど、見た目は少し怖いもんね」

「ペトラも、俺が怖いか?」



 そう問いかけると、彼女は優しく微笑む。



「ううん、全然。あたしは男らしくて、かっこ──」



 そこまで言った彼女は赤面すると、こほんと咳払いする。



「な、なんでもない。それより、お金貯まったら服とか買えたらいいね。あたしは替えの服あるけど」

「あの痴女服の替えな」

「あー、また痴女って言った……。もう一週間だよ、そろそろ見慣れてくれてもいいのに」

「見慣れるわけないだろ」



 ……それはいろんな意味でだ。



「パモが別の服でも言うこと聞いてくれたら着替えるのに。ねえ?」

『パモ?』



 抱きかかえたパモが首を傾げる。


 俺たちは野営地へと向かい、料理の準備を始める。

 といっても俺は一切料理ができないので、料理の支度はほとんどペトラに任せてしまっている。

 最初は手伝わせてもらっていたのだが失敗ばかりで「ガラルは食べる担当ね」と、遠回しに戦力外を言い渡された。

 なので彼女が料理を準備している間は周囲の警戒と、パモの入浴の手伝いをしている。



「パモ、気持ちいいか?」

『パッモ!』



 丸っこい体を綺麗に洗う。

 少し前までは体を洗おうとしたら手を叩かれていたが、今は洗うことを許してくれたようで、全身をゴシゴシすると目を閉じて気持ち良さそうな表情をするようになった。



「よし、終わったぞ」

『パモッパモッ!』



 ありがとうと言ったのかはわからないが、体を拭いてやると勢いよくペトラのもとへ走って行った。

 俺も彼女のもとに戻る。

 どうやらちょうど料理が終わったらしい。



「おかえり。準備できたから早く食べよっ」

「ああ」



 いつもながら美味しそうな料理。

 ただ今日は全体的に肉類が多い気がした。



「お酒にはやっぱりお肉と濃いめの味付けでしょ?」

「ああ、そうだな」



 普段の食事よりも上機嫌なペトラ。

 その理由でもある飲み物を掲げ、彼女は瞳を輝かせる。



「それじゃあ、乾杯!」

「乾杯」

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