第4話 二度目のスタート

とてつもない衝撃に、砂嵐が舞う。

 その砂嵐の中に私は落下しそうになっていた。


「やば……【風船エアクッション】!」


 急いで風魔法で体を包み込むと、そのまま私は地面に向かって打ち付けられる。

 その衝撃が風の層で優しく受け止められると、身を包んでいた風が弾けた。

 それと共に周囲の砂嵐も一気に消える。


「あ、リリア~!」


 呼ばれた方へと振り向けば。巨大な岩がドラゴンの体を下敷きにしながら鎮座していた。つぶれそうになっているドラゴンの頭部に魔剣が突き刺さっている。


「助けて、抜いて~! このままだと潰れるちゃう!」

「クレスがやったんでしょ?!」


 あの瞬間、危ないと思ったから剣を突き立て一度退避したのは私だ。

 あの位置なら【土散弾マッドショットガン】で鱗の無い内側から攻撃してかなり優位に立てると思った――が。


「つい……やりすぎちゃった」


 突如体の内側から現れた大岩で、ドラゴンの上半分は完全に飛び散っている。

 残ったのは潰されてぺっちゃんこの下半分と剣の刺さった頭部だ。


「……というか、魔法なら自分で解除できないんですか?」

「あ、確かに」


 すると、目の前の大岩が消えて無残なドラゴンの死体があらわになった。


「うわぁ――」

「引かないでよぅ」

「素材とか、全然回収できなさそう……」


 未開の地に現れた未確認のドラゴン、協会としてもぜひ情報を集めたかっただろうに、これでは中々難しそうだ。


「そんな余裕なかったでしょ、仕方ない仕方ない」

「それはそうですが」


 そんな会話をしつつ、一応必要そうな素材を拾い集めていく。

 残った皮に鱗、頭は魔剣で体から切り落として布に包んだ。それ以外は……使い物にならなそうだった。


「【洗浄クリーニング】……とりあえずこんなもんでいいかな」

「随分手馴れてるねぇ」

「ずっとやってますから」


 ポーチから素材回収用の袋を取り出し、それらの素材をしまう。

 協会から渡されているこの袋は、どんな大きさの素材でもしっかりと収納してくれる優れものだ。容量も沢山あるが、取り出すときは袋をひっくり返して中身を全部出さないといけないため素材回収用と言われている。


 素材をしまい終えれば私はその場でゆっくりと座り込んだ。

 どっと疲労が襲ってきて、そのまま仰向けに寝っ転がる。ふと視界に影が差して、クレスがこちらを覗き込んできた事に気がついた。


「お疲れ様、リリア」

「……ありがとうございます、クレス」

「敬語なのに呼び捨てって何か面白いね?」

「貴方が呼び捨てでいいと言ったんですよ」


 ふっふっふ、とにやつく彼女の輪郭は、先ほどと違って透けていなかった。


「それが実体化ですか?」

「うん、魔剣の霊力で一時的に肉体を再構成するの」

「霊力……?」

「私がそう呼んでるだけかな、魔剣が魂を吸収することで生まれる力のことなんだけどね」


 そう言うと、クレスは私のすぐ横に正座する。

 そのまま頭を持ち上げられると、私の頭は彼女の膝の上に乗せられた。


「膝枕、どう?」

「どうと言われても……」


 恥ずかしい、それが一番の感想。

 服越しでも少し柔らかさを感じる、熱は……あまり感じない。


「こう見えて膝枕には自信があるんだよ」

「膝枕の自信ってなんですか」

「上手いと思うんだけど」

「上手い下手の要素はないと思います」


 互いに顔を見つめ、そんな会話が少し面白くて。でも気恥ずかしくて。

 顔を横に向けて目を逸らす。


「そうかなぁ……ねぇリリア」

「なんでしょうか」

「リリアってすごく強くて、すごく優しいんだね」

「――そんなことないですよ」


 私は決して優しいわけではない。正義感が強いとか、そういうことでもない。

 勘違いを訂正するため、私は再び目を合わせ口を開いた。


「昔、故郷が魔物によって滅ぼされたんです」


 今でも覚えている。

 仲の良かった友達が無残に引き裂かれた姿を。

 守ってくれた両親があげた断末魔の悲鳴を。

 私の顔にべったりとこべりついた血の匂いを。


「幼い私は小さな箱の中に隠れるように言われ……救助に来た冒険者が到着したころには、私以外の村の人は全員亡くなってました」


 私はマスターに発見されその場で保護された。

 村に巣食っていた魔物は全部倒されたが、皆が戻ることはなかった。


「全ての魔物を殺す、私はそのために冒険者になったんです」


 そう、これは私利私欲、自己中心的な考え。

 恨みとか、復讐とか、殺意というのが正しい。

 決して優しさなどではない……はずだ。


「優しいね」

「ですから――」

「優しいよ」


 クレスの声も表情も、その全てが穏やかだった。

 あんな戦いの後だというのに、柔らかそうな風が彼女の髪を揺らす。


「私が戦ってた理由は貴族の家に生まれたからだよ、始めはただの責務だったの」

「それは……」

「でもね、ある時私にこんなことを言った人がいたの。『それでもクレスは皆を救ってる、そういうところが優しくて好きだ』ってね。だから、リリアも優しいんだよ」


 彼女は笑顔でそう言った。

 ――そんなことを言われたのは、初めてだった。


「……ありがとうございます、クレス」

「えへへ、どういたしまして」


 花のような笑顔が凄く眩しく見えて、なぜだか恥ずかしくなって再び目を逸らす。

 少しだけ、静かで穏やかな、恥ずかしくて心落ち着く時間が流れた。


「……リリアちゃん、お願いがあるんだ」

「……なんでしょうか」

「私と一緒に、魔王を倒してほしい。一緒に魔王城まで来てほしいの」


 魔王の討伐、英雄譚でしか聞くことの無かったおとぎ話。

 クレスは、私にそんなお願いをしてきた。


「もちろん、リリアにとっても悪い話じゃないと思う。この魔剣はリリアの剣になるし、そうすればリリアの願いも叶うはずだし、いい話だと思わない?」

「そうですね、魅力的なお話です」


 私にとってこの魔剣はまさに夢のような武器だ。

 全ての魔物を根絶やしにする、この魔剣はそれを叶えてくれる。

 ――それに、魔物達の王も私が殺すべき対象の一人だ。


「わかりました、私も魔王討伐に協力します」

「ほんと?! ありがとう!」

「ですが、その前に今回の依頼をしっかり終わらせないといけません」


 そう、冒険者協会からの依頼はまだ途中。

 これから王都まで戻ってマスターに報告するまでが仕事である。


「なので、魔王城はその後になりますね」

「私も協力するからすぐ話が済むと思うよ!」

「……いえ、どうでしょうか」


 まず信じてもらえるかが怪しい気もする。

 私だって最初は信じてなかったわけだし、すぐには終わらなさそうだ。


「なんでそこで悩むのさぁ!」

「胸に手を当てて考えてみてください」


 そう言えば、クレスは言葉通り胸に手を当てた。

 その状態でうーんうーんと考え込み始める。そう言う事ではない。


「まぁいいです、これからよろしくお願いしますね、クレス」

「うん! よろしくね、リリア!」


 そう決まった時だった、意識がぼんやりと暗くなり始める。

 流石にドラゴンは一人で相手するような敵ではなかったらしい。

 横になっていたせいもあるだろうが相当な眠気に襲われ始めた。


「……すみません、眠気が……」

「大丈夫、目が覚めるまでは私が守るよ」

「ありが、とう……ございます……」


 今更だけど全身が痛い、身体強化をかけた状態での長期戦は体への負荷が大きい。

 【空間凝固エアステップ】の魔力消費自体も大したことないが、やはり持久戦になってからは想像以上に魔力を持っていかれていたらしい。 

 本来ならこんな所で眠るなんて絶対にないが、今だけは心地よい安心感があった。


「おやすみ、リリア」


 意識が微睡むその最中、唇に何か柔らかいものが触れる。

 それが何かを考える前に、私は眠りに落ちた。

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