第5話 男女二人の長旅、何も起きないわけもなく・・・。
「おはよ、ガラル。よく眠れた?」
既に目を覚ましていたペトラに起こされた。
今までは格子を鉄の棒で叩いて乱暴に起こされるから、こうして優しく起こされると不思議な感覚がする。
「ご飯、簡単なものだけどできてるから食べよ」
「俺のもか?」
「当たり前でしょ。あなたの目の前で自分だけ食べるとでも思った?」
そう言って料理を手渡される。
牢屋での食事とはまるで違う、贅沢な料理に唾を飲む。
「食材の持ち合わせがあまりなかったから、内容はあれだけど……」
ペトラは申し訳なさそうに言った。
「こんなに美味しそうな料理を朝から食べられるなんて、生まれて初めてだ」
「えっ、なんか大袈裟じゃない?」
「大袈裟じゃない。ありがとう、ペトラ」
「ん、喜んでもらえて良かった。じゃあ、食べよっか」
食事を始める。
一口食べて美味しい。
もう一口食べて美味しい。
お世辞なんかではなく正直にそう思ったから感想を口にしたのだが、ペトラは「やっぱり大袈裟」と笑った。
だけど食べる手を止め俺の反応を見つめる彼女の表情は、少しだけ嬉しそうに見えた。
「喜んでもらえたのは良かったけど、道中で食材を買わないとね。この分だと隠れ家までもたないと思う」
「そういえば、隠れ家ってのはここから遠いのか?」
「んー、弐虎で一週間ぐらいだから、あたしたちなら歩いて一か月はかかるかも」
「そんなにか」
「馬車に乗れるだけのお金があれば良かったんだけどね」
ペトラは大きくため息をつき、魔獣のパモにエサを与える。
「弐虎がいなくて心細くないか?」
「え?」
「同じ世界から来た同胞なんだろ?」
「同胞……まあ、同胞なのかな。でも、元々向こうで知り合いだったってわけじゃないの。こっちの世界で会ってまだ数日とかかな」
「そうなのか」
「だから大丈夫。それに、ガラルがいるから」
そう言ってペトラはにこりと微笑み「道中、魔物とか出るみたいだから守ってね?」と言った。
「ああ、任せておけ。お前のことは俺が必ず守る」
「えっ、あっ、うん……。まさかそんな真っ直ぐな目で言われると思ってなかったから……なんか今の台詞、いいね」
「ん?」
「なんでもない! それよりほら、早く食べないと冷めちゃうよ!」
急かされ、俺とペトラは食事を楽しんだ。
それから支度を済ませ……と言っても、俺に荷物なんてものは一つもないので準備することはない。
武器もないのは心許ない。
ペトラを守ると言ったが、武器が手に入るまでは素手での戦闘になりそうだ。
そしてペトラは、
「……」
「今、あたしのこと見て失礼なこと思ったでしょ」
昨夜と同じ布面積の少ない格好に、地味な色合いのマントを羽織るペトラ。
見た目だけだと特に違和感のない格好だが、マントを広げたらあの露出癖のある女みたいな格好をしているのがわかっているので、ついそういう目で見てしまう。
「いや、別に。そうだな、道中で服とか買えたらいいな」
「……それがダメなのよ」
「なに?」
「パモがね、この格好じゃないと言うこと聞いてくれないの」
ペトラの足にくっつくパモが首を傾げる。
「あんな恥ずかしい格好、あたしも嫌だからこの世界に来てすぐ着替えてみたのよ……そうしたらパモ、まるでこの格好してるのがあたしみたいに認識してて、着替えた途端、懐いてくれなくなっちゃったの」
「それで着替えられないわけか」
「これもたぶん、ゲームのシステム的なことだと思う。魔獣使い=この格好みたいな」
そんなことまでシステムとやらなのか。
どういう原理だと思ったが、そういうことなら仕方ないと笑う。
「慣れるしかないな」
「はあ、慣れたくないんですけど?」
「でも俺としては、その格好でいてくれるのは有難いけどな」
「ちょ、いやらしい目で見ないでよね! もう、最悪……」
赤面した彼女がまん丸とした大きい荷物を背負おうとする。
「荷物は俺が持つ」
「ありがとっ!」
俺とペトラは出発した。
今いる人目から隠れられるほどの木々が生い茂った森を出て、馬車も走る道に出る。
青空の下、大自然の高原を歩くと涼しくて、それだけでも幸せな気分になる。
「ガラル、なんか楽しそうね」
「ん、まあな。これまでずっと牢屋に閉じ込められていたから、こうやって自由に外を歩けるだけで嬉しくてな」
「そっか」
そう答えると、ペトラは「ねえ」と申し訳なさそうに聞く。
「ガラルのことを聞くのって、やっぱ嫌?」
「どういう意味だ?」
「こうして一緒に旅するんだから、少しでもガラルのこと知っておきたいなって思って。……でも、奴隷剣闘士っていうのがどんなのかは想像できるから、なんとなく聞いたら傷口を抉るみたいで、ガラルは嫌かなとも思って」
「そういうことか」
確かに俺のこれまでの人生は地獄のようなものばかりだった。
大多数の人間は、聞いていて嫌な気分になるだろう。
それを話させて、思い出させて、俺が気分を悪くしないか心配なのか。
「別に俺は平気だ。ただ、ペトラが聞いて楽しめる話なんて一つもないと思うぞ?」
「それでも、ガラルのことを少しでも知れるかなって」
「そうか。そうだな……じゃあ、少しでも楽しめるよう心掛けて話すか」
と、言っても俺の過去の話なんて退屈なものばかりだった。
最初こそ、こんな話を聞かされても嫌なだけだろうなと思いながら話していたが、ペトラは一つ一つに反応してくれて、会話が暗くならないようにしてくれた。
気遣いのできる女性なのだろう。
話をしているうちに、俺自身もペトラのことを知りたくなった。
「ペトラはどうなんだ?」
「え、あたし?」
「ああ。ペトラのいた世界のことを聞かせてほしい」
「日本でのことかあ。こっちの世界にないこととかいっぱいあるから、わからないことだらけかもよ?」
「それでも聞きたい」
「じゃあ」
今度はペトラの話を聞かせてくれた。
小型の通信機器には会話できる機能や娯楽機能といったあらゆるものが詰まっていて、外には馬車よりもずっと高速で走る機械の乗り物がある。
彼女が言った通り、話してくれることの半数はよくわからない名称だった。
それでも彼女の本当の名前や、どんな風に育ったとか。あと、怪我した人を助ける看護師という仕事をしていたとか、そんな未知の話は聞いているだけで楽しかった。
それに元の世界での話をするペトラは楽し気で饒舌で、普段と違った子供っぽい表情も見れた。
「それでそれで……って、あたしの顔をジーッと見てどうしたの? 顔になんか付いてる?」
「いいや、なんでもない。それで、その後はどうなったんだ?」
「うんとね、その患者さんがね──」
それからも、俺はペトラの世界の話を──というよりも、ペトラの愚痴を聞きながら旅を続けた。
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