第6話 馬車と冒険者
「いやぁ助かった! 俺は冒険者のバルク、このパーティのリーダーをやってる。こっちの大槌使いはカーボ、大剣使いはローテンだ」
「よろしくな、嬢ちゃん!」
「ナイスファイトだったぜ嬢ちゃん!」
三人の大男は鍛え上げられた上腕で親指を立ててくる。
見た目は随分と暑苦しいがにこやかな表情は爽やかだった。
「それにしても情けない所を見られてしまったな、馬車を狙った弓持ちの攻撃を防ぎながらだとどうしても防戦一方になってしまったんだ」
「弓持ちを倒そうにも馬車から離れたら守りに穴が出来ちまうからな」
「なにより俺達に遠距離攻撃はないからな!」
どうにもそういう理由であんな風に追い込まれていたらしい。
見た目通りのパワー型な冒険者なようだ。
「無事だったならよかったです、馬車も大丈夫でしたか?」
「あぁそうだった、トラト! もう出てきて大丈夫だぞ!」
バルクが馬車に向かってそう声をかけると、御者台の方から人影が出てくる。
「ほ、本当ですかぁ……?」
「本当本当、もう全員居なくなったよ」
「嬢ちゃんのおかげでな!」
馬車から降りてきたのは中性的な顔立ちの少年だった。
茶髪の少年はあたふたとしながらも私に頭を下げてくる。
「助けてくださりありがとうございます、僕はトラトって言います! Dランクの冒険者で普段は馬車で物や人を運ぶ依頼を受けてます!」
「リリア・アルベスです、無事でよかったです」
「よし、それじゃあ馬車を動かすか!」
そういうと、バルク達三人は馬車の方へと向かっていく。
木に激突したらしい馬車は、多少の傷や矢の数本が刺さってはいるものの、かなり被害が少ない状態だ。
それよりも問題は……、
「その馬、大丈夫ですか?」
馬車の前方、馬車に繋がれたままぐったりと目を瞑る一頭の馬が居た。
様子を見るに怪我などは無いようだが、どうやら眠っているらしい。
「実は、ゴブリン達に奇襲をかけられたときに暴れ出してしまいまして。危険なので僕の魔法で眠らせたんです」
そういうと、トラトは馬に近づいていき魔法を解除する。
――闇魔法の一種だったはずだけど、そういう優しい使い方もあるんだ。基本的に荒くれ者たちが人の誘拐に使うイメージしかなかった。
そのうち馬は目を覚まし、ぶるると鼻を鳴らしながら立ち上がる。
すると、馬車の確認を追えたらしいバルクがこちらへやってきた。
「よし、馬車はもう大丈夫そうだ! このまま道まで戻れるぜ!」
「わかりましたバルクさん、今も馬も起きたのでこのまま動けますね」
そう言いながらトラトは馬を撫でる。
「そうだ、リリアはどうする? 俺達はこれからヘパートまで戻るんだがよかったら乗ってくか?」
「そうですね……お邪魔じゃなければ是非」
「もちろん大歓迎だぜ! よろしくなリリア!」
こうして、私は四人と馬車に乗り込み、ヘパートの町まで向かうことになった。
戻る前にちゃんと鞘代わりの布を拾って剣に巻きなおす。
「あ、私しばらく黙ってるから」
「うん、ごめんねクレス」
そんなやり取りも終えて馬車に乗り込めば、馬車は動き始めた。
歩きなら明日までかかる道のりは、馬車でおよそ三時間といったところらしい。
――そこそこの大きさの馬車なのに妙な圧迫感を感じる、私よりも図体が大きい人達が多すぎるせいだろう。
「そういや嬢ちゃん、なんであんなところに居たんだ?」
「そ、それは……付近の村で依頼を受けてて」
馬車の中でバルクがそう問いかけてきたが、あの依頼は他言無用の特別な依頼なので適当にはぐらかした。
依頼を受けただけならただの冒険者としての活動だし、嘘もついてないし何の問題もないだろう。バレない事の方が大切だ。
「そうだったか、俺達はこの辺の林の調査を依頼されててな。なんでも最近は魔物の動きが活発らしい」
「俺達以外にも調査依頼を受けたやつらがいるから、結構広い規模だって話だな」
「まぁ、最近はどこもかしこも魔物が活発だけどな!」
……そう、ここ最近は魔物の動きが活発だと冒険者たちの間では囁かれていた。
実際に魔物の被害は増え続けており、何かの前兆なんじゃないかと言われている。
あまり憶測で噂話をするのは良くないのだろうが、被害の事実は人々の不安を掻き立てるのに十分だった。
そんなふうに話をしたり、馬の休憩を挟んだりしながら馬車に揺れていれば、太陽を見上げても首が痛くならないくらいの頃に町の外壁が見えてきた。
「お、そろそろだな!」
「俺達のホームだぜ!」
「ただいまヘパート!」
真っ白の石材が積み上げられた塀が、ヘパートの町を覆い囲っている。
その中に、少し高い山のようなものが見えた。
あれがこの町の中心になる洞窟のある山だ、高さはそんなにないが洞窟は地下の方にかなり広がっているらしい。
「ホームってことは、普段からヘパートの町に?」
「あぁ、俺ら三人ヘパート生まれヘパート育ち冒険者協会ヘパート支部所属だ!」
バーン、そんな効果音が付きそうに三人はその肉体美をアピールしてくる。
確かにそう言われれば納得かもしれない、鉱夫などはしっかりとした肉体労働だからかなり鍛えられるだろう。
……それはそれとして、冒険者としては全員近接だと心配である。
「関所を通りますよー」
「「「あいよ!」」」
――息ぴったりですね。
町の壁は段々と迫ってきて、二人の門番の姿が見えた。
しばらくすると馬車は止まり、トラトは門番の人たちと話し始める。どんな町にも入るには簡単な身分説明が必要だ。もっとも、冒険者の証は身分証明代わりにもなるので困ることはそんなにないのだが。
「よし、通れ」
「ありがとうございます、お仕事頑張ってください!」
それはそれとして、一連のやり取りを見るにトラトは随分と手慣れているように感じた。さすが、普段は運搬系の依頼を受けているだけはある。
門番の人をねぎらっているのは彼の優しさの表れだろう。
「さて、着いたがこのまま冒険者協会まで直行するか?」
「私はそれで構いません」
「よしトラト! そのまま協会目指してくれ!」
「はーい」
街中の景色がコロコロと流れていくのを眺める。
町のどこかからかカンカンと金属を叩く絶え間ない音が聞こえてきて、歩いている冒険者たちは皆鎧に身を包んでいた。
流石は鍛冶の町だ、これなら鞘にも期待が持てるかもしれない。
「皆さん、目的地に到着しますよ」
そうして、馬車は冒険者協会のすぐ横で止まった。
馬車を置くスペースまでやってくると、私達は馬車から降りる。
「僕は馬の面倒を見てるので、バルクさん達は報告に行ってください」
「わかった、リリアもここまでありがとうな!」
「はい、またどこかでお会いしたらよろしくお願いします」
そう挨拶を交わせば、バルク達三人は協会の建物へと入っていく。
トラトとも別れを告げ、さっそく先ほど教えてもらった店に向かおうと冒険者協会の前を通り過ぎようとしたときだった。
「お、リリアじゃねぇか!」
そう声がかけられ、私は冒険者協会の方を向く。そこに居たのは赤いシルエットの人物だった。
燃えるような赤い髪に、特徴的な狼耳と尻尾が良く目立つ少女。
フェルド・ヴルカン。
私と同じ王都の冒険者協会に所属する、冒険者仲間である。
「フェルド、久しぶりです」
「最近見ねぇと思ったらこっちに来てたのか」
「はい、フェルドはどうしてこちらに?」
「武器のメンテだよ」
そういうと、フェルドは手に付けたガントレットを見せてくる。
「オレら冒険者にとって武器は命だからな、リリアもちゃんとやってっか?」
「手入れはしてます」
「ほぉ……って、なんだその剣。そんなの持ってたか?」
「これは……昨日拾いました」
「はぁ?!」
私の発言を聞いたフェルドの表情がぎょっとしたものに変わった。
肩をがっしりと捕まれ、ぶんぶんと体を前後に振られる。
ガントレットで捕まれてるので肩が痛い。
「鞘もねぇ剣を布で巻いて持ち運んでんのか?!」
「拾った時に無か――」
「よし、今から作りに行くぞ!」
「え、一体ど――」
「オレのお得意先だよ!」
ちょっと、痛い、肩が。
力負けしている私は何の抵抗も出来ず、フェルドに引っ張られる形で町を移動することになった。
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