第7話「江の島1」

 日曜日、茅ヶ崎海岸横の国道134号線を6台のオートバイが風を切って走っていた。

 翔太のCBX400F、茂樹のz400GP、大輝のXJ400。そして峠道で大破させてしまった怜のVT250F。

 そしてこの日は翔太の声かけでふだん学校では会えない、聡太そうたみやびがそれぞれ、赤いカワサキGPz250と、トリコロールカラーのホンダMBX125Fで参加していた。

 翔太のCBXのタンデムに学校一の軟派男子、成久なるひさが乗っていた。

 七人とも学校活動の外で自分のやりたい事をする学校の問題児だった。


 聡太は旅が好きな男だ。「風来坊」と言う形容がしっくり来る。身長はひょろりと高いが骨格はガッシリしている。太い眉。への字の大きな口。黒目がちな円らな瞳はいつも遠くを見ている。掴みどころのない雲のような奴だ。

 今日もどこか旅先で買ったプリントTシャツとダメージジーンズという出で立ち。足元はいつもの雪駄せった。肩にいつものズタ袋を掛けている。

 フラっと旅に出てフラリと帰ってくる。旅費を稼ぐアルバイトをしながら学校に来ては授業中寝ている。自由を愛する彼の出席日数はいつもギリギリだ。


 雅はギタリストとして本格的にライブ活動をするバンドマンだ。週末彼が出演する隣町のライブハウスに集まるファンの数は凄まじかった。怜も茂樹に誘われ見に行った事があったが、彼のギターの迫力に圧倒された。

 そしてとにかく顔が綺麗だった。男の怜から見ても透き通るような白い肌に薄茶の髪と瞳、シャープな輪郭と作りの良い目鼻口は、北欧何処かの彫刻を思わせる完成度だった。

 性格はどうしたものかと言うギャップ。思慮深く前向きで、誰とも気さくに話すナイスガイだから困りものだ。人好きがするとはこういう人間を指すのだろう。


 成久は軟派を絵に描いたらこうなるだろうと言う容姿。流行りの髪型を朝からビシッとキメて、女子好きのするヒョロっと高い身長と優しい笑顔、細かな気配りができる優男だ。

 わかりやすく女子が好き。学校一の美人の彼女がいても、全ての女子をこよなく愛する規格外の間口の広さだ。

 学校にはほぼ毎日遅刻して来て日替りの言い訳を担任にゴリ押す彼の姿は、朝の恒例行事になっている。

 若い関西出身の担任とのある日のやり取り。

担任「成久ぁ、また遅刻やないかーい! えー加減にせいよ!」

成久「だってだって、聞いてよー。皆も先生も聞いてよー。バスが!バスが遅れたんですよー!!」

担任「なんで遅れたんや? ちゅーか、バスってのは遅れるもんやろ! 早めに家を出るとか出来る事があるやろ?」

成久「先生、せんせー! 違います! バスは、バスは遅れてないんですー! 乗るの遅れたんですー!」

担任「⋯⋯⋯ おいっ」

クラス一同「⋯⋯⋯⋯⋯」

成久「ん?? なに?? え?」

 成久には誰も敵わない。学校一女子にモテる。ブレない彼のキャラは誰にも止められない。


 聡太、雅、成久はオートバイが特に好きという訳ではなかった。それでもふだんつるむわけではない彼らはオートバイで繋がっていた。

 「学校」という大人が描く「理想の大人」製造ラインの中で、型に収まれず検品OKをもらえない彼らが、各々の個性の灯を落として所在なく潜むには丁度良い陽だまりだった。


 皆、学校の外に自分の世界を持っていた。高校生だからといって甘やかしてはもらえない厳しい世界を知っている。その道の先に託す想いはまだ誰にも明かさずに。

 同じ色、同じ方向を向けなくてもいい。学校という箱に収まっていられなくていい。世界でひとつだけの自分になろうと闘っている。

 怜にはそういう彼らの強さが心地良かった。



 怜のVTは、派手な事故だった割にフレームや車輪と言ったオートバイを走らせる為の骨組みとエンジンにダメージがなかった。

 昨夜遅くまでかかり怜はVTを修理した。アスファルトに削られた無数の傷跡を確認しながら壊してしまった部品を交換した。

 VTに申し訳ない気持ちになった怜は、白いVTを赤に塗り替えピカピカに磨いた。そして自分の腕に残った傷跡と似た傷をVTにもひとつ残した。


 怜にとってオートバイは「乗り物」ではなかった。生きる理由。速さを競う力。

「乗る者」であって「乗り物」ではない。

 力強い「相棒」と言う方がしっくり来た。

 怜にとってオートバイを駆る時間は、相棒と向き合い共走する時間だった。

 だから怜は、いつもオートバイで出かける時は独り。他の誰かと一緒に走り景色を見たりする、ツーリングというものをした事がなかった。


 ツーリングをしない怜の初めてのツーリングが始まった。

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