第18話 違和感
シャワーを浴び終えてから名和さんが用意してくれた服に着替えて、リビング中央のテーブル前に座っている。
名和さんがスポーツドリンクの入ったコップを俺の前に置いた。
「飲みな」
「ありがとうございます」
俺はスポーツドリンクを一気飲みした。
水分が身体中に染み渡っていく感覚がする。それほど、身体が水分を欲していた証拠だ。
「じゃあ、これからのスケジュールは」
「えーっと、まず服を買いに行きます」
名和さんが普段着ている服だからサイズが大きい。さすがに人に会いに行くのにちゃんとしてないと申し訳ない。
「そうだな。サイズ大きいもんな」
「はい。その後、帝都芸術大学の根来先生に会いに行きます」
「その根来先生が亀沢さんの恩師に当たる人なんだね。アポは?」
「妹が取ってくれています」
横暴な妹であるが配慮とか気を回す事は出来るんだよな。
もしかして、兄以外からはかなり人柄を評価されているかもしれない。だって、可愛いだけじゃ仕事貰えないもんな。まぁ、実力もあるけども。
「そうかい。それならよかった」
「じゃあ、早速行きましょうか」
服屋で服を一式買って着替えた。どれも新品だから新品特有のぱりっとした感じがする。だから、ちょっと動き辛い気がする。きっと、気持ちの問題なんだろうけど。
名和さんが運転してくれている車は帝都芸術大学に向かっている。
あと数分もすれば着く。
俺は膝にお渡しするお菓子が入った袋を置いて、車窓から外の景色を眺めている。
それにしても、お渡しするお菓子は洋菓子でよかったのだろうか。和菓子の方がよかったか。
いや、それ以外の何かがよかったか。こう言う時にお渡しするものって本当に悩むよな。センスがないから困る。
名和さんは帝都芸術大学の近くの有料の駐車場に車を停めた。
俺は深呼吸をした。
どれだけ初めての人と関わる仕事をしていても初対面は緊張する。もし、緊張しない人がいるならなぜ緊張しないかを教えて欲しい。
運転席に座る名和さんも深呼吸をしている。
名和さんも緊張しているのだろう。
俳優とか芸人とかがコミュニケーション能力が高いと思われるのは辛い。ただ頑張っているだけだ。知り合いの俳優の多くがコミュ障。
俳優同士が仲良くなるのが速い理由は好きな物が同じだから。違う業種の人と仕事する場合は絶賛コミュ障を発症する。
俺と名和さんは何も言わず、お互いが落ち着いた事を確認して、車から降りて、有料の駐車場から出る。
俺と名和さんの前には帝都芸術大学の生徒だと思わしき若者が何人も歩いている。なんと言うか、芸術大学だよな。
個性的な服装をしている子達が多い。俺は大学じゃなくて専門学校だったけど同じように個性的な服装をした生徒が多かった。
帝都芸術大学の敷地内に入った。
芸術大学だから劇場や撮影場やおしゃれなデザインな建物がある。
それにしても久しぶりに来たな。結奈が一年の頃の学祭以来だな。「来い」と言われたから行ったら「なんで来たの」と言われたんだよな。たしか。
本当に恐い妹だ。何を考えているか全く分からない。
俺と名和さんは図書館へと向かう。
帝都芸術大学の図書館には様々な時代・ジャンルの戯曲や脚本がある。自分達が手に入れようとしてもプレミアが付いていたりして入手困難なものばかり。
まぁ、もともと戯曲や脚本は大きな本屋かネットでしか売っていないんだけど。
図書館の前に着いた。
他の建物と同様にアート的で左右非対称な作りをしている。大きさは市民劇場二個分はあると思う。
俺と名和さんは図書館の中に入り、読書スペースへ向かう。
読書スペースには長いテーブルが5台と何十脚もの椅子が置かれている。生徒達は固まって座っている。
60歳ぐらいの白髪の女性がぽつんと1人座っている。
白髪の女性は幾何学模様のワンピースに紺色のカーディンガンを羽織っている。結奈に渡された写真の人と同じだ。あの人が根来さんか。
俺と名和さんは根来さんのもとへ向かう。
「すみません。少しよろしいでしょうか」と、周りの学生達の迷惑にならないように声のトーンを小さくして話しかけた。
「なんでしょうか?」
「根来先生でお間違えないですか?」
「はい。根来です」
やはり間違えではなかった。
「汐路結奈の兄の汐路敏と友人の名和憲司です」
「名和憲司です」
名和さんは頭を下げた。
「貴方が結奈ちゃんのお兄さん。結奈ちゃんからお話を聞いてるわ。亀沢さんについて話を聞きたいのよね」
「はい。そうです」
「じゃあ、場所を変えましょうか」
根来先生の研究室。
壁一面に本棚が置かれており、様々な本が並べられている。
部屋の奥にはオフィスデスクがある。オフィスデスク上にはブラックカラーのパソコンと資料や本が積まれている。
俺と名和さんは部屋中央に置かれているテーブル前のソファに腰掛けている。
根来先生が奥の部屋から急須と湯呑みが3個乗ったお盆を持って出てきた。そして、俺達の向かい側のソファに座り、お盆をテーブルの上に置く。
その後、急須で湯呑みにお茶を入れて、俺と名和さんの前に置いた。
「どうぞ、お飲みになってください」
「ありがとうございます」
「いただきます」
俺と名和さんは湯呑みに入ったお茶を飲んだ。
この独得な味。ハーブティーか。なんだか、落ち着くな。
「美味しいハーブティーですね」
「落ち着きますね」
「気に入ってもらってよかったわ。えーっと、亀沢さんについて話を聞きたいのね」
「はい。そうです」
早速本題に入ったぞ。
「何を話せばいいのかしら」
「どんな方だったんですか?」
「そうね。大人しいけど周りに気が遣えて優しくて才能のある子だったわ。脚本を書いても小説を書いても詩を書いても、今まで教えてきた子達の中で別格だった。あう言う子を天才と言うのね。
教鞭を取っている私が使わない方がいい言葉かもしれないけど。それを言わせるほどの才能を持っていたの」
殺人を犯せる人なのだろうか。それも男を何人も。
「……そうですか。行方不明になっている事は知っていますか?」
「知ってますよ。行方不明になる前に私に会いに来ましたから」
「え? 会いに来れたんですか?」
俺と名和さんは驚きのあまり顔を見合わせてしまった。
もしかしたら、何か残しているかもしれない。たぶん、根来先生が誰よりも情報を持っている可能性が高い。
「どんな感じでした?」
名和さんは訊ねた。
「思い詰めていた。いや、この世に絶望していたと言った方が正しいかもしれないわね」
「……絶望していた。何か言っていた事とかありますか」
よほどショックを受けていたのだろう。そんなに感情を奈落に落とす出来事。きっと、恋人だった明星さんの死だろう。それ以上に辛い事はないはず。
「そうね。明星宵と言う男性が来たら渡してくださいとUSBメモリーを預かったわ」
「そ、それは本当ですか?」
「えぇ。本当よ。ちょっと待ってね。出すから」と、根来先生はソファから立ち上がって、オフィスデスクの方へ向かう。
「お、おかしくないですか?」
俺は名和さんに小声で言う。
「おかしい。だって、明星さんが亡くなってから行方不明になったはず」
「ですよね。錯乱状態だったんですかね」
時系列がおかしくなる。それにもし明星さんが生きているなら、あのお墓に眠る人は誰なんだ。
「そうだろう。そうだと思う」
根来先生がオフィスデスクの引き出しからUSBメモリーを取り出した。
「これよ、これよ」
根来先生はUSBメモリーを俺達の前に置いた。
「中は拝見しましたか?」
「してないわ。私を信用して預けてくれたのに信用に背く事なんてできないわ」
この一言で根来先生が生徒から慕われるんだろうと思った。
そうじゃないと、人をあまり信用しない妹が先生の名前まで覚えているなんてありえないから。
「そうですよね」
「貴方達は明星さんとお知り合いなのかしら?」
「はい。知り合いでした」
「知り合いでした? どう言う事?」
「えーっと、それは……」
口が重くて言葉が出てこない。とても言い辛い。でも、言わないといけない。
「私が説明します。亀沢さんの恋人だった明星宵さんは不慮の事故で亡くなっています。それも亀沢さんが行方不明になる前に」
名和さんは代わりに言ってくれた。
「……亡くなってる。それじゃ、亀沢さんのお願いは一生叶わないって事なのね」
根来先生はショックを受けたような顔をしている。
俺と名和さんは頷いた。
「……この中を見たら、亀沢さんを見つけ出すヒントがあるのかしら」
「見つけ出せるヒントはあるかは分かりませんが可能性は0から0・1にはなると思います」
断定はできない。USBメモリーの中にどんな情報が入っているか分からないから。でも、前進にはなるはず。
「ごめんなさい。亀沢さん」と根来さんはUSBメモリーに向かって謝った。そして、「これを貴方達に預ける。だから、亀沢さんを探してくれないかしら」
「……は、はい」
「探します」
俺と名和さんは根来先生からUSBメモリーを預かった。
USBメモリーだけじゃなくて思いも預かった、そんな気がした。
胸が痛い。亀沢さんが連続殺人犯かもしれないと言った方がいいのだろうか。いや、言わない方がいいんじゃないか。でも、それって酷くないのか。考えれば考える程おかしくなりそうだ。
俺は助けを求めるかのように名和さんを見た。
名和さんは首を横に振った。きっと、同じ事を考えているのだろう。同じように答えを出せないのだろう。
俺は首を縦に振った。
可能性の話で根来先生を傷つけてはいけないよな。いや、違う。俺が俺達が傷つきたくないだけなんだろう。
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