第2話 夢


「──ん?」


 ──気がつくと、シロは暗闇に中に一人立っていた。



「ここは……?」


 周りを見渡す。

 そこには、途切れる事のない暗闇が辺り一面に広がっている。


(……さっきまで部屋に居たはず、ここはいったい?)


「──誰かいるか?」


 暗闇にシロの声が響く。



(人の気配がない。それに……)


「──嫌な予感がする」


 この暗闇から抜け出すため、足場も見えないなか、シロは途方もなく歩み出した。


   ◆



「──はぁッ。──はぁッ」


 あれから数十分、もしくは数時間、シロはいまだ暗闇を彷徨っていた。


「っはぁっ。──誰か、誰かいないか……?」 


 周囲に声が響くだけで、返事は無い。



「──ユリ。──ミロ」


 ……。 


「──父上っ。──母上っ」


 ……。 


「──アキっ!」

 

 ──返事は無い。

 代わりに自分の声が反響して響いてくる。



「誰も、……居ない、か」


 ……シロが遂に足を止めた。──そのとき。



『……GURUU!』


 ──暗闇から突如として、は現れた。


「──っ!?」


 その瞬間、背筋に衝撃が走る。



『GURAAAAAAAAAAAAッッッ!!』


 は、地響きのような唸り声を響かせながら、翼を広げ、こちらに向かってくる。


 (……っ! “こいつ”はッ!!)



 目の前に巨大な建物があると錯覚するような、黒い巨体。

 

 その巨体を包み込めるほどの広い翼。

 

 後ろにはこちらの様子を伺うようにゆっくりとうねる、太く長い尻尾。


 口元にはびっしりと鋭利で長いキバが生え揃い。

 

 喉の奥から、熱気を帯びた焦げ臭い匂いを漂わせながら、赤眼の瞳で上からこちらを悠々と見下すそれは、まさしく──。

 

 ──"漆黒の黒竜"。



「っ! なぜ、お前がっ──」


 黒竜は目の前で立ち止まり、その瞳でこちらを見つめる。


『GUU……』


「──つ、何だ、その目は……?」


 その姿に、シロは無意識のうちに足を後ろに引いた。


『GURUUUU……』


「……まさか、亡霊にでもなって、俺を殺しにでもきたか……?」


 黒竜は、ただこちらを見つめ、唸っている。


「それとも、……ただ文句でも言いにきたのか? ──から」


 赤黒い瞳で、変わらずこちらを見つめる。


「お前に文句を言われる筋合いはない。だってお前も、──だろ」


 黒竜は、動かない。


「おい、何か反応しろ。なぜ、今になって現れた。もう、随分も昔の話だ、それがなぜ──?」


『──ヲ……ツケ……ロ……』


「──っ!?」


 今まで沈黙に徹していた黒竜が突然、口を開く。


『……キ……ヲ……ツケ……ロ……』


「──っ、気をつけろっ?」


『……アキ……ハ……』


「……アキ? いったい何をっ──!」


 思わず聞き返そうと、一歩足を踏み出した。

 そのとき──。



『──GURAAAAAAッッッ!!』


 黒竜が突然、口を大きく開き、シロの視界は黒く染まる。


 そして、──消えた。


   ◆



「……──っかはッ!!」


 ──シロは飛び上がり、辺りを見る。

 そこは……、見慣れたベッドの上だった。


「──っはぁッ! ──っはぁッ!」


 荒ぶる心臓を抑え、深く息を吐き。

 ……自分を落ち着かせる。

 

「はぁっ……。なんだ、夢か。……まぁ、当たり前か。そもそも竜、“魔獣”が喋る訳ないしな。──あ」


 アキが隣で寝ていた事を思い出し、声を上げて驚かせてしまったかと、シロは右のベッドへ目線を向ける。


 

「……先に起きていたか」


 すでにそこにアキの姿はなく、昨日着ていたパジャマだけが綺麗に畳まれ、ベッドに置かれていた。


(……アキの寝顔、見そびれた。……まぁ、仕方ない)


 頬を軽く両手で叩き、目をしっかりと開け、ベッドから降りる。


「まずは、着替えないとな」


 そしてパジャマを脱ぎ、取り出した洋服に着替え、洗面所へと向かった。


   ◆



 ──ぱしゃッ、ぱしゃッ。


 蛇口から手のひらに水を注ぎ、顔に数回かける。


「…………」


 顔を上げ、少し水の掛かった鏡を見た。



 鷹のような鋭い目。

 見ていると飲み込まれそうになる赤黒い瞳。

 少し癖のある真っ黒な髪。

 シャープで凛々しさのある顔立ち。

 

 ──これがシロ。カリング・シーロン。


「双子のはずなんだが……、何度見ても似てないな」

 

(俺とアキ、顔も似ていないし髪の色も違う。……家族は全員金髪なのに、なぜ俺だけ黒髪なんだ?)

 

 数少ないアキとの類似点を言うとすれば、赤い瞳と高い鼻くらいだろう。


(……まぁ、別に良いんだが)


  今の容姿に、シロは特別不満を持っている訳ではない。

 ただあまりに容姿が違い過ぎて、不思議に感じているだけだ。


 (──それにしても、もう生まれ変わってはや10年か。……特に何もしていないが、これでいいのだろうか? このままただ平和過ごしてもいいのか? なにか目的があったりするんじゃないか?)


「……」


 (──まぁ、いいか。実際、こんな事いくら考えたも、何も変わらない)

 

 そんな事を考えながら、横にあるタオルを取り、顔を何度か拭う。



「顔も洗ったし……少し遅れてしまったが、そろそろ朝食を食べに広間に行くとするか」


   ◆



 ──洗面所から出て、広間に向かうためにしばらく廊下を歩いていると、向かい側からアキが小走りで手を振り回しながら、こちらに向かってくるのが見えた。


「──お兄ちゃ〜ん! おはよっー!」

 

 アキはシロの前までやって来て立ち止まる。


「ああ、おはよう。……アキ」


 少し前に行けば鼻が付いてしまうくらいに近づいて来たアキに、苦笑しながらもそう返す。


「うんっ、おはよー! ──てっ、それよりお兄ちゃん、今日の朝大丈夫だった? なんか、凄くうなされてたけど……」


 心配そうにこちらを見つめながらアキはそう聞いてくる。


「あぁ、少しばかり悪い夢を見てな。……でももう大丈夫だ、心配ない」


「悪い夢? へっー、奇遇だねっ。悪い夢なのかは分からないけど、僕も今日、“変な夢”なら見たよっ?」


 アキは首を傾げ、そう話す。



「──“変な夢”?」


 シロは眉を顰め、聞き返す。


「うんっ! なんかね〜、変なおじさんが出て来て、……──“貸して”、って言ってくる夢」


 頭に人差し指を当て、考え込むような仕草でアキはそう言う。


「──“貸して”? ……それは一体、何を貸してって言ってきたんだ?」


「う〜んと、それがね。僕も何回も何を貸して欲しいのか聞いたんだけど、何にも答えてくれなくて、ず〜っと──“貸して”、しか言ってこなかったんだよね〜。……変な夢でしょ?」



「それは確かに。──変な夢、だな」


 ──その瞬間、黒竜の言葉がシロの脳裏に過ぎる。

 


 気をつけろ。

 アキは……。


 ──シロの胸が、僅かに騒つく。


 しかし、……その意味を、シロは理解する事ができなかった。




 


 ──ゆっくりと、“その時”は近付いてくる。


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