第34話 分岐点
「あのさ、一太。そーゆーの、もうやめよーよ」
「えっ」
奥野楓との邂逅から一日がたった午後、僕の部屋のベッドにて。
勇気を振り絞った僕は、華乃さんに全てを伝えた。君の人生において「からかい」がどんなものであったのか、そしてそれが、僕と恋人同士になることで、どう変質してしまったのか――それを、僕はついに、具体的な言葉をもって、説明したのだ。もちろん、「だから、からかってほしい」と要求するようなことは決してしていないが、だとしてもこれは、「からかい」の本質を崩しかねないリスクを孕んでいる。それでも、言語化するしかなかった。最初で、最後だ。
これが、今こそが、僕と君のこれからにおける、最も重要な分岐点なのだから。
だというのに、華乃さんは――
「全然、意味わかんないよ」
「えっ」
――僕の長々とした話を聞き終えた華乃さんは――とても困った顔を浮かべて、そんなことを言うのであった。ええー……。
「ごめんね、キツい言い方になっちゃって。でもさ、やっぱ彼女として、ここで遠慮するのとかよくないと思って。わたしらの将来のためにもさ」
「えっ」
「えっ、じゃなくてさ」
「あ、はい。うん……」
華乃さんは極めて真面目な顔をしていた。そんな顔されたら僕はもう「あ、はい。うん……」としか言えない。
――そういう、ことなのだ。
華乃さんには結局、自覚がなかったのだ。それ自体は僕も奥野も予想していたことだけど、こうやって言葉で指摘してみても、全くもって認識してもらうことは叶わなかった。
つまりは、もう。華乃さんが、愛する人をからかいたいと思えることは、二度とないということだ。それはもう脳の機能の問題であり心理的なメカニズムであって、誰かが意図的にどうこうすることなど、不可能なのだ。例の精神科の美人ヤブ医者もそう言っていた。いや、それをどうこうするのがお前の仕事じゃねーのかよヤブ医者。
「わかったこともあるよ? 要するに一太は、付き合い始める前の、友だちみたいな関係がよかったってことなんだよね?」
「えっ。あ、いや。まぁ……いや、うん。そういう言い方もできなくはないけど……」
決して間違っているわけではない。何かものすごく軽く扱われているようで釈然とはしないけど、大枠だけ見れば、否定はできない。
「一太はあたしと、付き合う前みたいな感じに戻りたいんだ?」
「まぁ、うん」
「セックスは、するのに?」
「えっ」
華乃さんのその声音には、悲愴と不安が、ない交ぜになっていて。しかし、僕を見つめるその瞳には、一縷の望みに縋るような、弱々しい光も見て取れて。
「あの日以来、会う度にしてるよね。わたしができない日でも、手とか口とか胸でしたげてるし」
「ごめん……」
何を隠そう、今もこうやってお互い全裸で同衾してるわけだしね……大事な話をするために呼び出したのに大事な話の前にちゃっかりイチャラブしちゃったしね……。
「謝らないでよ。嫌だって言ってるわけじゃないんだからね? むしろ、一太が求めてくれるの、ほんとに嬉しいんだ。幸せなの。でも、だからこそさ……変なことばっか言って、大事なこと、有耶無耶にしようとしないでほしい」
ああ、もうダメだ。
僕には、答えにたどり着いた確信があった。でも、華乃さんが答え合わせをしてくれない。だから、答えは出ない。
もう僕と華乃さんは永遠にすれ違い続けるしかないのだ。そう、永遠だ。だって、
「ちゃんと、本気で向き合おうよ。真面目に付き合お? わたしとの将来、ちゃんと考えてほしい。そうじゃないなら、ホントは体だけの関係だってゆーなら……わたし、そんなの辛いもん」
だって僕は、それでも華乃さんが好きだから。
「重いよね、わたし。うん。いいよ、そう思ってくれて。実際重いんだから。重くて耐えられないってゆーなら、しょーがないと思う。誰が悪いとかじゃない。いくら好き合ってたって、人同士だもん。価値観の違いってある。相性の良し悪しってあるんだよ。だから……もし一太がもう、こんなわたしに耐えられないってゆーなら……弄んだりしないで、ちゃんとフってほしい」
「華乃さん……」
すれ違っていても、華乃さんのこの必死な訴えには、どうしたって、心を揺さぶられずにはいられないから。
「でも、わたしは……わたしはやっぱり一太と……別れたくない……! 一太のことが、好きなんだもん……っ! ……っ……なんて、アハハ、ごめんね、偉そーなことゆってたのに、結局は感情論になっちゃって」
「いや、いいんだ。間違ってたのは僕だから」
「一太……、じゃあ……」
「ああ、わかったよ。僕は心を入れ替える。ちゃんと真っ直ぐ向き合うよ、華乃さんと……今、僕の目の前にいる、この華乃さんとね」
ていうか客観的に見たら圧倒的に華乃さんの言ってることの方が正論だからなぁ……! ずっとずっと意味不明な感情論しか吐いてこなかったのは僕の方なんだよなぁ……!
華乃さんと付き合い始めてから、長々と迷走してきてしまったが……――冷静になってみれば、結局は、華乃さんが正しかった。おかしかったのは僕で、だから当然、華乃さんと付き合い続け、いずれ結婚したいのであれば、頭を冷やさなきゃいけないのは僕なのだ。
「一太……っ……ふっ、うふふっ、なにその言い方。なんか変なのーっ」
その笑い方が、微かに昔の――僕をからかう彼女の姿に見えて――でも、すぐにそんな幻想は吹き飛ばす。
そんなんじゃない。些細なきっかけで、ありもしない幻覚が見えてしまう――典型的な依存症の離脱症状だ。
僕はこれを、克服しなくてはならない。大好きな華乃さんと、幸せになるために。
「あはは、ごめんって、華乃さん。もう二度と、さっきみたいな変なこと言ったりしないから。君と、結婚するためにね」
「ありがとう……わたしもずっと、そのつもりだから……好きだよ、一太」
そうして僕たちは、また恋人同士のキスをした。
それはそれとして、華乃さんにからかわれる隙を作り続けるために一人称がボクのまま十七歳になってしまったという奥野楓が不憫すぎる。彼女にもあのヤブ医者を紹介してやることにしよう。
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次回から最終章です^^
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