第7話 鍛冶屋にて
「シルバの爺さん!」
「扉を蹴破るな馬鹿犬がぁ!」
フェルドに引きずられてたどり着いたのは、とある鍛冶屋だった。
乱暴に扉を開けたフェルドに対し、店の奥から怒声が飛んでくる。
「すまんすまん、武器のメンテを頼もうと思ってたんだが緊急事態だ」
「なんだ全く……」
奥から出てきたのは……バルク達よりも屈強に見える大男だった。
シルバと呼ばれていたその人は、未だフェルドに捕まれている私を見てくる。
「そっちの嬢ちゃんは?」
「リリア、オレと同じ冒険者だ。このナリでAランクだぜ?」
「全く、お前もAランクだろうフェルド」
やれやれとわざとらしい反応をするフェルド。
おかげで肩から手が離れたので、私はさりげなく距離を取る。
「わかった、とりあえず話だけは聞こう」
改めて私をみたシルバ……さんは、店のカウンターの椅子に座った。
フェルドに肩をつつかれた私は、ベルトから魔剣を取り出し布を外してカウンターに置く。それをみたシルバさんは、ほう……と、興味深そうにつぶやいた。
「これは……魔剣だな?」
「はい、よくわかりましたね」
「ま、長年鍛冶師をやってるからな!」
シルバさんはガハハと大声で笑った。
そういえば爺さんと呼ばれていたけれど、あまりそうは見えない。
屈強な体なせいでそこまで年を感じないだけなのだろうか?
「え、リリア。お前そんなもん拾って来たのか?」
「その小さい子供を見るような目を辞めてくださいフェルド」
あくまできっかけは依頼なのでそこに私の意思は無い。
――うん、無いはずだ。というか年齢で言えばフェルドだって同じ17だし、子供っぽいのもフェルドの方だと思う。
「ま、鞘はねぇみたいだし拾ったモンなんだろ? 爺さんに見てもらった方が良いと思ってな」
「なるほど、まずは状態から見てみよう」
シルバさんが剣を手に取ろうとしたその時だった。
「ひゃん?!」
そんな随分とかわいらしい悲鳴が店内に響き渡った。
「あ、やば――」
店内が一瞬で静まり返る。
フェルドが不思議そうに周囲を見渡し、シルバさんは驚いた表情で剣を見ていた。
どうしよう、まだ誤魔化せるだろうか? 変な声が聞こえたなら店の外に不埒者が居ただけの可能性もある、それはそれで問題なのだが。
うん、剣が喋るなんて普通ありえないんだし何とか誤魔化そう。
……しかし、私の考えは剣から出てきた光の粒子によって粉々に打ち砕かれた。
そのまま光は私たちの後ろへと流れ、店内の空いているスペースで人型の姿になり霊体のクレスが姿を現す。
「ごめん、喋っちゃった!」
静かな店内から微かな音すら消えた。凍り付いたというべきだろうか。
口からため息が零れ、失った空気を大きく吸って取り戻す。
「――だからって何で出てくるんですか、このバカ魔剣は!!」
「あ、謝ろうと思ったらついぃ!」
「なんでこう考え無しなんですか! 長所は戦闘だけなんですか?!」
「ひぃぃぃ!」
状況に理解が追い付いていないのか、頭にハテナが浮かんでいそうなフェルド。
開いた口が塞がらないという様子で驚いているシルバさん。
叫んだせいで過呼吸になっている私に、怒られて頭を抱えているクレス。
――いや、頭を抱えたいのは私の方なんだけど。
とにかくこれが今の店内の様子だった。
「「「「…………」」」」
再び訪れた沈黙。
私も言葉を選ぶべきだったのかもしれない、バカ魔剣ではなくアホ幽霊とかにしておけば喋る魔剣と言う話を何とか誤魔化せた可能性があるのだから。
ただ、もう手遅れという事実だけがそこに存在していた。
「……はぁ」
「ご、ごめんねぇ……」
「もういいです……」
そっと後ろを振り返る。
シルバさんは相変わらず口を開けたままだったが、フェルドは何とか状況を飲み込もうとしているのか、眉間にしわが寄っていた。
とりあえずこの場を何とかしようと私は口を開く。
「詳しいことは私にもまだわからないので、ひとまず見たままのもので理解してもらえると助かります」
「……うん、わかったぜ」
「ははは、喋る魔剣か? 憑りつかれた魔剣って言った方がよさそうか?」
確かに、クレスは元から魔剣だったわけではないしやっぱりバカ魔剣よりアホ幽霊の方が正しいかもしれない。
とはいえ、これ以上話を広げるのも良くないのでそこには触れないようにする。
「鞘、お願いできるでしょうか」
「お、おう。なんであれこれが剣な事には変わりないからな!」
「ありがとうございます、本当にありがとうございます」
ひとまずピンチは乗り越えた、誤魔化せたわけではないがこれ以上の事態の悪化はないだろう。
シルバさんは私の依頼を了承してくれると、カウンターの裏から道具を取り出し始めた。
「よし、採寸を始めるぞ。準備はいいかそこの幽霊!」
「いつでもおっけーです!」
元気よくそう返事をしたクレスだったが、いざ採寸が始まると再び艶やかな声を上げ始めた。感覚はないという話だったのに、これは一体なんなのだろう。
「うるせぇ!」
「ひゃいぃ!」
あれが英雄譚に出てくる剣聖だなんて誰が言っても信じてくれない。
霊体の状態で床を転がるクレスは、一度信じた私ですら再度疑ってしまうほど酷い姿を晒している。
「リリア、目が死んでるぞ」
「……そんなことないよ」
「無理があるだろ、無理が」
「……じゃあ気にしないで」
しばらくすると採寸は終わり、床を転がり回っていたクレスは息絶えたように動かなくなった。
何がアレをそこまでさせるのだろうか。
「なんとか型は取れたから、これでピッタリの鞘を作れるぜ。何か希望はあるか?」
ペンを置いたシルバさんが、私に出来た型を見せながらそう聞いて来る。
「魔剣を納めている間は絶対に喋れない鞘とかでしょうか」
「そりゃ無理だな……」
ただ、と呟いてシルバさんは店の奥へ入って行ってしまう。
半分くらい冗談のつもりだったが、どうやら何かがあるらしい。
すぐに戻ってきたシルバさんはカウンターに小さな箱を置いた。
「これは魔石を使った指輪だ。対になってる指輪を装着すれば、装着者同士で念話が出来るって代物なんだが……試してみないか?」
開けられた箱には、紫色の宝石が煌めく指輪が入っていた。
そのうちの一つを手に取り、右手の薬指にはめてみる。けっこう綺麗だ。
シルバさんはもう一対の指輪を取ると、少し迷ってからそれを魔剣の柄に通す。
「これで指輪に魔力を通せば、相手と念話が出来るようになるはずだ」
「わかりました、やってみます」
指輪に意識を向け、少しずつ魔力を流してみた。すると紫色の宝石が薄く光を持ち始める。
これで念話が出来るようになったのだろうか。
(クレス、聞こえてますか?)
(聞こえるよ! すごいねこれ!)
私の問いかけに対し、頭の中に直接クレスの返事が響いた。どうやら念話は成功しているようだ。
――ただ、目の前でピョンピョン飛び跳ねられると少々ムカつく。
先ほどから声もそうだが行動がうるさい。
「……はい、念話は出来ました」
「そうか、これなら不意に叫ばれても被害は一人だけで済むぞ」
「そうですね……」
私にも被害が出ないのが理想ではあるが、問題が発生するよりはずっとマシだろう。
いや、クレスに改善してもらえばいいだけの話なのだが。
「ならそれと同様の効果を持つものを用意しておく。一旦指輪を貸しておくから先に慣れておいてくれ」
「はーい!」
「わかりました、ありがとうございます」
「一週間後には出来ると思うからちゃんと受け取りに来いよ?」
ということで、一週間は町に滞在することとなった。
──依頼に期間の制限とかはなかったし。少し遅くても大変だったからの一言で誤魔化せるはず。
再び布で包んだ魔剣をベルトの隙間に差し込めば、フェルドがカウンターの前に割り込んできた。
「よっしゃ爺さん、今度はオレの武器のメンテだ!」
「全く、分かったからちょっと貸せい」
フェルドは手にはめたガントレットを外すと、シルバさんへそれを渡す。
状態を確認したシルバさんは「待ってろ」と短く告げて店の奥へと行ってしまった。
「あ、リリアはどうする? もう帰っても平気だろ?」
「そうですね……」
そういいながら、店の窓から外を見た。
ほんのりと赤っぽく染まっている空を確認して、私は再びフェルドの方を見る。
「宿も取らないとだし、先に帰ります」
「わかった、爺さんにはオレから伝えておくよ」
「はい、ありがとうございます」
「じゃまたな! そっちの幽霊も!」
「またねー!」
手を振るフェルドに軽く手を振ってから私は店を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます