第15話 不良先輩は後輩ちゃんズに優しい模様
用務室の片付け、清掃を終え、都合よく使われた少女たちは揃ってストレッチで伸びていた。
その報酬に照明やグリーンバック、段ボールに詰まった配信系機材一式を冷詩森はプレゼントする。
「じゃ。この機材、全部使って良いから」
「良いんですか!?」
「外に出した分は貰っちゃって良いよ。どうせ型落ちだし」
「一世代前で現役も多いのに、神ですかあなたは!」
デバイスに一際詳しい広世は祈りのポーズで感謝を表した。
「他の機材はここに設置してるもんか、ちょっと新しめだからその都度レンタルってことで。必要なとき声かけてくれ。あとSNS運用は指南書PDFがそのUSBの中入ってるから」
冷詩森は小慣れたウィンクを彼女たちに飛ばす。
「頑張りなよ、ガールたち」
悪い大人に騙されんなよと茶化す女ヶ沢の言葉を、一切否定することなく冷詩森は笑っているだけだった。
「それにしてもこの機材、本当にガチガチの環境の……」
譲り受けた段ボールの中身を早速漁り、広世は一人でブツブツと分析する。
そしてすぐさま、セレクト内容の豪華さに仰天した。
「あれ!? このマイク、高級な限定品じゃない! たしか、案件で紹介した配信者ぐらいしかまだ出回ってない――ハッ!!」
冷詩森が只者でないことは広世も分かっていた。
しかし実際の環境や貰った機材から、彼女の動画投稿者としての輪郭が明らかとなっていく。
「このガチ収音セット、明らかに動画編集にはオーバースペックなゲーミング環境、豊富なマイク……きっと登録者数十万規模でもおかしくない!」
冷静に分析を続けるなか、彼女は遂に箱の中からそれを取り出した。
「そしてこれは、モーションキャプチャースーツ!!?」
モーションキャプチャースーツ。
全身にセンサーを取り付けた特殊スーツであり、装着した人間の動きを読み込ませるためのもの。主にCGなどの分野で用いられる。
そんな代物が飛び出し、用務室に作られたこの「配信」特化のスタジオを目の当たりにし、広世の疑惑は確信に変わり始める。
「待って、このマイクとかスピーカーって社製の……つい最近、この案件動画見た気がする!」
日に何百もの動画を記憶する広世の脳内データベースから、一人の配信者の名前が抽出される。
「ま、まさか冷詩森さん、人気VTuberのフリ――」
言いかけた瞬間、凄まじい速度で広世の口は塞がれる。
「ミミナちゃん、だよね? 一回その名前、飲みこもっか?」
必死の形相で止めた冷詩森はそのまま用務室の奥まで広世を連れて行った。
「頼む、秘密にしてくれぇ~! これでも一応、いざって時頼れるお姉さんポジを死守したいんだ!」
さっきまでの余裕と落ち着きは消え失せ、一回りも歳の違う女子高生に彼女は懇願していた。
「多分お察しの通り、あたしがバーチャル配信者の『フリーナ・ベルフォレスター』だよ」
「やっぱり当たってた……! 冷詩森さんが『フリーナ』だったんですね」
「これ内緒にしてほしい! 後輩たちにエロシチュASMRの人で認知されたくないんだよ~」
「えっ。エロボ録ってるんですか?」
「……あれっ、知ってるんじゃないの?」
「わたし、Vにはそこまで詳しくないんですよ。『フリーナ』も機材動画ぐらいしか知らなくて……」
「……」
実に四秒、冷詩森の思考が完全停止した。
硬直と沈黙を抜けた後、冷詩森は高スペックのグラフィックボードを渡す。無理矢理抱えさせ、そのまま彼女と自分の小指を結んだ。
「ミミナちゃん、ここは大人の約束をしとこうか」
「わ、わっかりました霧子お姉さん……!」
「君のような物分かりの良い娘は大好きだよ」
新たな密約が躱され、冷詩森はほとんど崩れているイメージを辛うじて守り抜いた。と、本人は思っている。
広世はそれを気にすることなく、新品のグラフィックボードに感動で震えていた。
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