第27話 無法島の一件 3 勧誘

 な、なによ。この化粧の濃い女……胸なんか見えちゃってるし。このぉ……アレックスにベタベタして。あ、きっとこういう人をアバズレって言うのよ。そうよ!


 マーゴに見せてやりたい。私のことアバズレなんて呼んで。本物のアバズレはこれよ!

 髪型とかローズマリーに似てるけど、こっちは全然品がないわっ!


「ところで、あんたはグエン・エンバーを見たことあるのか?」


「もちろん〜」とアバズレ女。


「グエンはなんで、あんな懸賞金をかけられたんだ?」


「悪いことたくさんしてるから」


 私は遠慮がちに質問をした。

「あの……顔を変えたかもしれないんですか?」

 アバズレ女は私のほうに振り向き、妖艶に微笑んだ。目の横の泣きぼくろも色っぽく、不覚にもドキっとしてしまう。

 答えてくれるのかと思いきや、挑発するように流し目をし、アレックスにこれみよがしにしがみついている。


 ちょっ、なにしてるのよー!


「あたしは悪い男には引っかからないよ。お兄さんみたいな、いい男なら別だけど!」


 私のことは一切無視。それにその人は女よ!お、ん、な!


「ああ……夕飯はここで食べる」


「嬉しい〜! 宿もそのとき予約してちょうだいね。時間余ってたら、この先で二時間後にショーがあるから。品のない女たちが足上げて踊るって。お兄さん興味ある?」


「……そうだな。寄ってみる」


 女は私を押しやって、アレックスにもたれかかる。アレックスも満面の笑みで女の腰をがっちり掴んで今にもキスしそう。


 なにこれー!? 

 私はなにを見せられてるの?


 遊びに来たわけじゃないって言ったのはアレックスでしょ! 目のやり場に困り、私は反対側を向いた。女に見つからないように、アレックスの足を蹴った。


「痛っ!」


 ところが急に女は踵を返し、後ろの男たちに同じように話しかけていた。

「お兄さんー、いい男〜! うちで食べたら、奥の宿に半額で……」

 聞いたようなセリフが響き渡る。


 はぁ? もうみんなして、誰でもいいのね! アレックスも同罪よ。


「めちゃくちゃ嬉しそうでしたね!」


「こっちもあんなキツい香りの女に抱きつかれたくないがな」


「へー、そうかしら?」

 嫌味たっぷりに言う。


「レベッカ、情報収集は基本中の基本だ。邪魔するな。お前、場違いだっただろ?」


 場違い?

 確かに、さっきの女みたいに私は淫らでも色っぽくもない。でも場違いって酷いわ。本当に本当に傷ついた! ガキは引っ込んでなと言われるより。

 あぁ、本当にルイ医師と来たら良かった。


「ここで食べるぞ」

 薄汚れた大衆食堂にアレックスは行こうとする。私の気持ちなんてお構いなしに。


「ここで? そんなに賑わってるかな?」

「早く食いたいんだ。疲れた」


 中はそこそこ観光客で埋まっていた。大きな男の客が店員に文句を言っている最中。見るからにガラが悪い。


「やめようよ、アレックス。揉めてるわ」

「いや、ここでいい」


ドンと机を叩く音。


「全然料理が来ねえ! さっきから抜かされてるんだが。責任者を呼べ!」


「伝票が隠れてしまっていて。すみませんね」

 奥から、髭を生やした料理長のような男が出てきた。力の強そうなたくましい男性。

 大柄の男は、隣の空いている椅子をおもいきり蹴った。


 ひえぇぇ、怖すぎる。


「ここ、無理よ」

「いいんだ。ここで」


 アレックスは入り口付近の席に座ってしまう。思いっきり揉めてる最中なのに。


「やめてくれませんかね、お客さんが怖がってますんで。ねえ?」

  

 そう言って、顎髭を蓄えた料理長は私に向かって微笑んだ。その顔は余裕の笑みで、大人の魅力って感じだけど、でも怖いから話は振らないでほしい。


 無法島の料理人は、普段から絡まれることも多いのだろう。毅然としているわ。


「遅れたんだからタダにしな」 


「無理です」


 再び椅子を蹴飛ばして、怒鳴る大柄の男。それが通りに聞こえるのか、数人の観光客が面白がって入ってきた。

「威勢がいいなぁー、ここは」


「お客様、ではこんなのはどうでしょう?

今一番噂になっている男の情報は?」


 にぎやかな店内が一瞬静まり返る。そしてさらに騒がしくなった。


「グエンのことかい? へぇー、教えてくれよ」

 客の一人が嬉しそうに聞く。


「デマだったら承知しないぞ」と大柄の男。


「グエン・エンバーを生け取りにする理由です」

 

「それは顔を変えたからだ。間違えて殺しちまったらまずいからなあ」


「そうだとも。もう知ってるぞ」


 客たちは野次を飛ばす。もう言いたい放題。


「殺しはまずいだろ? 牢屋へぶちこむんじゃないのか?」


「……ノーマンは恐ろしい男ですよ」

  料理人は客をぐるっと見回してから、声を落としていった。


「じゃぁなんでだ?」


「グエンを公開処刑にするとの噂です」


 お客たちは興奮状態だった。私はアレックスに顔を近づけ囁いた。


「公開処刑?! 嘘でしょ……そんな酷いことないわよね?」


「まあ……ここは無法地帯だからな」


 アレックスは平然と言い放つ。なんでもありなんだよと、料理人は続ける。


「公開処刑はあくまでも噂です。あと一つ。ノーマンの娘とグエンがよからぬ関係だったと言う噂も……」


「おいおいおい! おもしれぇじゃねえか!」


「そりゃ公開処刑も免れねぇな」

「ちがいない」


 食堂のホールはさらに活気を見せる。人の不幸は蜜の味ってこういうことね。

 

「なぁ、その男の顔は手配書の男なのか?」

 アレックスが低い声で尋ねた。


「……え? それはそうですけど」

 なんで聞くのかと不思議そうな料理長。


「グエンてやつは、でも不敏だなあ」

客の一人が呟いた。


 なんでみんな楽しそうに笑っているの? 本当に不敏に思うわ。

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