第8話「江の島2」

 (どっ⋯⋯⋯⋯ぼぉ〜んっ)

「あぁ〜⋯⋯」

「あちゃ〜⋯⋯」

「アハハハハハ」

 聡太が盛大な飛沫しぶきを上げて江の島の海に落ちた。

 あーーー、なんでそうなった?!!

 怜は初めてのツーリングで、学校では教えてくれない高校生活を学んでいた。


 晩秋の日差しの中、江の島に渡る江の島大橋を6台のオートバイが渡っていた。

 (フォーーン、ウォンゥオーーン、ヴァオォー、パァァァ⋯パラパラパラ)

 翔太「おーい!江の島についたぞー」

 茂樹「おー!バイクはどこに停めるんだ?」

 大輝「車の駐車場の手前に停められるってよ」

 翔太「よし、大輝見て来てくれ」

 大輝「オッケー、オッシャー行くぜ!茂樹!」

 茂樹「マジかっ うおおおっ」

 高校生らしい変な盛りあがりだ。


 江の島大橋を渡るとすぐに観光客相手の食事処が道沿いに並ぶ。御当地名物「生シラス」のノボリが目を引く。店先に並べられたテラス席で観光客が食事を楽しんでいる。軒先の屋台ではタコ煎餅が芳ばしい香りを漂わせている。高校生にはヨダレの出る景色を横目に過ぎる島の奥へ続く道を進むと市営駐車場の看板と料金所が見えてくる。日曜日の料金所には数人の係員がいて誘導している。

 誘導に従い車用の駐車スペースの端にある「二輪車」と書かれた看板の横にオートバイを停める。あくせくとハンドルロックをする。翔太、大輝が慌ててヘルメットを脱ぐ。堤防に向かい我先に走り出す。なぜそうなるのか、いつか解明されるのか。堤防まで誰が先につくのか競争になるのが高校男子だ。

 翔太、大輝、茂樹、怜の順位で堤防に登る階段を駆け上がる。ゴールが堤防の頂上なのは暗黙の了解だ。レースの結果はオッズ通り翔太が1位。大輝と茂樹が堤防の手前で押し合い圧し合いしている間に怜がタッチして2位。雅は青空を見上げて口笛を吹きながら到着。聡太はタコ煎餅の匂いにつられて路店へコースアウト。成久は観光に来た若いOLに声をかけてリタイア。この7人なら順当な結果だ。


「うおおおーーっ!!」

「ヤッホーーーっ!」

「◯◯さん、好きだーー!!」

 思い思いに「何でここで?」という台詞を叫ぶのもそういう生態ものらしい。

 海に来たそれぞれの目的を果たして、堤防の上に男子高校生の干物が7枚並ぶ。

 晩秋とはいえ、陽射しを仰げばまだ暖かい。気持ちよさで何も考えていない頭はすぐに空っぽになる。

 誰も言葉を発することなく波の音を聞いていると、定期的な波の旋律に混ざる海鳥の鳴き声と波間に魚が跳ねる音が聞こえてくる。暫くすると「それ以外の音」が聞こえてきた。

「カサカサカサ⋯⋯、ザッザッ⋯⋯、プチプチ(ブクブクブク)、ガサガサ」

 最初に顔を起こして辺りをうかがったのは翔太。その不協和音の音源を見つけられずにまた寝入った。大輝と茂樹からは寝息が聞こえ始めた。

 音に反応しそれぞれ一度は顔をあげて辺りを見回すが音源を特定できずに諦める中、怜と聡太がスッと立ち上がる。

 二人は「その音」に心当たりがあった。一瞬顔を見合わせると、辺りを見回し小さな小枝を拾って海に向き直る。二人ほぼ同時に堤防から海に向かって積まれたテトラポットに飛び移り、テトラポットと水面の境にある隙間を覗き込んだ。

 二人は「いるな」とアイコンタクトを交わすとそれぞれの漁場に散る。「狩り」の始まりだ。

 狩りのターゲットは「磯蟹いそがに」。学術名「モズクガニ亜科イソガニ族イソガニ」。聡太と怜が始めた狩りは、他の5人の狩猟本能に火を点ける。

「誰が一番たくさん捕るか」狩猟競争が始まった。

 聡太と怜が、小枝を使いテトラポットの重なる隙間に中型サイズを慣れた手つきで捕まえる。中間順位は、聡太6匹、怜5、翔太3、以下0匹だ。

 怜と聡太のポケットに突めこまれた蟹の数がわからなくなる頃、大物狩猟に二人のスイッチが切り替わる。手前のテトラにはいないボス級大物を求めて、より外海に近いテトラに跳び移る。探す住処も陸から海中へ。普通は人間の手が届かない水中にある大物の隠れ家を狙う。テトラポットの突端に脚を引っ掛け、逆さにぶら下がりながら水中の大物の住処を蟹から見えない角度で息を潜めて獲物が出てくるのを待つ。

 

 賑わいを増す陸側のテトラを他所に、潮が満ちて孤立し始めたテトラに聡太と怜はぶら下がったままピクリとも動かない。ジリジリと二人を焼く陽射しも、ポケットから溢れて身体を這い回る蟹たちも、大物を狙う二人の石化を解くことはない。

 

 先に動いたのは怜だった。ほぼ入水音のない速さで波間に手刀を突き刺すと、引手には手のひらから溢れるサイズの大磯蟹をテトラの壁面に押し付けながら引きずりあげた。見事なハサミの特大サイズだ。

 そのわずか数秒後、聡太が派手な水飛沫をあげて黒塊を掴み上げる。手には怜に負けずと劣らないサイズの大物を掴んでいる。ように見えた。

 しかし、掴んでいたのは聡太ではなく、大蟹の方だった。

聡太の「獲ったどー!!」の雄叫びは、すぐに「ぃいてテテテーー!!」という悲鳴に変わった。そして、既に陸に戻るには走り幅跳びのインターハイ記録を跳躍しなければならないテトラポットにいる聡太に助走スペースはなかった。怜のいるテトラポットに向かって跳んだ聡太は空中で失速し敢なく波間に飲み込まれた。


(どっ⋯⋯⋯⋯ぼぉ〜んっ)

怜「あぁ〜⋯⋯」

翔太「あちゃ〜⋯⋯」

全員「アハハハハハ」

 聡太は一気に胸まで沈むと一度止まり、悲しい顔でこちらを見た後、ゆっくりと沈んでいった。

 聡太の悲しい顔か水面直下でユラユラと波に合わせて不規則に揺れていた。

 全員「わははははは、⋯ははは、⋯⋯はは、えぇ?!」

 聡太は一向に上がってはこなかった。


 「わっわぁああーー!! 聡太!! 泳げ! なに沈んでんだ!! およげー!」

 波間が大騒ぎだ。でも誰も助けようとはしない。やがて聡太の顔が大きな水飛沫をあげて水面に飛び上がった。

「ブゥー、っブゥアハァーー!!死ぬ! しぬ!!」

 聡太は変な動きで四肢を捩りながら浮かび上がってきた。手前のテトラまで3m。聡太は芸人のコントでも見たことがないくらいジタバタしながら泳ぎ着いた。

「おっ おまえらー 笑ってないで助けろよ くオラァー!」(グォホッ、ゲホぉ)

 文字通り濡れネズミ。グレーのジャンパーとジーンズが身体に貼りついてクシャっとふた周り小さくなった聡太が叫んだ。

 皆、まだ笑っている。

「ウハハはっ、いや、だって、おまえ、わひっ」

 涙を流して笑いながら翔太は、聡太のポケットからワシャワシャ這い出している蟹たちを指さして笑った。

 皆、腹筋がよじれるくらい笑った。

 堤防に転がり回って笑った。

 怜は、思いきり笑うと涙が出ることを知った。

 

 

 


 

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