第28話 無法島の一件 4 覚醒


 アレックスは完全に体を預けてきて、私の肩に頭を乗せ、抱きついている。私はそれを支えながら歩く。


「ちょっと! 大丈夫なの?」


 歓楽街をふらふらと歩く私たちは、退廃的でダメな恋人同士みたいだわね。


「アレックス、大丈夫?」

「あー、酔った」


 なんだか滑稽だわ。すっかり無人島に馴染んでいるんじゃない? 気分も良くなってきた。

 アレックスが私にしがみついてくるなんてほとんどないし。私がブランケットの代わりだとか言ったことはあったっけ……。


「なんだか恋人同士みたいよね……アレックス?」


 返事がない。お酒、そんなに強くなかったんだ。今度私の部屋で飲ませちゃおうかなぁ、なんてこと考えちゃった。そうしたら朝まで一緒に……そのぉ……パジャマパーティーできるもんね。

 あぁ……私も結構酔っているかも。珍しいな。なんか目の前がぼんやり---


 * * *



 はっ!?


 気がつくと、私は知らない場所で目を覚ました。

 ここどこ? 私、寝てたんだ。


 真っ暗な小さい部屋。最初は無法島に来たことさえ忘れて、自分のアパートの部屋と勘違いしてしまった。ちょうど私の寝室と同じくらいの広さだったから。

 あー、よく寝たよく寝た……。


 いやいや……そんなこと言ってる場合じゃないわ。頭が少し痛い。だけど意識ははっきりしている。

 私はクッションの上に横になっていて、体には薄いシーツがかかっていた。


 目の前の扉から出ると、長い廊下の端の部屋にいることがわかった。


  怖っ。


 古くさびれた宿。不釣り合いな赤い絨毯……ちょっと不気味。

 一旦扉を閉めて、部屋を見渡す。掃除もおざなりで埃がたまっている。働く人の仮眠室のような感じ。部屋以外、なにもなくて……小窓があるだけ。


 アレックスは? 私はまた廊下へ出る。

 アレックスがいない。


 良くないことが起きていると思った。窓から外を見ると、月が西側に傾いている。


 そんなバカな……真夜中をとっくに過ぎているってこと?


 思い出した。随分長く食堂で飲んで食べて。甘いたれの手羽先やスペアリブはすごくおいしかった。

 料理長がみんなにお酒を奢ってくれたの。怖い思いさせたお詫びにと。みんな大喜び。客たちと雑談もしつつ……。当たり屋のように怒鳴ってた男の人さえ上機嫌だった。


 それでアレックスが気分が悪いと言い出して、外に出たんだ。私もくらくらして……まだ夕方だった。

 あの様子だと、アレックスはほとんど歩けないし、そもそも移動する手段もないわ。


 舞台は? 安く入れるようにするって料理長がみんなに言ってまた盛り上がって。観てもいいとアレックスが言ってくれたっけ?

 すごく嬉しくて。でも私たち観ていないし。


 あの食堂で私がお酒を飲ませてしまったせいよ。なんだか気が大きくなってしまった。

 まずい、これはかなりまずいわ。


「アレックス……お酒が弱いなんて知らなかったわ」


 独り言を言う。宿は一階建ての平屋みたいだ。階段がどこにもない。

 私は出入り口を探して、玄関を見つけた。真夜中だからか、重い扉には鍵がかかっている。扉を押したり引いたりしたけど、出れない。

 私、怪しい宿から出れないじゃないの……。他の部屋は誰かいるのかな?きっと皆、寝てるわよね。


 転がっている木の箱に乗り、高い位置にある窓を開けようとしたけどまるで届かない。

 部屋に戻ろうとすると、途中に曲がり角があり、奥に扉があった。裏口っぽいわ。


 鍵を開け、そっと扉を開ける。そこで私は見てしまった。


 大きな獣--


 暗闇に光る真っ赤な二つの目が私を捕らえた。あまりの恐怖で足がすくむ。黒紫色の艶のある毛並み。見たことがない。

 野獣は、私をずっと睨んでいる。


 殺される……。


 あれは犬なんかじゃない。

 獣は腹から唸り声を上げる。正真正銘の獣だった。


****



 眩しい日差しを浴びて、私は目を覚ました。アレックスが、私の顔を心配そうに覗いていた。私は寝たままの姿勢で、思いっきり彼女を抱きしめた。


 よかった!アレックスー


「苦しい……離せよ」


「あぁ、もう! アレックス、どこに行ってたの?」


 アレックスは、私の髪の毛をくしゃっと触る。はねている所をたまに触られて普段は恥ずかしいのだけれど、今日は本当に嬉しくてキュンとしてしまう。

 私はさらに強く抱きしめ、彼女の首のあたりに顔を埋めた。


「どこって、グエンを探してた。それが本来の目的だろ? お前は酔っ払っていきなり寝ちまうし。適当な宿屋を探した」


「あぁ、ごめんなさい。アレックス、体調は?」


「あ……あぁ。まぁ、寝たから平気だ」


「そうなのね。ああ! よかったわ! どこも満室だったんでしょ?」


 アレックスは首をかしげる。


「だって、こーんな小さい部屋、客室とは思えないもの。掃除もされてないのよ」


 そう言って部屋を見渡す。


 あれ? 広い。普通のツインの部屋。ちゃんと大きな窓があり、朝の日差しが降り注いでいる。


「小さい部屋でもないだろ?」


 あ、部屋を移動させてくれたんだ。

 窓の外を覗くと、煙突が並行して見えている。


「ここ何階?」

「二階だが」


 頭が混乱する。私、確かに一階しかない古びた宿にいたはずよ。

 どうなってるの? 私は頭を抱えた。

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