Episode5:幽霊ゲットー
「あのままじゃ、君たち殺されていたよ。
あいつはここらでは有名な荒くれ者なんだ。特に最近は、もともと人間だった幽霊を狙い、優しいふりをして人攫いに売り飛ばすって言う噂が立っていた。きっと、君たちもあのままでは連れ去られていたよ。」
ミアは、その手に巨大なレーザー銃を握りしめていた。中学生くらいの小さな女の子が、そんなおっかないものを楽々と持ち歩いているのは、なんだか奇妙な光景だった。その他に彼女は、ぶかぶかのフード付きパーカーと革のジャケット、動きやすそうなズボン、無地の黒い野球帽しか身につけていなかった。パーカーのポケットが少し膨らんでいるように見えたので、おそらく財布や鍵をそこに入れているのだろう(ジャラジャラと言う音がした。)
なぜかはわからないが、歩いている間もSATOMIはずっと肩の上に垂れたミアの髪の毛を手でいじくり回していた。
「何をしてるの?」
僕がそう言うと、SATOMIはニコリとして言った。
「私、ミアの髪の毛に恋をしているの。
最初に彼女の変幻自在な髪を見た時、私は運命的な衝撃を感じた。まるで、雷が落ちるみたいにね。ああ、世の中にこれほど変化に富んだ美しい物質が存在するんだ、って思ったの。だから、これは私と髪の毛の正常なスキンシップ。」
ミアは少し嫌そうな顔をしている。
「ねえ、そういうのってあんまりじゃない?それじゃあ、私本体はどうでもいいっていうの?私が散髪屋に行って、地面に落ちた髪の束を渡せば、キミはそれで満足なの?」
ミアがそう言うと、SATOMIは慌てて首を振る。
「ううん、そんなわけないじゃない。だって、あなたがあってこそあなたの髪の毛なんだから。それはお互いに相補し合うものなの。あなたが居て、髪の毛が生えてる。だって、毎日形と色が変わるのよ。それはつまり、毎日新らしいミアを見ることができるってことよ。その素晴らしさ、わからない?」
ミアはため息を吐く。
そして、吐き捨てるように言う。
「異常性癖。」
それでもなお、SATOMIは髪をいじり続ける。
「はいはい。何とでも言ってください。」
「とりあえず、私の家に来てよ。
この街を出て、しばらくバスに乗った街
にあるから。」
僕は彼女のことを見つめる。
「え?この街にはキミの家がないの?」
ミアは首を振る。
「ここは、低級貴族たちの遊び場、
クラウドシティ。私たちみたいな貧民じゃ、
こんなところには住めない。なにしろ、ものすごくお金がかかるから。上級貴族からの厳しい税収もあるしね。固定資産税とか。」
僕は驚いた。
「あの世にも、税はあるの。」
彼女は少し顔を顰めた。やれやれ、何も知らないのね、という感じで。
「当たり前でしょ、どんな世界でも、良い生活を手に入れるためには対価が必要なのよ。」
僕はがっかりしてしまった。
やれやれ、死んでも僕らは金に支配され続けるのか...。
「じゃあ、あのサメ男は?
あいつも、貴族なの?」
ミアはちょっと不服そうに頷く。
「うん、まあね。
あいつは貴族の中でもかなりランクが下な方で、ほとんどゴロツキみたいなものだけど。
でも、気をつけて。幽玄街道にはあんな輩がうじゃうじゃいる。生きている時の恨みで人間たちにガンを飛ばして来たり、ケンカから発展した殺しだって日常茶飯事。だから、自衛のために人を殺すのは別に悪いことじゃないのよ。私だって、今まで何人かケンカをして幽霊殺しをしたことがあるしね。それでも、一回も罪には問われていない。」
僕はがっかりした。
やれやれ。死んでも尚死を怖がらなきゃいけないのか。
幽玄街道を抜け、夜行バスに乗ってしばらく何もない草原を走る。ミアは眠りもせずにずっとスマホを見ていたし、SATOMIは飽きもせずミアの髪をいじり続けていた。僕もなぜか眠れなかったので、これまで体験して来た不思議な出来事を元に、小説のプロットを作ろうとしていた。夜行バスの中は満員で、クラウドシティで遊んだと思われる幽霊たちが疲れていびきをかいていた。
そこはまるでスラム街のようなところだった。昔、海外では「ゲットー」という強制居住地区があったというが、多分こんな感じだろうと思った。どちらにせよ、ひどいところだった。無作為に天高く積み上げられたトタンの住居は、すごく混み合っていて窮屈そうだった(団地とすら言えない。)強い風に吹かれたらすぐに倒れそうだったし、なにしろ隣人トラブルがひどそうだった。夜中だというのに、騒音がとてもうるさく、ドーナツ型のゲットーの中心にある広場には、人々が窓から捨てたと思われる食べ物や家具のゴミが散乱していた。また、広場にはたくさんの怪しい格好をした幽霊たちがいて、彼らはレジャーシートを広げて意味のわからない賭け事をしたり、建物への引火も気にせずキャンプファイヤーをしたりしていた。どちらにせよ、こんなところじゃ、まともに眠れたものではないだろう。僕がそう言うと、ミアは苦笑いを見せた。
「もう慣れちゃったよ。
住めば都ってことなのかな。」
ミアの家は、ゲットーのかなり上の方にあった。段差が急かつ今にも壊れそうな階段をひたすら登り(踊り場と呼べるものすらほとんどなかった)、他人の家に不法侵入をして通過を繰り返し、僕らはやっとミアの家のドアに辿り着いた。彼女の家には、トイレとシャワー室を除けば、部屋が二つしかなかった。まず、ドアを開けると最初にあったのが、リビングだ。綿の飛び出したソファと、壊れかけの箱型テレビ、変な音のする冷蔵庫が置いてあった。それ以外は何もなかったが、不思議とがらんとしているようには見えなかった。きっと、部屋が狭すぎるのだ。洗濯はどうしているのかと聞いたが、どうやら彼女はゲットーの住民が共同で使用しているコインランドリーを使っているようだった。もう一つの部屋は、寝室だった。小さな布団がひかれていて、壁にはたくさんの写真が貼り付けられていた。そして、その中には僕の知っている風景もあった(例えば、東京スカイツリーや、都内の遊園地など。)それらの写真の中には《メタファー》の姿があったり、幽霊が映り込んだりしていた。僕がその写真を興味深そうに見ていると、SATOMIが話しかけてきた。
「私、この写真をきっかけにしてミアと出会ったの。」
僕は首を傾げる。
「どういうこと?」
彼女は、何かを思い出すように目を宙に泳がせながら話した。
「うん。歌をやめて、自分の生きがいをなくした時、私にとって現実世界はすごく色褪せて見えるようになってしまった。何をやっても張り合いがないし、すごくつまらなく感じるようになった。そんな時、私はインターネットに投稿された彼女の写真を見たの。それまで、私はずっと家にこもってスマホをいじってばっかり、かなり怠惰な生活を送っていたんだ(外に出ても変な音が聞こえるだけだしね。)でも、彼女の撮った不思議な写真を見て、世界に対する新たな可能性を感じたのね。そして、私はどうしてもこの不思議な世界に足を踏み入れてみたいと思った。現実世界のみんなは、彼女の写真をどうせ加工やフェイクじゃないかと疑っていたけど、私はそうでないことを知っていた。これらの写真が持つリアリティと説得力は、かつて一人の創作者であった身としても、ひしひしと感じるところがあったの。私は、彼女なら、この世界じゃない新しい『世界』について何か知ってるんじゃないかと思った。だから、DMで彼女に連絡をして、相談したいことがあるんだと伝えたの。そうしたら、彼女は真摯に私と向き合ってくれた。そして、新しい世界を知ることで私が再び音楽の道へ希望を見出せるようになるなら、一度あの世に来てみてもいいんじゃない、と言ってくれた。ミアも、実は前から私の音楽のファンだったらしいのね。動画サイトで流行っていた私の歌を聴いて、ハマるようになったと言っていた。私はまだ自分に音楽を創り出せる自信はないけど、ミアと一緒にいれば、いつか出口が見えてくる気がするの。」
彼女は物思いに耽るように、窓の外の夜景を眺めていた。決してそれは美しい景色とは言えなかったが、太陽が僅かにまた昇り出したのを見て、僕たちは今本当に別の世界にいるのだということを実感させられた。
その日の夜、僕たちはテレビであの世のニュースを聞きながら、ミーティングをした。やっとみんなが揃ったが、これからどうするかという話だ。ニュースでは、電話を使ったオレオレ詐欺への対策法が紹介されていた。まったく。あの世でもくだらない詐欺事件は頻発しているのだ。だが、そんな事件はほとんどの場合において、このゲットーのような貧民街に住む幽霊が金に困ってやっていることなのだとミアが教えてくれた。僕は、あの世になぜこうまで貧富の差が生まれてしまっているのかを彼女に聞いた。
「私だってこの居住区の中ではマシな方だけど、月々のスマホの通信料を払うのにだって苦労しているのよ。前までは、もう少しまともな暮らしをしていた人も多かったけれど、幽玄帝国を収める皇帝が新しく奉られてからは、税はさらに厳しくなり、生活保障制度もまともに定められないまま、貧民はどんどん増えていった。」と彼女は説明した。
僕は首を捻る。
「だったら、幽玄街道を抜け出して、外の世界で暮らせばいいじゃないか。」
彼女は首を振る。
「ううん、それはできない。
キミも知っていると思うけど、外の世界には常に《メタファー》たちがウヨウヨしているから、安心して眠ることもできないの。
私だって、外の世界を楽しむときは、かなり慎重にやってるのよ。
レーザー銃がなかったら、きっととっくに魂を喰われてるわね。」
僕らは沈黙する。
だから、下級幽霊たちは幽霊ゲットーに閉じ込められているのか。
これじゃあ、本当に強制収容地区だ。
「じゃあ、私がずっと考えてきたことを説明するね。」
彼女は計画の全容を話し始める。
「まず、貴族たちの住んでいるところについて説明をしておかなくちゃいけない。私たち平民階級を支配している貴族階級の幽霊たちは、『楽園』と呼ばれる聖地(それは、あの世の聖典で定められている)に暮らしている。聖典において、『楽園』では、美しい衣を来た人々が庭に咲いた幾種類もの花々を眺めながらお茶をしたり、不思議な木々がそこらじゅうにそのつるんとした美味しい実をつけていたり、豪華で巨大な王宮が川からの綺麗な水を取り込み、そこらじゅうに虹色の噴水が広がっているとされてきた。でも、実はそれは嘘なの。いや、全くの虚構というわけではない。確かに、貴族たちは今でも似たような生活をしているし、『楽園』には美しい植物や河川が満ち溢れている。だけど、それらは全て発展した科学技術によって造られた、ハリボテの『自然』なの。200年前、専制的な圧政をしていた3代目皇帝がテロで殺された事件があったの。それは、私欲のために厳しい税を平民たちから巻き上げ、娯楽のために日常的に幽霊殺しをしていた皇帝に対する恨みが発端だった。貴族たちは、事件を起こした下級幽霊たちの魂の殻を破壊すると、そこから核を抜き取って、禁忌とされたイデア技術に手を出した。そして、自由自在に魂の殻を変形させた。」
「イデア技術?」
「魂の形を機械によって認識し、残酷な解剖によってそれを抜き取る。そして、色んな操作や薬品を加えることで、魂の見た目を変える技術のこと。果てしない想像力を持った、先代皇帝が生み出したとされるんだけど、彼は民衆に優しい人だったから、その技術がいつか悪用されることを恐れ、イデア技術を歴史の闇に葬り去ったの。でも、貴族たちは執拗にそれを求め続け、170年前についにその謎に辿り着いた。」
「なぜ貴族たちはイデア技術をそこまで強く求めたの?」
ミアはため息を吐く。
「やつらは、『不老不死』になりたかったのよ。」
僕は彼女の言葉を繰り返す。
「不老不死?」
ミアは頷く。
「うん。彼らは低級幽霊たちの恨みを買っていたから、いつか自分たちが殺されて魂が消滅することを恐れたの。だから、イデア技術を必死になって探した。彼らは、抜き取った二つの魂の形を混ぜ合わせることによって、いつか幽霊の魂の性質そのものを変え(この世でいう遺伝子組み換えみたいなものね)、何度殺されても元の形に再帰できるような新たな魂の仕組み、『アウフヘーベン』と呼ばれる伝説を信じ込んでいたのね。『アウフヘーベン』は魂の殻を一度排除するという、危険な行程を挟むから、ほとんどの貴族たちはその段階で命を落とした。でも、その先に進み、純粋な魂同士の攪拌にたどり着いた幽霊たちもいる。」
「でも、まだ不老不死は完成していない?」
ミアは唇を噛む。
「ええ、二つの魂を混ぜ合わせようとしても、それらは反発しあって、互いを消し去ろうとするの。そして、最終的には全てが破壊し尽くされ、魂は消滅へと向かう。だから、結果的に不老不死を望んだ何人もの貴族たちは全員命を落としたわ。ザマァ見ろってカンジだけどね。」
彼女は疲れたように肩をポンポンと叩く。
「さあ、元の話に戻ろう。」
「さっき、魂の殻が自由自在にいじられたっていう話をしたけど、貴族たちはそれらを材料に、名目的には先代皇帝の「墓」を造ると言ったの。この世でいうと、でっかい前方後円墳みたいなものね。貴族たちは、罪人の魂をいじることだけでは飽き足らず、当時の低級幽霊たちにさらに魂を捧げることを強制したの。その挙句できたのが、『楽園』の花々であり、美しい衣服や書物なの。だから、『楽園』というのは幽霊たちの死骸で作られた、罪深い墓なの。『楽園』のすべての物質には、かつて幽霊だったものの「魂」がこもり、彼らの恨みが染み込んでいる。」
SATOMIは目を見開き、体を震わせる。
「それって、酷すぎるよ。
結果的に、大勢の平民たちが殺されたってことじゃん。」
ミアは悲しそうに頷く。
僕は尋ねる。
「先代は殺されてしまったというけど、今も皇帝はいるの?」
ミアは頷く。
「ええ。貴族たちの頂点に立つ、現幽玄帝国皇帝(貴族たちは、『大閣様』と呼んでいる)はその圧倒的な想像力で、この世とあの世を自由に行き来する宝を手に入れたらしいの。それがどんな形をしているかはわからないけど、王室のどこかに隠されていることだけは周知の事実なの。これまで何度も平民出の泥棒が入ろうとしたけど、その度に彼らは城の厳重な警備に引っかかり、貴族たちの手によって、無惨に『楽園』の材料にされた。でも、それを踏まえても、私は宝を盗み出したい。そして、できることなら下級幽霊たちをみんな人間の世界に逃がしてあげたい。だから、キミたちに手を貸してほしいの。ミホは私に恋をしているし、ユウは親友をこの世に連れ戻したい。みんな目的は一緒でしょ?」
SATOMIは元気よく頷く。
「うん、もちろん!」
僕は口に指を当てる。
「でも、そんなことできるの?」
ミアはニコッと笑う。
「大丈夫。幽霊じゃないキミたちの想像力があれば、国王軍に戦争を挑むことができる。
私たちは兵たちがみんな出動して、城が殻になった隙に、皇帝と戦って、玉座から宝を奪えばいい。」
「でも、どうやったら僕たちの想像力を軍隊に変換することができるの?」
「まずは、あの世の入り口に向かうわよ。
そこで書類を書けば、正式に想像力を使用できるようになり、あとは想像力でたくさんの幽霊を兵隊として雇うの。どうせみんな皇帝を憎んでいるから、協力してくれるはず。」
僕はもう、彼女に協力する気満々だった。
親友のこともあるが、それがなくても貴族たちの平民たちに対する扱いはあまりにも酷すぎる。僕は声をあげて、聞いた。
「あの世の入り口はどこにあるの?」
彼女は僕の勢いに少し驚いて、目をきょとんとさせた。
「あの世の入り口は、巨大な一つの駅なの。デパートもあったりして、すごく豪華なんだけどね。ホテルもあるし、たくさんの美味しいレストランがある。」
「まるで成田空港みたい。」
とSATOMIが言う。
「成田空港?」
ミアはよく分からないと言うふうに首を傾げる。
「うん、もしミアがこの世にこれたら、連れて行ってあげる。そのまま、ニュージーランドにでも行って、ラグビーを見ようよ。」
ミアとSATOMIは楽しそうに話し始めた。
僕は、このままじゃ話が逸れてしまうと思い、彼女に尋ねる。
「それで、そこにはどうやって行くの?」
彼女は、はっとして言う。
「あっ、そうね。死んだ人たちは、記憶をなくした状態で、まずはみんなはじまりの駅にる。ちょうど、井戸の下の駅からすれば、終点にあたるわね。だから、私たちがそこに行くには、もう一度地下鉄に乗らなくちゃいけない。」
「じゃあ、僕たちがここに来る意味はなかったんじゃない?ミアが幽玄街道駅まで来てくれれば...」
ミアとSATOMIは訳ありげにニヤッと顔を見合わせ、やがてSATOMIが言う。
「それはまあ、明日になったらわかるから、今日はもう真面目な話し合いはやめて、みんなでゲームでもしましょう!全ては明日よ、明日。」
そして、僕らは夜までスマホゲームをした。
翌日、僕はミアに案内されて、幽霊ゲットーの地下にある倉庫に案内された。今日のミアは、緑色のロングヘアだった。地下への入り口は、幽霊ゲットーの広場にある、茶色いマンホールをこじ開けたところにあった。地下室には厳重なパスワードと身体検査が張り巡らされており、のっぺりとした金属の扉はその冷たいボディから白い光を投げかけていた。あんなにボロボロの建物の下に、ここまで精密的な建造物が存在するとは。僕にはそれが意外だった。ミアがパスワードを入れ終わり、ピッという電子音が聞こえる。そして、金属の扉が四方に割れて、僕らは倉庫に足を踏み入れる。そこには、幾種類もの武器が並べられていた。ミアの持っているようなレーザー銃、昔の戦争映画に出てくるようなマシンガン、侍が使っていたような白金の刀剣。それらは、冷たい空気で満ちた部屋の中で、きらりと光り輝いていた。
「この中から好きなのを選んで。
国王軍と戦うためには、武器の一つくらい必要でしょ。」
僕は驚いて口をぽかんと開けていた。
「どうしたの、これ?」
ミアは天井の青い灯を見つめている。
「これは、昔ここに住んでいた幽霊たちが秘密裏に開発した、貴族たちに抵抗するための武器。2代目皇帝をやっつけた幽霊たちも、個々の武器を使ったと言われてるわ。」
僕は、その広い空間をぼんやりと見渡す。
「すごい。よくこんな施設を、貴族にバレないように建設できたね。」
ミアは鼻を鳴らす。
「ふふん、まぁね。」
そして、僕は目を丸くしたまま、強化ガラスのケースに保存された武器を眺めていく。
「これは、何?」
「これは、数多の《メタファー》を切り殺したとされる、簡易イデアサーキュレーションシステム搭載の大剣よ。」
僕は首を捻る。
「簡易...?」
ミアはもう一度、ゆっくりと言う。
「簡易イデアサーキュレーションシステム。
要は、「核」を認識し、一撃で《メタファー》を討伐するための技術ね。ちょっと待って...。」
そして、彼女はガラスケースの下に映し出されたモニターを見る。
「えーと...説明によると、もちろん、システムは《メタファー》にも効くんだけど、それは幽霊に対しても同じ効果を発揮するらしいわ。だから、相手が幽霊でも必ず魂を切り裂くことができるってことね。」
僕は口に手を当てる。
「...最強じゃん。」
彼女は苦笑いをする。
「うーん、そうなんだけどね。
この剣を扱うには凄まじい想像力が必要だし、そもそも想像力の『質』が合致する者じゃないとモニターに入力するパスワードがわからないっていうね。このガラスは特殊な素材でできていて、力ずくで壊そうとしてもどうにもならないの。だから、普通の人間にはまず無理なのよ。残念ながら、諦めてね。」
その時、僕の心の中には奇妙な数字が浮かんできた。僕は、「ラッキー7」により、自分の体の中を流れる数字のリズム感覚を掴んでいたので、それを認識することができた。
そして、僕はモニターに表示されたボタンをタップしてその数字を入力した。
「5600845273199627835945787643347754834676757245664578792433787576787375454885697366423136975734457986637897231369763464288765...」
僕が30分ほどかけて数字を入力し終わると、かちりという音がして、ガラスケースの前面が開いた。そして、その剣は、まるで磁石に引き寄せられて金属が引き寄せられるように、僕の手元にフィットした。剣はとても軽く、刃は予想以上に分厚かった。その内部には、不思議な赤色の液体が流れていた。
ミアは珍しく大きな声をあげて驚嘆した。
「すごい!この剣を使える人なんて、
200年間一人も現れなかったのに...。」
僕が軽く剣を振ってみると、彼女は身をすくめた。
「ちょっと、安易に振り回さないでよ!
その剣、本当に危ないんだから。」
僕は剣に認められたことが少し嬉しくて、
弾んだ声でミアに尋ねる。
「ねぇ、この剣、どうやって使うの?」
それを聞くと、ミアは新たにモニター上に表示された文字を読む。
「えーっと、どうやら、この剣には自分の想像力を込めながら戦うみたい。そうすることで、システムが起動するらしいわ。」
僕は疑問を持つ。
「想像力?それって、どうやって操作するの?」
ミアは僕の胸に自分の手を当てる。
命がないので、僕の心臓はドキドキと鼓動していない。だが、彼女の柔らかい手に触れられると、少し心がざわついた。
ミアは言った。
「うーん、想像力をうまく扱うためには、
もう少しこの世界になれることが必要みたいね。大丈夫、練習すれば、使いこなせるようになるから。」
僕は尋ねる。
「君とSATOMIの武器はいいの?」
ミアは頷く。
「うん、私にはあのレーザーがあるし、ミホは前にここで自分だけの相棒を見つけたから。っていうか、そろそろ彼女のこと、ミホって呼んであげたら?なんだか、SATOMIって変な呼び方だと思う。」
「うん、そうするよ。」
そして、僕らは地下室を出た。
「そういえば、始まりの駅に到着しても、想像力はどうやって交換するの?」
ミアは僕の目を見つめる。
「想像力を何かと交換するには、想像力をまず何かの形にしなくちゃいけない。なんでもいいんだけど、主に創作物にする人が多いわね。音楽とか、映画とか、絵とか。そうしてやっと、想像力は存在を裏付けされるの。」
僕は指を鳴らす。
「じゃあ、僕は小説を書けばいいわけか。」
ミアは首を振る。
「いいえ、それではキミの想像力を形にすることはできない。キミは常日頃から小説を書いて、想像力のアウトプットばかりしているから、何か新しい情報をインプットしなければ、十分な創作物を生み出すことはできない。私はキミの小説のファンだけど、どちらかと言うと、読書中毒者だったころに近い時の、初期の方の作品の方が好きなの。読書で蓄えた力を使い尽くした今のキミには、小説を書く力は残されていない。だから、キミは再び読書中毒者にならなくてはいけない。」
僕は辛い顔を見せる。
「駄目だよ。僕はもう本が読めない身体になってしまったんだ。そのせいで、《メタファー》が見えるようになったり、色々困ったことになったけど、小説を書くことで何とかそれを抑えつけてきたんだ。それに、僕はもう、前のように本を持ち歩いてないんだ。だから、今ここで本を読むのは無理だよ。」
ミアは少し首を傾けて、微笑む。
「誰もここでなんて言ってない。
キミには、あの世のすべての書籍を集めた、《幽立図書館》に来てもらうわ。図書館は、ここから少し歩いたところにある、面白い形の塔なの。そこなら、存分に本を読めるでしょう。」
僕は口をぽかんと開ける。
「あの世の、すべての書籍...?」
ミアはピースサインをする。
「うん、そうよ。興味が湧いてきたでしょ?
あの世にだって、文豪はたくさんいるんだから!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます