第16話 ショウガ飴 ( 1 )

 名前、知りたいなぁ。量産型候補さんと勝手に読んでいる女の子からもらったショウガ飴を手にとり眺めながら、照葉てるはは思った。

 名前を教えてもらう、いやいや、名前を教えあいたいのだ。どうしたらその望みは叶うのか。照葉はショウガ飴のセロハンを開いて、口に含んでみる。ほのかにピリッとした刺激が舌に伝わる。ショウガの香りと、砂糖の甘みが口に広がる。それを堪能しながら、作戦を考え始めた。


 名前を教えてもらうにはまず、話しかけるきっかけが必要。話しかけるきっかけはもう作って、そのチャンスをすでに使ってしまった。名前を相手から聞き出すというのはもっと大きなチャンスを作らなければいけないのだ。


 夏目漱石の作品の「こころ」には主人公が話のきっかけを作るためにわざと私物を相手の近くで落とす、という事をやっていた。落とし物作戦。良いかもしれないと一瞬思ったが、照葉が量産型候補さんと出会うのは電車の中だ。他の乗客に拾われてしまう可能性が高い。第一、自然に落とし物をできるだろうか。わざとらしく落としたらなんだか変な罠を仕掛けてると思われそうだ。そして、上手く落とし物をしたとしても拾ってもらえなかったら……。悲しい。

 電車の車両はあまり広い空間ではない。狭い空間で落とし物をしておいて自分が気が付かないという事を自然にやるのはかなり難しい……。


 落とし物作戦は、無し!という事で。


 他には何があるだろう。

 量産型候補さんが何か落とし物をしてくれないかな。できれば名前が書いてある学生証とかを……。それを私が拾ば……と照葉は思ったが、それでは相手の名前を分かっても自分の名前を知ってもらえない、と気が付いた。学生証の名前を見て、貴女の名前は誰々さんなのね、私は三木照葉みきてるは!なんていきなり名乗り始めたら押しつけがましいだけだ。下手すれば怪しげな人である。そうは思っていても、もし、落としてくれたら……という仮定をつい考えてしまう。


 (量産型候補さんが学生証を落とす……私が気が付いて拾う……そんなにタイミングよく気が付いて拾えるか?私が拾う前に他の人が拾いそうだな……)


 やはり落とし物作戦は電車の車両内では難しい、と結論付けた。他には何があるか、と照葉は考えてみる。量産型候補さんの通う学校に誰か知り合いがいないか探してみてはどうか。知り合い入るかもしれないが、そもそも知り合いが量産型候補さんの知り合いか?という問題もある。他校に行った知り合いレベルの人に頼みごとをしても困らせるだけだろう。理由はなに?とほぼ確実に問われるわけで、自分の胸の内を知り合いレベルの人に教えるのはかなり嫌だ。となると嘘の理由を考えないといけないわけで、そうなると結局は協力者と量産型候補さんを騙さないといけなくなる。

 

 それは道徳的に問題があるうえに、技術的にもかなりめんどくさい。他校の女の子の名前を教えてもらうために釣り合う嘘ってどんな内容があるのか分からない。

 そもそも量産型候補さんの学校に知り合いがいるかどうかも分からない。中学が一緒だった人はいるだろうが同学年でもたいして親しくない場合は、卒業後に照葉の事を覚えているかもあやしい。

(他校の生徒の名前を知るのって、こんなに難しいのかあ~)


 口の中のショウガ飴はすっかり小さくなっていた。パリパリと嚙み砕いてしまう。

(なんだこの空しい頭脳労働は……。余計甘いもの食べたくなった。もう一個ショウガ飴なめよう)


 二つ目を口に入れた時、そういえば大切になめようとしていたことを思い出した。

 今の照葉が量産型候補さんを身近に感じられるのは、このショウガ飴のおかげだ。

(ショウガ飴が無くなるまでに、量産型候補さんの名前を知りたい……)


 照葉は甘い香りのするため息をついた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る