第2ターン目 彷徨う鎧が 仲間になりたそうに こちらを見ている

 ボクは不思議な光景を見ていた。

 黄金色の光に照らされ、小麦畑のような雲が眼下にどこまでも無限に広がっている。

 なんだろう、まるで神話で語られる天上の世界のようだ。

 ボクの周囲には美しい天女が艶やかに舞う、ボクはなんだか楽しい気分になって、見様見真似で同じように踊った。

 なんだか照れくさいような、まるで天国のような……。


 ――――天国?

 突然周囲が真っ暗になった。

 ボクを取り囲んでいた天女は一瞬にして醜悪なゴブリンに変貌して僕に襲いかかってきたのだ。

 涙目になりながら、身を守りゴブリンの攻撃から命乞いをした……その瞬間。


 「うわあああああぁ! 食べないでくださーい!?」

 「食べないよー?」


 ふえっ?

 ボクは目を開くと、見えたのはほのかに壁が青く発光するダンジョン内部だった。

 横になっていたのか、ボクの顔を覗いていたのは表情の見えない兜だった。

 って! 【彷徨う鎧リビングアーマー】!? ボクは思わず後ろに仰け反る。

 リビングアーマーはゆっくり動くと、両手を広げた。


 「ほーら、食べないってー、それより身体は大丈夫ー?」

 「はぁはぁ、はえ? 身体?」


 言われてボクは自分の身体を診た。

 全身を打ち付けたのか少し痛いけれど、ボクは無事だ。

 一体なにがあった……ボクは朧気おぼろげな記憶を辿る。


 「そうだ、レッドドラゴンが開けた大穴に落ちちゃって……それから」


 ボクは気絶していたんだ。

 でも無事? 気絶している間一体なにがあったのだろう。

 リビングアーマーはずっとボクを見つめていた。


 「も、もしかしてですけれど……た、助けてくれたんですか?」

 「モチのモチー、そだよー。褒めて褒めてー」


 リビングアーマーはキャイキャイと喜んでいた。

 ボクはまだ猜疑心さいぎしんぬぐえなかったけれど、彼(?)は善良なのだろうか?

 ダンジョンの魔物の多くは極めて凶暴で、人に友好的な例は殆どない。

 というかそもそも魔物が流暢りゅうちょうな人語を話すなんて、珍しいにも程がある。


 「……ぁ、クロは? クロ!」

 「クロってこの子?」


 使い魔の黒猫クロはリビングアーマーが優しく持ち上げた。

 クロは気絶しているのかピクリとも動かない。

 かろうじて無事だと、ボクには理解できた。


 「この子に感謝しないとねー、落下の衝撃から守ってくれたんだよー、健気だねー」

 「クロが?」


 恐らくその性で魔力を使い果たしたのだろう。

 魔力が補充されるまではクロは身動き一つ取れない。


 「どれどれー? おぉたまたまが付いていない、女の子なんだねー」

 「て……クロの股を見ないでくださーい!」

 「あっ、ふふ……大好きなんだー」


 ボクはクロを奪い取ると、両手でクロを抱き締めた。

 リビングアーマーは随分と優しい視線をしている……気がした。


 「あの、どうしてボク達を助けてくれたんですか?」

 「そりゃだって、俺は【勇者】だもん」

 「……はい?」

 「あー信じてなーい。いいもーん、別に信じなくたってー、どうせ中身の無いただの全身鎧ですよーだ」


 不貞腐ふてくされた。どうもこの魔物、自分を勇者様だと思いこんでいるみたい。

 おかげで助かったのも事実……だけど、どうしよう。


 「君名前はー? あるんでしょ、名前ー」

 「え……あ、マールです、けど?」

 「マル君かー! おーし俺は適当に呼んでくれー!」

 「あのっ、え? なんか距離近いですって!」

 「ずいずい! そんなことないよーじゃあマル君、これからどうするー?」


 思いっきり顔を近づけてくる自称勇者、中身の無い顔にちょっと恐怖を覚えて表情をらせる。


 「ん……にゃあ〜」


 ボクの腕の中でクロは大きな欠伸あくびをした。

 僅かに魔力が充填されたのだろう、まだ眠たげだ。


 「おはようクロ」

 「にゃあん。ご主人〜」


 クロはまだ寝ぼけているのか、ボクに身体を擦り付ける。

 尻尾は穏やかに揺れていた。


 「クロ君もお目覚めだし、そろそろ行動しないとねー」

 「こ、行動って?」

 「そりゃダンジョンを攻略するか、それとも地上を目指すか」


 自称勇者が立ち上がる。

 ダンジョンを攻略するかと言い下を指差し、地上を目指すかと言い天井を指差した。

 ボクはゴクリとのどを鳴らす。

 ここは危険なダンジョンに違いはない。

 数多くの危険な魔物が徘徊し、多くの冒険者の命を飲み込んでいった。


 「か、帰りたい……です。地上に帰りたいっ!」


 ボクは涙しながらそう言った。

 自称勇者はそんなボクに対して手を差し伸べると。


 「だったら、俺が協力しよう」


 そう言って彼はボクの手を取った。

 ちょっと強引に。


 「そうとなれば善は急げだねー!」

 「――え?」


 自称勇者はボクの手をがっしり掴むと、そのままボクを引っ張った。

 かなり力が強い、ボクが非力なのを差っ引いても、並の人間を優に超えている。


 「あ、あのっ、しゃく! ボクの錫杖見ませんでしたか!?」

 「錫杖? 錫杖ってこれのこと?」


 彼は予め持っていたのか、ボクに錫杖を見せてくれた。

 だけどそれはもう……。


 「うそ……こ、壊れてる、うわーん!」

 「わ、あ。泣いちゃった」


 錫杖は真っ二つに折れていた。

 大して才能の無いボクの一番の財産である【僧侶の杖】は無残な姿に変貌している。


 「え、えーと、落ちてきた時にはもう折れていたというかー、俺は悪くないし!?」

 「ぐす……いいんです。生きているだけ幸運なんですから」

 「う、うん! そうだよマル君、命より高いものはないんだからねー。って、俺が言っても説得力無いかー、アッハッハー!」


 彷徨う鎧に命があるのか、それを自虐ネタにしても全然面白くない。

 流石さすがに茶化す気も失せたのか自称勇者は声のトーンを落として質問した。


 「えと、大切な物なのー?」

 「初めて購入したものだったんです……」

 「えと……ということはこれって一番安い杖ではー?」

 「うわーん! もうやだーっ!」

 「にゃああん。うっさいにゃあ」


 クロはようやく意識が覚醒してきたらしく、耳障みみざわりな主人の喚き声に思わず爪を立てた。


 「ひぃぃ! めてクロ、洒落になってないよ!?」

 「現状を受け入れろにゃあ、嘆いたって何も変わらないにゃあ」

 「う、うん……ごめんなさい」

 「君達ってどっちが主人か分かんないねー?」


 クロは完全覚醒すると、ヒョイっとボクの腕から飛び降りた。

 そのまま尻尾を立てながらクロは言う。


 「アタシ、まだ魔力の補充が足りてにゃいんだから、自分の身は自分で守るにゃあ! いいにゃね!?」

 「は、はいっ! もうヘマはしません!」


 それを眺めていた自称勇者は小さく呟く。


 「へぇ、しっかりしているじゃん」


 地上へと帰還する。

 目的はしっかりと定まった。

 だけどそれは前途多難だ。

 愛用の錫杖は壊れ、いざという時の使い魔クロはいまだ不完全。

 頼みの綱は自分を勇者だと思いこんでいる怪しいリビングアーマーだけ。

 こんなに不安になったのは初めてかもしれない。

 けれど、彼は陽気にボクの前を歩いていく。


 「それじゃ行こう行こうっ!」

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