第41話 酔っ払い

「じゃあ商談成立ね」

そう言うと、アンナベルは赤ら顔でニコッとした。

 そして、ふらふらとカウンターまで歩いていき銅貨数枚を置くと

「マスター、ごちそうさま。また、明日来るね~」

と言うと、千鳥足で店の外に出ようとした。海斗は、この酔っ払い、と思いながらもアンジェリカの体を支えた。アンジェリカは海斗に体を支えられながら雲海楼の外に出た。

 アンジェリカの肌から醸し出すいい匂いが海斗の鼻腔をくすぐる。アルコールで火照った肌のぬくもりが腕を通して伝わってくる。海斗は体を支えながら、思わず胸の谷間を見てしまった。

「ちょっと、あんたぁ、一体どこ見ているのよ~」

 用心深いと聞いていたが、結構酔っ払っているみたいだ。

「で、どこに向かうんです」

「私の家よ、私の。もしかしてホテルとか思っていた? 甘いわよ、このエロガキ!」

 海斗は少し違和感を覚えた。ホテルって単語、こっちにもあるんだと。が、酔っ払いの言葉じりをツッコんだところで、まともな回答は得られないと思った海斗はあえてスルーした。

「わかりました。で、アンジェリカさんの家、どこにあるんです?」


 海斗はアンジェリカの言うとおりに、路地を曲がって森の細い道に入った。そして歩いて五分経つと、森の中の赤い屋根が派手な一軒家に行き着いた。

「ここよ、ここ。ここが私の自宅兼魔法研究所なの。私、こう見えてこの辺りじゃ有名な魔法と占いの研究家なのよ~、うぃー」

 アンジェリカが喋るたびに酒臭い匂いがしてくる。情報を聞き出したら早めに帰った方がいいな、と海斗は思った。

「さあさ、家の中に入って、奥までずーんと」

「わかりました。わかりましたから、もう少し足取り、しっかりして下さい」

「何よ、偉そうに。ここは私の家よ。何か文句ある~」

「いえ、文句ありませんから。えーと、とりあえず寝室でいいですか、アンジェリカさんを置くの」

「寝室? 何、色気づいているのよ、このエロガキ!」

「いや、別にアンジェリカさんを置くの、台所のテーブルの上でも良いのですけれどもね、俺としては」

 海斗は、段々酔っ払いの相手をするのが面倒くさくなってきた。大体この状態じゃ、仮に俺たちを賞金首にした人物の名前を聞いたところで、かなり怪しいとしか言いようがない。今日のところは、酔っ払いをベッドの上に置いたら、さっさと帰って、明日にでももう一度交渉した方がいいのかもしれない。

「しょうがないわね、寝室でいいわよ、寝室で」

「ハイ、ハイ、わかりました、寝室ですね。で、寝室はどっちなんですか?」

「奥の部屋~」

「わかりました、奥の部屋ですね」

 海斗は台所兼食堂の奥の扉を開けると、ベッドの上にアンジェリカを置いた。

「それじゃあ、アンジェリカさん、今日はお話しできるような感じじゃないんで、明日改めて雲海楼で待ち合わせをしましょう。明日はアンジェリカさんが酔っ払っていない、夕方から行きますので。それじゃあ」

 と、海斗は寝室を出ようとした。

「ちょっと待ってよ~。少し薄情じゃない?」

 と言って、海斗の左手をつかむとそのまま強引に引っ張った。アンジェリカの予想もつかない行動に、海斗はバランスを崩してベッドの上に倒れ込んだ。

 アンジェリカは

「私、こんな抱き枕が欲しかったんだ」

と言うと、海斗をベッドの上で抱きしめた。海斗の顔にちょうどアンジェリカの豊満な胸が当たって、海斗は息が苦しいやらうれしいやら。少しこのままでもいいかな、と思っていると、今度は

「喉渇いちゃった。ちょっと台所に行って水取ってくるから、ちょっと待ってて。帰っちゃ駄目よ」

と言うと、台所に行ってしまった。

 どうする。この家を出るには台所を通るしかないので、帰るのなら強引にこの家を出て行くしかない。ただ、アンジェリカはかなり酔っているので、もしかしたら、ポロッと俺たちを賞金首にした奴の名前を言ってくれるかもしれない。そうしたら儲けものだが、その発言の信憑性もあるしな。どうしたものか。とりあえず、今の状況を知られたら、レイナやエリザベス、もしかしたらアリシアですら怒るかも知らない。絶対、このことは黙っておこう、と海斗は思った。

「Kaito君、まだいたの? はい水」

 と両手に持ってきたカップのうち、右手のコップを海斗に差し出した。

「いや、待っていろと言ったのはアンジェリカさんでしょう。それに俺、喉渇いていないから、水はいいですよ」

「何~。私の水が飲めないって言うの、アンタ」

 海斗は酔っ払いの扱いに辟易へきえきしていたので、ここはおとなしく水を飲んで帰ることにした。

「じゃあ、水を飲んだら帰りますからね」

 そういうと海斗は水を一気に飲み干して、立ち上がると、寝室の扉に手をかけた時だった。急に立ち上がったせいだろうか。立ちくらみのような感覚を覚えて、意識が朦朧もうろうとしてきた。海斗はしゃがみ込むと、

「大丈夫~」

とアンジェリカ。が、海斗がかろうじて振り返ってみると、アンジェリカは口角を上げて笑みを漏らしているようにも見えた。

 海斗は完全に意識を失い、倒れ込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る