第3章「オートバイを駆る青年」

第1話「始まりは青い空、若草の香り」

 「ここで降りよぅ」

彼女の消えるような細い声に、怜は思わずホームへと降りた。

いつもは素通りする駅。

怜と彼女は学校からの帰り道が同じだけの友達だった。


 水曜午後3時。

急行の車窓から見えるホームは、夢の中のように人気ひとけがない。

線路の向こうに多摩川が見えた。


 改札を出る。

細い路地を抜けた先に鉄橋から見える草原くさはらが広がっている。

 先を歩く彼女を、怜はいつのまにか追い抜いていた。


 体いっぱいで風にむかう。

河川敷の草原くさはらを一望する土手に立つと、気持ちの良い風が頬を撫でていった。

怜は土手を駆け下り、草原くさはらに寝ころんだ。


 若草の息吹が鼻先に香る。

陽ざしが暖かい。今日は天気がいい。

雲がゆっくり流れていた。

連れの存在をすっかり忘れ、怜は陽のぬくもりを楽しんでいた。


 心地よい陽光にいざなわれ、眠気に意識が溶けていこうとしたとき、唇にふれるやわらかな感触で怜は目をあけた。

 彼女の唇だった。

 怜はそっと目を閉じた。

陽だまりと若草と彼女の優しい香りがした。


高校を卒業した最初の春。

怜とはるかの始まりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る