第59話 結衣

「……異界との壁を打ち破り、異界の扉を開放し、我らに異世界への新たなる道を示し給え!」

 呪文の詠唱が終わると、謁見の間で異様な空気の圧迫を感じ、視界が歪んだ——ガラスのきしむような音が鳴り響き、空間にひびが走る。次の瞬間、闇の穴がぽっかりと開き、闇の中へと凄まじい烈風が吹き込んだ。

 エリザベスは、

「皆さん、床に伏せて下さい!」

と叫んだ。

 全く何のことか理解できなかった衛兵たちは、たちまち穴の中に吸い込まれていった。幸い、早めに床に伏せた海斗たちに被害は出なかった。魔法は不完全だったのか、空間の穴はじわじわと縮小し、やがて完全に消滅した。巻き込まれた衛兵たちは初めから存在しなかったかのように、叫び声と共に消失した。カイアンは舌打ちをし、結衣は眼を丸くして、今起きたことが信じられない、といった表情だった。

「今だ、入ってきた扉から大聖堂を経由して、大聖堂の出口から逃げるぞ」

 アリシアはそう叫ぶと、扉を開けて、謁見の間の外へと出た。武器を預かっていた衛兵は一人しかおらず、アリシアは一瞬で距離を詰めた。そして、鋭く踏み込むと全体重をのせたアッパーカットが衛兵のあごを打ち抜き、衛兵は意識を失い崩れ落ちた。謁見の間から出てきた海斗たちが、床に置いてあった、それぞれの武器を次々と拾うと、アリシアは

「大聖堂の出口に向かうぞ」

と叫んだ。

 海斗が殿しんがりとなって、海斗たちは大聖堂の中央通路を走り、中央出口から外に出た。すると、中央出口から海斗たちを追って来た二十数名の衛兵も外に出てきた。また、門番をしていた衛兵五、六名が門から海斗たちに近づいてきて、海斗たちはサンクト・ルミナス大聖堂の敷地内で完全に囲まれた。

 そして、余裕しゃくしゃくの表情のカイアンが中央出口から出てきて、こう言った。

「海斗、もう一度、先程の呪文を唱えろ。ただし今度は、私が君に貸した剣を媒体にしてな。どうやら剣なしでは、満足に魔法の一つも発動できないみたいだからな……私をこれ以上失望させるなよ、海斗」

 海斗は

「カイアンさん、本当にあなたは、フェルノスの森で俺を助けてくれた、あのカイアンさんなのか?」と信じたくない、といった表情で尋ねた。

「そうだとしたら?」

「どうしてだ? どうしてこんなことをする! あの親切で優しかったカイアンさんと同一人物だとは思えない」

「ハハハ、海斗君、君はまだ青臭い子供だ。大人の事情はわかるまい」

「俺と結衣を賞金首にしたのも、カイアンさん、本当にあなたなのか?」

「もう隠していても仕方あるまい。その通り、君たちを賞金首にしたのは私だ!」

 アンジェリカが、海斗とカイアンの会話に割って入って

「ほらね、私の言った通りでしょう」とドヤ顔で言った。

「カイアンさん、いやカイアン。俺たちは修道院で正気を失った巫女たちを見てきた。一体何が目的でこんなことをする?」

 カイアンは

「そんなことは君が知る必要はない。知りたかったら、せいぜい実力で私に言わせるのだな、ハハハハ」と高らかに笑った。

「そうかよ」

 海斗はそう言うと、エリザベスに目配せをした。エリザベスは詠唱する。

「全知全能なる神よ、敬虔なる者たちに御力みちからを分け与え給え、フィジカルエンハンス!」

 詠唱が終わると青白い光に包まれた海斗は、カイアンと海斗の間にいた衛兵たちを跳び越え、カイアンに一太刀浴びせようとした。

「どうしても言わないというのであれば、アンタの言うとおり実力で言わせてやる!」

 しかし、海斗の背後から影が飛び出すと、その影はカイアンと海斗の間に割って入り、海斗の剣をダガーで受け止めた。その影とはだった。

 海斗は驚き、当初一体何が起きたのか全く理解できなかった。結衣は頭がおかしくなったのか、それとも錯乱の魔法でもかけられたのか。海斗は、

「結衣、どうした、結衣。どうして俺たちを賞金首にした奴をかばう?」と叫んだ。

 カイアンは、

「結衣のことは、最後まで海斗には秘密にしておきたかったのだがな。しようがない、結衣、本当のことを言ってやれ」と言いながら不敵な笑いを浮かべた。

 結衣は今まで見せたことがない、厳しい顔をして

「海斗、私はねカイアンの、いやあなたから見たら平行世界の海斗のだったのよ」と答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る