第25話「雨の予選」
(ダダッーーーー、ダダダ、シャン、シャァァァァ、パアァァーーー!!)
『わあゝーー 転んだ!?』
スタンド席から歓声があがる。
怜の操るRSは、スタンド席から見ていてもわかるほど、後輪を大きくスライドさせてコーナーをクリアしていく。
コーナーに進入する他車が減速する中、乾いた路面と変わらない速度で進入する怜のマシンは違和感でしかない。
いつ転倒してもおかしくない速度のはずなのに、むしろマシンは安定している。
黒黒と濡れた路面にスネを擦りつけながら、補助輪でも付いているように滑っていく。
他車が明らかに減速する中で、怜のマシンだけがヌルリとコーナーをクリアしてしまう。
その現実感の無さが、観ている者を不安にさせる走りだ。
「あゝ⋯⋯、いい雨だ⋯⋯、フンフン、フーン〜♪」
ヘルメットの中で鼻歌がこぼれる。
怜にとって、雨はリスクではない。
滑る路面は、ランキング上位チームとのパワー差を埋めてくれる、むしろ味方だ。
シーズンも終わりに近づくと、資金力のある名門チームと、そうでないチームのマシン戦闘力は大きく開く。
怜のマシンとランキング首位のマシンとでは、最高速で時速10Km以上の差がついていた。
それでも怜は果敢に挑む。
ストレートで抜かれても、コーナーで抜き返す。
何度も、何度でも。
腐ることなどない。
加速で勝てないなら、減速しなければ良い。
高校生の頃、非力な愛車「キャロット」で身につけた、非常識な走りが怜の武器だ。
前日のフリー走行まで、怜は筑波サーキットに新設されたシケインを走ったことがなかった。
最終戦を前に、怜はライバルチームのトップスピードに対抗する秘密兵器のセッティングに失敗し、メインストレートでエンジン・ブロー。
第1コーナーに突き刺さり、マシンを大破させてしまっていた。
怜の身体のダメージも、以前断裂した鎖骨の靭帯を再び傷める傷を負った。
これだけでレースの戦況はかなり不利だった。
残り1戦を戦い抜けるかは、普通に考えれば絶望的だった。
しかし、怜にはもう、そんなことはどうでも良かった。
とにかく、走ることが楽しいのだ。
今季、フルシーズンを闘い、この最終戦を迎えたシリーズランキングは5位。
スポット参戦で10位だった昨年の実績からしたら、十分とは言えない結果だった。
純粋なスプリントレーサーとしての速さだけなら、怜はもっと上位につけてもおかしくなかった。
現にシーズン序盤、皆がニューマシンのセッティングに手間どう中、供給されたマシンの性能をいち早く引き出したのは怜だった。
大会ごとにコースレコードを塗り替え、スプリンターとしての純度の高さはズバ抜けていた。
しかし、閃きで走るその走りは、転倒やマシントラブルも引き寄せた。
その間に名門チームは、着々とマシンの性能を引き上げ、ジリジリと怜とのポイントを詰めていった。
好敵手として、毎レース競い合ってきた
この最終戦で優勝できれば、まだシリーズチャンピオン獲得の可能性を残していた。
彼の走りに賭ける情熱と、それに応えるように力強いサポート体制が機能していた。
逆転優勝の可能性はまだ十分にあった。
怜のチームは、最高速度やマシンの加速ではトップチームな劣るものの、パワーとコーナリング性能のバランスの良いマシンに仕上がっていた。
限られた資金とパーツの中でそこまで仕上げられたのは、チーフメカニックが、前期まで名門中の名門「ヨ◯ムラ」のチーフメカニックだったからだ。
茂樹はその技術の粋を吸収し、怜のマシンに注ぎ込んだ。
それでも、毎年このシリーズ戦を闘い、上位に君臨するチームには及ばない。
スポンサー企業から集めた資金で、今年のニューマシン用に開発したスペシャルパーツを次々と投入してくる。
彼らにとって、怜の存在も計算のうち。
全てはシーズンを戦い抜き勝利する、計算されたプロフェッショナルの強さだ。
シリーズ中盤には、怜のランキングはジリジリと後退していった。
これがプロのレースの世界の闘いだ。
怜はその全てを受け容れて、なお、楽しんでいた。
抱えていた義務と
こんな清々しい気持ちでオートバイを駆る事は、怜が16歳のとき、はじめてオートバイに乗ったとき以来だ。
怜は、心から「オートバイ」を楽しんでいた。
シリーズ最終戦、筑波サーキット。
朝方から振っては止むを繰り返す、曇り時々雨の予選が始まった。
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