第11話「クールダディ1」

 「え!? あっ! 危なっ⋯⋯っ!!」

 (キィキィぃぃぃーーーッ ガッ シャァッ ゴッ ガッガガガガガーーー!! ガッ ーーードサッ)

「ドスン!⋯⋯⋯⋯⋯ ぐっ はっ⋯⋯ ぁ」


 アルバイトの帰り道。怜は盛大に事故った。

 ロデオマシーンのように暴れるVTから振り落とされ、歩道まで吹き飛ばされた。衝撃が退いて冷たいアスファルトに横たわる怜の身体はグニャリと手足を投げ出した人形のようだ。ヘルメットは路面に叩きつけられた衝撃でシールドが割れている。隙間から見える瞳は虚ろに空をさ迷っていた。

 薄い思考の中で怜はようやく事態を把握した。

「俺、は、事故やっちゃったのか⋯⋯」

 全身が痺れて感覚がない。耳鳴りで辺りの様子もわからない。意識が遠のいていった⋯⋯


 事故の5分前、怜はアルバイトから自宅までの帰り道を急いでいた。急ぐ用事などなかったが、このところずっと何かに急かされているような切迫感に追いたてられていた。

 3年生に進級した怜は理系の進学コースに進んだ。子供の頃から父親の仕事の手伝いをしていた事で、ふつうの高校生が見たこともない工具や機材の使い方を知っていた。オートバイを整備する事も好きだった。その事がさほど考えることなく怜に理工学系の進路を選ばせた。両親も何も言わなかった。

 理系進学コースは学年に2組だけの男子クラスだった。自動車整備の専門学校に進む茂樹と真司、就職する翔太たちとは別々のクラスになった。

 3年生という学年は、来春の別れを前提に残り少ない高校生活の中で関係を育む不思議な時間だ。無意識に卒業後は別々の道をゆくことを意識した関係は近づきすぎず離れすぎず、微妙な距離感になっていく。怜はそれが苦手だった。

 高校受験に失敗した苦い想い出もあったが、友情と打算という相反する価値観が入り混じったようなこの雰囲気が嫌いだった。

 まるでまだ決意には至らない、ユラユラと揺れている自分の未来を見ているようだった。


 学校の進路とは別に怜の中で「もっと速くなりたい」という思いが大きくなっていた。それは趣味の世界としてなのか、3年生になる前にプロのミュージシャンに目指すと学校ここを旅立ったみやびのような本気の夢なのか。学校都合のタイミングで進路を決めた時にはわからなかった。しかしその想いは進路相談を重ねるほどに、「もっと速く走らなければ⋯⋯」という焦りになり、やがて自分の進路を阻む出来事にさえ苛立つような焦燥感に変わっていった。


 その日、アルバイトを終えた怜は、いつもの森の中を抜ける長い直線道路をVTで走っていた。道の半ばに差しかかる頃、怜は先行するオートバイの存在に気がついた。距離にして300mはある。亀の甲羅のようにコロッとしたタンクは後ろ姿からもわかった。並列4気筒のヌケ感のあるこの排気音はCBX400Fだ。

「翔太と同じCBXか⋯⋯ 速いマシンだな」

 オートバイを見ると車種を言い当ててしまう。速いか、速くないかを判別するクセがついていた。

 レースに出場する様になってから自分以外のオートバイはみな競争相手のような気がした。


 怜の予想に反し遠くに見えていた車影は、あっという間に眼前に迫ってきた。

 ライダーをよく見るとオートバイを操っていると言うより、乗せてもらっているという形容が似つかわしい緩慢な走り方だった。常に周囲の状況に気を配り、キレのあるシフトチェンジやアクセレーションで対応している翔太とはまるで違った。近くで見るCBXは別のオートバイのように見えた。

 「オートバイ」とは、これ程までに乗り手を映すものなのだと怜は知った。


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