第20話 両思いだったらしい

 お互いの息が荒くなるのも当然。

 俺はベッドに顔を押し当て、まともに呼吸ができない。そして朝花は元々体力が少ない。


 よく耐えたと自分を褒め称えたいが、勝負はこれからだ。


「朝花……。もういいだろ……」


 ままならない呼吸とともに言葉を吐き出せば、


「五季……こそ……。観念してチューしよ……」


 乱れた呼吸が返ってくる。


 自分でもアホみたいなことをしてる自覚はある。

 チューぐらいしてやれよといった気持ちがないと言えば嘘になる。


 ……けど、朝花の意味深な言葉の真意を知らずにするわけにもいかないのだ……!


「「はぁ……はぁ……」」


 不意に揺らす肩のリズムが重なる。


「ベッドに押し付けたままだと、呼吸しにくいでしょ……」

「しにくい……」

「だったら……顔上げてみな?」

「『小説も建前』の意味を……教えてくれたらな……」

「教えるから、まずはチューしよ……」


 季節も相まってだろう。

 湿った呼吸は顔を蒸れさせ、覆いかぶさる朝花のお腹と、挟まれた俺の背中からは汗が流れ始める。


「五季……。熱いでしょ……」

「まじで熱い……」

「じゃあ……しよ?」


 最後のあがきだと言わんばかりに、頬が捩じ込まれる。


「……したあと、ちゃんと言うんだな……?」


 ゆっくりと、ベッドにくっついていた顔を上げる。


「うん、言う」


 そして、捩じ込まれた唇が……湿った唇に重なった。


 瞬間、朝花どころか、俺の体中から力が抜け落ちていく。

 ベッドとの間に生まれた湿気なんて気にせず、流れる汗なんて気にせず、一心に唇に感覚を研ぎ澄ませる。


「……ん、やっとできた……」


 数センチ離れた唇から放たれるのは、安堵に満ちた笑み。

 ほんのり頬が赤いのは、キスをしたからなのか、体が熱いからなのか。


 けど多分、俺も同じような顔をしているのだろう。

 鏡を見ずとも分かるし、朝花の瞳に鮮明に映し出されている。


「ふふっ、もう1回したい?」

「……お好きなように……」

「じゃあもう1回〜」


 どっちがしたいんだとツッコミたいところだが、正直求めてしまっている自分がいる。


 さっきまでは拒否し続けていたのに、なぜこんなにも素直になったのか。

 そんな理由なんて、単純明快。


 好きな人とのキスが、嫌な訳が無いから。


 リップ音が俺達の間で鳴った。

 別に舌を入れてるわけじゃないのに、唇を押し当てただけなのに。


「……幸せだぁ……」


 唇を離したかと思えば、ギュッと体に抱きついて頬を擦り合わせてくる朝花。


 今までで一度も見たことのない行動に、おもわず困惑を見せてしまうものの、すぐに頭を縦に振った。


「だな。幸せだ……」

「さっきまで拒否してたくせに」

「それとこれとは別だ」

「ふーん?」


 すっかり整った呼吸は、俺達の言葉を乱さない。

 そんな中、俺の瞳は朝花の目を見つめることしかできないでいた。


『さっさと降りろ』だとか、『いきなりキスするなよ』だとか、色んな事にツッコまなければならないこの状況。


 なのにも関わらず、俺の脳みそが、もっと求めてしまう。

 朝花の唇を……いや、朝花自身を。


「……それで、『小説も建前』の意味はなんなんだ?」


 煩悩を払い除けるように首を振って問いかけてやれば、ふと朝花の笑みが苦笑へと変貌を遂げた。


「やっぱり言いたくないなぁ……」

「おーい約束と違うぞー?」

「だってなんか釈然としないんだもん!」


 途端にフグのように頬を膨らませた朝花は、キスでもするかの勢いで唇を尖らせる。


 というか、釈然としないのはこっちも同じだ。

 思うがままにキスをされ、挙句の果てには約束を破られそうになっている。


 やり返すように、目を細めた俺は同じように尖らせた口で言う。


「約束守らないと、今後一切小説のネタ提供しなくなるぞ」

「えまって?その手札はずるくない?」

「知るか知るか」


 心做しか俺の唇に近づいていた気もするが……睨みを返したということは気のせいなのだろう。


 心の何処かで物寂しさを感じながら、顔を背けた。


「あ、コラッ!背けちゃダメ!キスできなくなる!」

「言わないからもうしない」

「五季も幸せなくせに?」

「それでもしない」


 なにを隠そうが、朝花とのキスはこの上なく幸せだ。

 これまで言えなかった『好き』という気持ちが発散された気がして、心が安らかになる。


 ……けど、言わないのにされるがままというのは、癪に障る。


「さっき俺が折れたから、今度は朝花の番」


 そう言葉を残し、背中の朝花の動きを察知しながらとにかく顔を背け続ける。


「ねぇー!ここまでしたんだから”気づいてよ”!!」


 不意に後頭部に叫ばれる朝花の言葉。

『気づいてよ』という言葉が頭に残るけど、答えまで辿り着くこともできずに首を傾げる。


「なにに気付けばいいんだよ……。俺、結構察知してる方だぞ?」

「結構ね!でも全部じゃない!」

「全部察するのはエスパーでもなければ無理じゃないか……?それか犯人みたいに証拠を残すとか」

「私、めちゃくちゃ証拠残してるけどね!!」


 顔を合わせることを諦めたのか、頭の動きを止めた朝花は――抱きつく体に力を込めた。

 突然のことに目を見開いてしまう俺に反し、力とは別にか細い声が聞こえてくる。


「……ずっと”アタックしてる”のに……」

「え?」


 問い直すのも当然だろう。

 だってアタックって言われたんだぞ?バレー……でもないだろうし、体当たり……でもないだろう。


(じゃあなんだ?)


 そんな疑問が脳裏に浮かんだ時だった。

 まるで静電気でも起こったかのように、バチッと頭に答えが降り注いだ。


「……私、五季のことが――」

「「好き」」


 ベッドに降り注ぐ言葉が重なった。

 力の強かった腕からは力が抜け、代わりに「え?」と腑抜けた声が零れる。


「そういうことか……。俺のことが好きだから、”小説のネタ提供と偽って、イチャイチャしていた”と……」


『好き』という答えにたどり着いた時、全ての行動に辻褄が合った。


 なぜ俺とキスをしたのか。なぜ朝花は照れるのか。なぜ、小説の主人公が鈍感系なのか……。


「……なるほど。だいぶ前から俺のこと好きだったのか……」


 やっと抜き取ることのできた手で顎を触る。


「片思いだと思ってたこの恋が、まさか両思いだったとは……」


 思案に浸る頭を上下に小さく振る。


 別に俺の頭が覚醒したわけじゃない。

 ただ、答えにたどり着いたから逆算してるだけ。


 これまでの出来事を、これまでの朝花の行動を思い返してるだけ。

 そうすれば、色んな言葉が口から溢れ出てくる。


 ”今の朝花の感情も知らずに”。


「え、じゃあファーストキスも好きな人同士で――」


 刹那だった。

 俺の言葉を遮ったのは、勢いよく首を絞めてくる華奢な腕。


「――カハッ」


 まるで空気のない密室に閉じ込められたような声が漏れる。

 そんなのなんてお構いなしに、思いっきり叫ばれた。


「そうだよ!!!!私はずっと好きだったよ!!!!五季のことが!!!!!」


 腰の上で座り直し、締めた首を引っ張り上げて……いわばエビ反り状態になってしまう俺の体。


「なんで!!今になって全部わかっちゃうの!!!というか言わなくていいじゃん!!私が恥ずかしい思いするだけじゃん!!!もぉーーー!!!!」


 牛顔負けの声量を披露する朝花は、きっと顔を真っ赤にさせているのだろう。


 あいにく今にも死にかけな俺はその顔を拝むことはできない。

 ……だが、両思いと分かっただけで、この命に一片の悔いはない。


「ねぇー!!なんで今まで気付かなかったの!?ずっとアタックしてたじゃん!!なんなら初めにキスしたじゃん!!昔言ったよね!?『好きな人以外の人とキスはしない』って!!」


 そういやそんなことも言ってたな……。

 でもあれ、俺達が幼稚園ぐらいの頃の話だろ……?全然覚えてなかったし、『小説のネタ提供』を提示されたあとだから全然気付かなかっただけで……。


 本当は口にしたい言葉たちなのだが、締められた首が言葉どころか、呼吸を通さない。

 出せても「カハッ」という呼吸を求める叫びだけ。


「小説を建前にした私も悪いよ!?ネタ提供をいいことに色んな事をした私も悪いかもしれないよ!?でも好きな人以外にするわけ無いじゃん!!」


 ブンブンと振り回される俺の首。

 朦朧とする意識を留めてくれてるのだろうが、逆効果で仕方がない。


「ねぇー!!!なんとか言ってよ!!!!」


 最後に聞こえたのはそんな言葉。

『じゃあ離せよ』というツッコミすら頭に思い浮かぶ前に、視界が暗くなった。

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