ニコ生とチョコレイト

武藤勇城

第1話 超未熟児

 大都会・岡山のとある産婦人科で、出産予定日より一ヶ月も早く産まれた超未熟児。助産婦が嬰児を取り上げた瞬間、母親の手に一度も渡ることなく、保育器の中に入れられた。もって一年。数ヶ月も生きられないじゃろうとの見立て。さなぎから脱皮した蝶々のように自由に羽ばたき、短くてもいいから広い世界で生きて欲しい。そんな願いを込めて名付けられた。それが私、棟居蝶むねい・てふ


 医師の見立てが間違っていたのか、両親の強い願いが叶ったのか、それとも私の幸運と生命力が勝ったのか。それは分からない。じゃけど、私は保育器の中ですくすくと育ち、大きな怪我や病気もせずに成人を迎えた。こんな生い立ちのせいか、母は異常なまでに過保護で、お節介で、私の全てに干渉しようとした。子供の頃は何の疑問も持たずに受け入れていたんじゃけど、成人を過ぎても何かにつけて言ってきたので、心底うんざりした。じゃけん、私の『反抗期』は並大抵のものでは終わらず、二十歳を過ぎても収まるどころか、反抗心は更に肥大化していった。

 両親ともに体格は至って普通。じゃけど、超未熟児で誕生した私は何もかもがちっちゃい。身長は百四十八センチ、手を広げれば小学生並み、靴のサイズは二十一・五センチ、おっぱいのサイズはAカップしかない。そんな私でも彼氏は作れた。帰宅が遅くなれば、親は私だけじゃなく彼氏まで呼び付けて口煩く説教をした。私の男性経験は片手で数えるくらいしかないんじゃけど、親が煩わしく感じれば感じるほど、反動で彼氏と泊まりがけで出掛けたり、親が嫌がることをしてやろうと思った。そしてまた親に干渉され、叱られ、親と私、両者の間の溝が深まっていった。

 そんな経緯から、私が実家を飛び出し、大都会・岡山を離れて上京したのは当然の帰結のように思う。夢の地、憧れの東京! じゃけど、最初に感じたのは、「人が多くて疲れるんじゃ・‥」ということ。岡山の駅前。ビルが建ち並び、地下街はキレイで発展していると思っていたんじゃけど、規模が全然違う。あの岡山駅前が延々と続いていて、いつ、どこに行っても人がいっぱいいる。それが東京という場所。

 家族や親類はおろか、友達も知人も誰一人いない。実家にいた頃、バイトをして貯めた貯金が、百万円を少し超えて、百三十万円くらいある。暫くは食べるのに困らないはず。二〇二四年の夏の終わり。超未熟児として生を享け、二十六歳になった私は、今日からここで生きていく――

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