第26話 姉ちゃんの親友


LBIの治療室。 


菱乃は友成が寝ているベット前の丸椅子に座っている。


菱乃は目を覚さない友成の手を両手で握りながら、「早く起きなさいよ。アンタは昔から姉ちゃんに心配かけさせるんだから」と言った。


「俺の話を聞けよ」

友成は勢いよく上体を起こして、目を覚ました。


「遊」

菱乃は友成が目を覚ました事に驚いた。


「菱乃姉ちゃん?」

菱乃と友成の視線は握っている手に向かう。


菱乃は恥ずかしくなり、友成の手から両手を離す。そして、友成の頭を叩く。


「危ねぇ。いきなり叩いてくんなよ」

友成は避ける。


「うるさい。叩かれなさい」

「理不尽だ」


「姉ちゃんを心配させるからよ。馬鹿遊」

「そ、それはごめんなさい」


友成は菱乃に頭を下げた。


「まぁ、反省してるなら許してあげる。姉ちゃん優しいから」

「優しい姉ちゃんが目を覚ました弟をいきなり叩こうとするかよ」


「なんか、言ったか?」

菱乃は指を鳴らす。


「あの、えーっと何も言ってません」

友成は焦りながら答える。菱乃が怒ったらどうなるか知っているからだ。


「分かればよろしい。そうだ。お父さんとお母さんには夏風邪拗らせただけだからって言っとくから」


「……ごめん。嘘つかせて」

友成は申し訳なさそうな顔をした。


「いいのよ。本当の事言えば色々とややこしいし。お父さんは別に大丈夫だろうけど、母さんはきっと気絶するから」


「する気がする」


「気がするじゃなくて、するに決まってる。そう言う人なんだから。大事な子供のことになったら」


「……大事な子供か」

友成は含みのある言い方をした。


「自分は大事な子供じゃないと思ってんのか?」

菱乃はキツめに言う。


「そ、それは思ってないけど」

「アンタは私の弟で友成家の一人。OK?」


菱乃は友成に睨みを効かせた。


「は、はい。そうです」

友成は恐る恐る答える。


「OKかNOで答えなさいよ」

「面倒くさいな」


「お姉ちゃん。いや、お姉様に対して、その口の聞き方はよろしくなくてよ」

「余計に面倒だわ。そんなだから、彼氏出来ねぇんだよ」

「おい、今なんつった?」


菱乃の顔が鬼の様に恐ろしい顔になっている。


「な、なんにも言ってません」

友成はあわあわしている。


「本当か?」

「本当です。こんな素敵な姉ちゃんに彼氏が出来ないなんて世の中の男は見る目がないなと思います」


「分かってるじゃない。流石、私の弟だわ」


菱乃の表情が優しくなった。


「あ、ありがとうございます。菱乃姉さん」


友成は冷や汗をかきながら言った。

危なかった。友成が菱乃に対して言う言葉が一つでも間違っていたら、このままもう一度寝る羽目になっていたのだから。


「まぁ、冗談はこれだけにしといてあげる」

「冗談だったの?」


「うん?」

「何もないです。美人な姉ちゃん流石っす」


「よろしい。姉ちゃん。今からアンタが目を覚ました事をある人に伝えに行かないといけないから」

「ある人、お医者さんか?」


「お医者さんにもだけど、アンタが知ってる人よ」

「……俺が知ってる人?」


「そう。アンタからしたお世話になった人」

菱乃は丸椅子から立ち上がる。


「誰だよ、その人」

「会えば分かる」


菱乃はドアを開けて、廊下に出る。


「教えろよ。菱乃姉ちゃん」

「教えない。そして、安静にしときなさい。無茶してみなさい。無茶出来ないようにしてあげるから」

「しねーよ。疲れてんのに」


「よろしい。じゃあ」

菱乃はドアを閉めて、どこかへ行ってしまった。






菱乃姉ちゃんが誰かのもとへ行ってから30分ぐらいが経った。


友成はその間に医者の診察などを受けて、LBIが用意したご飯を食べていた。

LBIのご飯美味ぇな。もう一泊するのもありだな。いや、そんな事言ったら菱乃姉ちゃんに殺される。さっきもマジで死ぬかと思ったし。


「ご馳走様」

友成はご飯を食べ終えた。


そう言えば、真珠と和紗はこっちに向かってるんだっけ。てか、審査所を通過出来んのか?


まぁ、二人なら何とかしそうだな。

それにしても、The Oneは俺を仲間にしたいんだよな。俺にはどうしても他の目的もあるように思える。その目的が全く分からないのがムカつくけど。


廊下からこちらに向かう足音が2つ聞こえる。

どちらもリズムが速い。きっと、どっちも走っているからだろう。


治療室の前で2つの足音が止まった。そして、ドアが勢いよく開いた。


「ゆ、遊ちゃん」

友成に千戸浦が泣きながら抱きつく。


「遊、無事なのね」

財櫃は友成に一瞬抱きつきかけようとしたが、踏み止まり、冷静を装って言った。


「二人のおかげでな。ありがとう。マジで感謝しかない」

友成は二人に感謝を伝えた。


一人では絶対にクリア出来なかった。二人が居てくれたおかげでクリア出来た。それだけ、難しい、いや、理不尽なゲームだった。


「どう致しましてだよ。こんちくしょ」

千戸浦は鼻水も垂らしながら、友成のお腹をぽこぽこ叩く。


「叩くな叩くな。ほら、テッシュ」

友成は千戸浦にボックステッシュを渡す。


「ありがとう。拭くね。全力で拭くね」

「そこに全力かけなくていいから」

「うん、承知」


千戸浦はテッシュを使って、涙や鼻水を拭く。


「……あの、ごめんね。いや、ごめんなさい。私のせいで」

財櫃は友成に頭を下げた。


「真珠のせいじゃねーよ。だから、頭上げてくれよ」

The Oneのせいだ。真珠は何も悪くない。


「……でもさ」

財櫃は顔を下げたまま言う。


「でもさじゃねーよ。俺はこうして無事にここに居るんだ。それでいいじゃん。それより、普段の真珠じゃない方が許せないね。俺は」

「……何よ、それ」


財櫃は涙声になっている。


「だから、顔を上げてくれよ。いや、上げろ」

財櫃は手で涙を拭ってから、「何よ、偉そうに。馬鹿」と顔を上げた。


「それでいいんだよ。馬鹿は余計だけど」

友成は言った。


よかった。元気になって。真珠にこの件を引きずられるのは嫌だ。それにマジで真珠は悪くないんだし。


「余計? 事実だと思うんだけど」

「なんだと、この野郎」


「この野郎とはなによ。私は女性よ」

「うるせぇよ。ドジっ子」


「ドジっ子じゃない。ねぇ、なぎ」

「ごめんね、真珠ちゃん。真珠ちゃんはドジっ子だよ」

千戸浦は優しい顔をして言った。


「ちょっと、な、なぎ」

財櫃は千戸浦の返答に驚いて焦っている。


「ほら、幼馴染二人からドジっ子認定を受けましたよ。どうします?」


「う、うるさい。演技。お芝居よ」


「いや、素だね」

「うん。あのドジりっぷりは演技では出来ないもん。だって、今回もさ」


千戸浦は楽しそうに話そうとする。


「なにかしたのか?」

「……なぎ。言ったら分かってるよね」


財櫃は手をポキポキ鳴らす。


「ご、ごめんなさい」

千戸浦は速攻で謝罪した。


「教えろよ。和紗」

「命が惜しいから嫌だ」


「なんだよ、それ」

ドアをトントン叩く音が聞こえる。


千戸浦は立ち上がる。

「はい、どうぞ」


菱乃姉ちゃんかな。

「失礼するわね」

ドアが開き、スーツ姿の大人の女性が入ってきた。

スーツ姿の女性はコーラルベージュの編み込みサイドテール、つり目。身長は165cm以上はあるだろう。

「久しぶりね。何年ぶりかしら」

スーツ姿の女性は言った。


「お、俺に言ってます?」

こんな綺麗な女性の知り合い居たっけ。でも、どこかで会った気もする。


「えぇ、そうよ」

「……ですよね」


「忘れちゃったの。あんだけ可愛がってたのに」

「ちょっと待って」

ちょっとずつ思い出してきた気がする。


「お、思い出してきた。じゃあ、ヒントをあげよう。すさび、何が欲しい?」


「そ、その呼び方。もしかして、璃ちゃん?」


すさびと呼ぶのは菱乃姉ちゃんの親友の網代璃帆(あじろあきほ)さん。通称・璃ちゃんだけだ。


『クロスワールド・ナラティブ』の対戦モードの腕前は化け物。初見で勝てそうなのは現在のエンタダイス・個人リーグのトップ2ぐらい。

プロになってれば何百億ものお金を稼いだはず。なのに、なぜここに。



「正解。そうよ。璃ちゃんです」

財櫃と千戸浦は「誰この人」と言わんばかりのキョトンとした顔をしている。


「え、なんでここに居るの?」

友成は驚きながら訊ねた。


「LBI局員だからよ」

「マジかよ」


「すさび。再会を懐かしみたいけど先に用を済ますわね」

「うん。用ってなに?」


本当に懐かしい。10年近くぶりじゃないか。会うのは。


「財櫃真珠、千戸浦和紗。貴方達を逮捕します」

網代はスーツの内ポケットから逮捕状を取り出して、言った。








 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る