第17話 ダンボール大作戦
3日が経った。
数日前まで事件があんなに続いたのに何もなかったかのように時間は過ぎて行く。
俺にとっては地獄でしかないが。ずっとずっと兼元さんに監視されていて碌に行動できない。
結奈に準備しろと言われた段ボールはネットで注文したから大丈夫だけど。
名和さんと連絡するのも一苦労だ。
心が唯一落ち着く場所は撮影所の楽屋だけ。楽屋と言っても一人用ではなく他の俳優と共同だけど。それでも家よりはましだ。
次のシーンまで時間があるから台本を読みながら休憩している。
ドアをノックする音が聞こえる。
「はい。どうぞ」
もう次のシーンの用意が出来たのだろうか。
「じゃあ、失礼するよ」と、ドアを開けて、鶴倉さんが入って来た。
「あ、お疲れ様です」
俺は席から立ち上がり、頭を下げた。
「そんな仰々しくしなくていいよ」
「そうですか」
「そうそう」
鶴倉さんは隣の席に座った。
俺は席に座り直した。
「それにしてもさっきのシーンの芝居はよかったよ。感動した」
鶴倉さんは俺の肩を叩いて言った。
「あ、ありがとうございます」
さっきまで撮っていたシーンは涙ながら自分の彼女を殺された事を語るシーンだった。
かなり感情を込めるシーンだったから精神的なカロリーをかなり消費した。だから、まぁまぁ疲れている。
「こちらこそありがとうだよ。いい芝居を見せてくれて」
「鶴倉さんや皆さんのおかげで出来ました」
鶴倉さんや周りの役者やスタッフの方々が気持ちを盛り上げてくれたり緊張しないように配慮してくれたおかげで感情を出せた。
撮影所の雰囲気がよくなかったら自分でもよかったと思える芝居は出来なかったと思う。
「嬉しい事言ってくれるね」
「事実なんで」
スマホの着信音が突然聞こえてきた。
俺は化粧台に置いている自分のスマホを見る。画面は黒いままだ。
「ごめんごめん、俺だ」
鶴倉さんはズボンのポケットからスマホを取り出して、電話に出た。
俺は電話の邪魔にならないように台本を読む。
――3分程経った。
「はい、お願いします。ありがとうございました」
鶴倉さんは電話を切り、ズボンのポケットにスマホを入れた。そして、「ごめんね」と顔の前で両掌を合わせた。
「いえいえ別に。でも、誰からだったんですか?」
「殿岡さんだよ。今度、生放送で対談するんだ」
「生放送で対談って凄いですね」
対談で生放送なんてまずないぞ。
「凄いよね。テレビ局も思いきったことするよね」
鶴倉さんは少し呆れているようだ。
「ですね。放送見ますね」
「やめてくれよ。何か失言してしまうよ」
「失言は駄目ですよ。今後の芸能界活動の為にも」
些細な失言でも、このご時勢では一瞬にして広まり、やがて、拡大解釈されて問題になってしまう。
だから、表に出る人間は細心の注意を払って言葉を使わないといけない。
表に出たら賞賛を浴びる事もあればどこからでも攻撃される的になる事もある。
「……そうだね。そうだよね」と、鶴倉さんは言った。
「そうですよ」
気のせいかな。変な間があったような気がする。でも、自分の勘違いかもしれないから聞かないでおこう。
「気をつけるよ。今後の為にね」
「はい。気をつけてください」
「次のシーンも頼むよ」と、鶴倉さんは席から立ち上がって、俺の肩を叩いた。
「は、はい。よろしくお願いします」
「じゃあ、失礼」
鶴倉さんはドアを開けて、去って行った。
2日が経ち、結奈の大学時代の先生に話を聞ける日になった。
自宅前の駐車場では兼元さんが俺が外に出ないように車の中から監視している。このままでは到底外に出る事は出来ない。
チャイムが鳴った。
俺は玄関に向かい、ドアを開ける。そこには結奈が居た。
「おっす、来たよ」
「お、おう」
駐車場の車の中からこちらを睨んでいる兼元さんの姿が見える。
どうやって、この状況を掻い潜るんですか。妹さんよ。
「中入っていい?」
「どうぞ、どうぞ」
結奈が家の中に入れるように道を開ける。
「どうも失礼」と、結奈は玄関で靴を脱ぎ、リビングに向かう。
俺は玄関のドアを閉めて、リビングに行く。
「それじゃ、早速だけど汐路敏自宅脱出計画を発表します。ぱちぱち」
「お、おう」
「はい、拍手」
結奈は拍手するように煽ってくる。
あー妙にテンション高いな。これ確実に楽しもうとしている。どんな計画なのだろうか。かなり心配だな。
俺は仕方なく拍手をする。拍手しないと話が前に進まないだろうから。
「まずある程度の種類の受け答えを録音します」
「録音? どう言う事?」
何故俺の声が必要なのかを知りたい。
「えーっとね。全容をざっくり言うと、名和さんって人の家に段ボールに積めた兄貴を超速達便で輸送するのね」
「そ、そうなんだ」
だから、でかい段ボールを用意しろって事ね。俺、運ばれるんだ。ちなみ、発払いなのか、着払いなのか、どちらなんだろう。そして、発送サイズはどれくらいになるんだろうか。
超速達便は発送地と到着地が同じ県の決められた距離までの地域ならその日に届くサービス。
「あ、ちなみに名和さんって人に失礼だから発払いね。当たり前だけど兄貴持ちだから費用は」
「かしこまりました」
エスパーかとツッコミを入れようかと思った。けど、そんな事すると後でからかわれるに決まっている。
妹は昔から兄貴へのリスペクトと配慮がない。それぐらい承知している。
「段ボールで輸送した後、たぶん兄貴が家に居るかマネージャーさんが確かめに来るはずだから兄貴の声を録音してリビングから流すの。その声にたいして私が応答する。それで家に居ると納得すると思うの」
それだから俺の声を録音するのか。けれど、そんな悪知恵どこで覚えてきたのだろうか。お兄さんは心配だぞ。でも、今回だけは許す。許さないとどうにもできない状況なので。
「なるほどな。でも、もしさ。家に上がってきたらどうする?」
「上がって来ない」
「なんで言い切れるんだよ」
「兄貴はさ、マネージャーさんと気心しれてるけど、あたしは他人だからね。他人、それも、家族が家に居るのにズカズカと入って来れる人ってやばいでしょ。マネージャーさんはやばい人なわけ?」
「やばくない人です」
言われてみたらそうだな。家族が居る家に入って来ないよな。それは無神経と言うより、マナー違反とかそっちの方になるもんな。
「でしょ、だから大丈夫。最悪の場合、警察呼べばいいし」
「ちょい、それだけは辞めてくれ」
結奈の場合は本当にやりかねない危うさがある。
「冗談冗談ジョーダンじゃん」
「は、はい。そうですね。そうですよね」
頼むから冗談であってくれよ。貴方はお兄さんを困らせる事においては他の追随を許さない程の逸材なのだから。
「よし、それでは台本を作ってきたので録音していきましょう」
「よろしくお願いします」
なんで妹相手に敬語で話しているのだろうか。それだけ目の前に居る妹の言動や行動に恐怖を抱いているからか。
それとも、違う理由があるのか。……考えるのを止めよう。今から起こる事を受け入れよう。それが一番楽で自分の心の安定になる。そうしよう。
段ボールの中は蒸し暑い。そして、トラックの荷台の中でもあるから下からの衝撃がもろに来る。これがあと数時間も続くなら吐く自信がある。
段ボールに空気を取り込む為の穴を作ったのはいい判断だったと思う。それと段ボールの中に入る時に水のペットボトル1リットルを持ち込んだのは正解だった。持ち込んでいなかったら脱水症状を起こしていたかもしれない。
俺の家から名和さんの住んでいる場所までは遠くはない。あと15分もすれば着くはず。
いや、着いてくれ。
それにしても暗いな。真っ暗だな。スマホをズボンのポケットから取り出したいけど、いつ止まるか分からないもんな。
もし、タイミング悪くどこかに着いた瞬間だった場合、段ボールの中から光が溢れ出ていると言う事になる可能性があるもんな。
それで配達員に危険物とか思われたら困るもんな。仕方ない。あともう少しの辛抱だ。我慢しろ。我慢。
段ボールの中に入っている俺はゆらゆらと運ばれている。
穴から涼しげな空気が入って来る。どうやら、外に居るみたいだな。
頼むから落とさないでくれ。そして、どこかにぶつけないでくれ。いきなりの衝撃で声を出してしまう可能性がある。
「これ何入ってるんだよ」
「マジで重いよな」
段ボールを運んでいるであろう配達員達が愚痴を吐いている。
申し訳ない。成人男性が1人入っています。本当は運んではいけない人間(なまもの)です。
今すぐ開けて詫びたい気持ちはありますがそれはできないので愚痴を吐きながらで構いませんのでどうか無事に名和さんの家に届けてください。お願いします。
配達員達の動きが止まった。着いたのか。それとも別の理由か。ちょ、ちょっと待てよ。
そう言えば名和さんの部屋って二階だったような。も、もしかして、そんな事。いや、エレベーターがたしかあったから大丈夫なはず。
「階段か。一段ずつ降ろすか」
「そうだな。こんな重い荷物の時に限ってエレベーターが故障なんてついてないよな」
配達員は階段の前に居るようだ。
一段ずつ降ろすと言う事は地面に置いた時の衝撃を受けるのが階段の段数分あるはず。
お、俺の身体よ、持ってくれ。名和さんの家にたどり着くまでに朽ち果てないでくれ。
「じゃあ、気合入れていくぞ」
「OK。せーの」
配達員の掛け声と同時に段ボールの位置が高くなった。
あーやばい。恐い。そして、地面にはゆっくり置いてくださいよ。
「降ろすぞ」
「了解」
段ボールの位置が低くなっていく。そして、地面に着く。
お尻に衝撃が来る。……耐えられる痛みだ。でも、不意に声が出そうになる。な、なんなんだ。この緊張感は。ただ家まで運ばれているだけなのに。
――体感では30分程が経った気がする。実際はきっと10分も経っていないのだろう。
ようやく、俺が入った段ボールを運ぶ配達員達が階段を上り切ったようだ。そのままの勢いで進んでいる。
段ボールが地面に置かれた。お尻に衝撃が来る。しかし、何も感じない。人間と言う生き物は恐ろしい。慣れると別に平気になってしまう。
穴からドアらしきものが見える。どうやら、名和さんの部屋の前に着いたようだ。
頑張ったぞ、俺。吐かなかったぞ、俺。
インターホンのチャイムの音が聞こえる。
「はーい」
インターホンからだろう名和さんの声が聞こえてきた。
「お届け者です」
「ちょっと待ってください」
ドタドタとこちらに近づく足音。
足音が止まる。そして、数秒も経たない内にドアが開いた。
「こちらにサインをお願いします」
「ここですね」
ボールペンでサインを書いている音が聞こえる。
「ありがとうございます。中まで入れた方がいいですか」
配達員が訊ねる。
「あー大丈夫です。ここで」
「そうですか。それじゃ、失礼します」
配達員達の足音がどんどん離れていく。
段ボールの箱の側面を叩く音がする。
「本当に中に入ってるの?」
名和さんの声だ。
「はい。入ってます」
名和さんにだけ聞こえる小さな声で答えた。
「お、本当だ。もう出てきてもいいよ」
「分かりました。じゃあ、出ます」
俺は段ボールの上部を思いっきり昇竜拳かのようにアッパーで突き破った。
ようやく、外に出れた。空気が身体の穴と言う穴に入って来る。
あー外っていいな。生きている感じがする。
「お疲れさん。汗凄いな。シャワー浴びなよ」
「ありがとうございます。そうさせてもらいます」
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