第60話 分岐

「カイアンのスパイ……。本当、本当なのか。嘘だ、嘘だと言ってくれ、結衣!」

 結衣はふんと言いながら、

「事実を受け入れられない男は嫌いよ!」

と海斗達に向かってダガーを構え直した。

 海斗は体を小刻みに震わせながら

「……これまで、やたらと敵にこちらの最新の情報が漏洩ろうえいしていると思ったら、結衣、全部君が知らせていたのか?」と信じたくない様子で言った。

 結衣は無表情で

「だったとしたら?」と疑問で返す。

盗賊シーフであったことを隠していたのも、スパイであることを隠すためか?」

「そうね、それもあるけど、あなたに戦闘の経験値を稼いでもらうためよ。私が盗賊シーフとして手を貸していたら、いつまで経っても一人前の魔法剣士になんかなれないでしょう?」

「なぜ、俺を魔法剣士として成長させようとした? 目的は何だ……ひょっとして、先程の古代魔法を発動させるためか?」

 結衣はカイアンの方を見た。カイアンは不敵な笑みを浮かべながらうなずいた。結衣は海斗の方に向き直して

「その通りよ。私とカイアンが元いた世界に帰る目的で、あなたに元いた世界に通じるトンネルを魔法で作ってもらう。そのために戦闘の経験を積んで魔力を高めてもらった。……あなたが死なない程度にね」と冷徹に言った。

「つまり君が、俺が成長するためのお目付役をしていたということか。そして、同行するのが不自然でないように、俺同様、結衣も賞金首にした……と、言ったところか。これだけの状況証拠から考えられる結論は、俺をこの世界に召喚させたのも――カイアンと結衣、君たちなのだろう?」

 ここはカイアンが

「その通り。君をこの世界に召喚したのは私だ。……異世界へのトンネルを作ることができる人材を探すのは大変だった。幾人の巫女が使い物にならなくなったことか」と答えた。

「それで、廃人になることを知った上で多くの巫女達を犠牲にしたのか。……許せん」

 怒りにわななきながら海斗は剣を抜き、足元に力を込めて一歩前に踏み出す。その瞬間、鋭い殺気が場に満ちた。

 ただ、海斗のその言葉を聞いた結衣は少しばつが悪そうな表情をして一瞬下を向いた。が、すぐにダガーを握り直し顔を上げた。

「結衣、お前がこの世界に転移する前に神様にお目通りしたと言うのも……」

 海斗の言葉には怒気が含まれていた。

「そう、全くの嘘よ。あなたがチャームのスキルを持っていることや異世界間をつなげるトンネルを作る魔法に目覚めること、そしてその呪文は古代魔道書の最終ページに書いてあることは、あなたが召喚される以前に、巫女の神託によって私たちは知っていた。そして、あなたのチャームのスキルがこの世界の男性にも通用することも黙っていた」


 海斗はその発言を聞いて、エルシオン王国の関所で、男の隊長にチャームのスキルが効いたことを思い出した。


 カイアンはふてぶてしく笑いながら、

「海斗、君が男も魅了できることを知ってしまったら、私が用意した試練も難なくクリアしてしまっていただろう?」と海斗の神経を逆なでするように言った。

「お前が俺を召喚したせいで、どれだけ理不尽な目に遭ったか。そして男も魅了できることを知らなかったせいで、俺は何人もの刺客を、男を殺すはめになったんだ!」

「その者たちは、海斗、君が魔力を増して異世界とのトンネルを作る魔法を使えるようになるために、その肥やしとなるために生まれてきたのだ。それ以上でもそれ以下でもない」

 そうカイアンが言うと、アンジェリカが会話に入り込んできた。

「ちょっと待って! じゃあ私と海斗を戦わせようとしたのも……」

 カイアンは不敵に笑いながら、声にわずかなあざけりを含ませた。

「そう、アンジェリカと戦って、海斗が経験値を得るためにだ。ついでに海斗がアンジェリカを殺してくれていたら、私の正体を知る者もいなくなるし、一石二鳥のはずだったんだがな。それが海斗の味方になるとは……。人生とは全く上手くいかないものだ」

 海斗はカイアンの一方的なもの言いに、さらに怒りを覚え、体が熱くなっていた。握りしめた剣がかすかに震え、海斗の体から殺気のオーラがさらに鋭利なものとなっていく。

 カイアンはそんな海斗の感情などお構いなしに、

「もう変装も意味はあるまい。スキル、リブーム・ザ・ディスガイズ」

 と唱えると、カイアンは老人の顔から海斗の顔へと変わった。

 カイアンは不敵な態度で

「そう、カイアン・モーティスは仮の名前、 私の本名は高橋海斗だ。君とは微妙に世界が異なる平行世界から来た高橋海斗と言えばわかりやすいかな?」とうやうやしく自己紹介をした。

 結衣もうなずいて

「そう、そしてあなたから見れば、私も三年前に平行世界から来た結衣、と言うことよ」と淡々と言った。これらの言葉によって、海斗たちを取り囲む場の空気が重くなり誰もが口をつぐんだ。風は止み、聖堂の扉が微かにきしむ音が聞こえるほどの静寂。この沈黙が、嫌でもこの事実を噛みしめる時間を与えていた。

 海斗は今までの、結衣に対して違和感や疑問に思ってきたことが腑に落ちた。


 海水浴場で心肺停止になった筈なのに、森の中で俺を起こした結衣。

 少し大人びた感じに見えた結衣。


 海斗は海水浴場で心肺停止になった結衣のことを思い出した。

「でもどうして平行世界の結衣は元気でピンピンしている。俺の世界の結衣は、海水浴場で溺れた子供を自力で助けようとして心肺停止になった。平行世界では違うのか?」

 カイアン、いや平行世界の海斗は少し考えていたが

「ひょっとして、君は結衣が子供を自力で助けると言ったときに止めなかったのではないか? 私は結衣に自力で助けることを思いとどませて、一緒にライフセーバーを呼びに行った。その結果、結衣は今見ているとおり、ピンピンしているが、溺れた子供は死んだ。そういう結果だ」と淡々と語った。

「俺の世界では子供が助かって、結衣が心肺停止になった……」

 平行世界の海斗は、

「おそらく、君の世界の結衣はその後死んだんじゃないのか。そこが起点となって、君の世界と私の世界が分れて、お互いが平行世界になった。そう考えたらつじつまがあう」と笑いながら言った。

「そ、そんな」

 海斗の膝が震えた。信じられない。結衣が死んでいる?

 全身から血の気がひく感覚に襲われた。唇を強く噛み、海斗はかろうじて自分を保とうとした。だが、込み上げる感情を抑えきれず、涙で視界がゆがむ。

「結衣……俺の知っている結衣は、もういないのか」



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