第18話 夢の現場と幸せのメーター

 

 テレビ局の前であたしはその大きな建物を見上げていた。民放とは違う簡素さが建物自体から漂っている気がした。

 どこかお役所のような雰囲気に、普段の仕事とはまた違う緊張感に襲われる。


「とうとう立夏と同じ現場だね」


 見上げるあたしの隣で綺羅がそう言った。平坦な声音からは何も読み取れない。

 あたしが立夏さんを追いかけるのをずっと見てきた綺羅は、ある意味では戦友のようなものだった。誰よりもだ。

 あたしの命を取っていくのも彼なのだけれど、どこか憎みきれない。

 期待と緊張であたしは少しだけ身震いした。


「受かってほっとしてる。立夏さんの相方なんて、絶対あたし以外にさせたくない」


 グーパーと手を動かしながら見つめる。あたしは予感通り立夏さんの相手役に合格した。

 これで落ちていたら、死んでも死にきれない。

 今回の朝ドラは、地方に住む女の子が、周りとぶつかりながら地域を活性化させるお話だ。

 あたしと立夏さんはライバルグループ「Mrs.コロン」として主人公の前に立ちはだかる。


 ドラマで共演できるだけでも貴重なのに、その役がユニットの相方だなんて、嬉しすぎる。

 デビュー当時なら考えられなかった奇跡のような配役だった。

 そんなあたしの様子に、綺羅は呆れたようなため息をつく。


「君さ、ほんと、少しは怖がってよ。いつ死んでもおかしくないんだからね?」

「だって、まだまだ幸せになれるもの」


 綺羅の瞳をまっすぐに見返す。

 そう、まだ終われない。こんなところで死ぬわけにはいかないし、きっと死ぬこともない。

 もっと立夏さんの隣にいられるようにならなきゃ。

 そんなあたしの決意を見透かしたように、綺羅は自分の胸ポケットに手を入れるとあたしの前に差し出す。


「はぁ……これ、見なよ」


 彼の手のひらに載っていたのは小さなガラスのペンダントだった。

 大きさは手を握れば見えなくなるくらい。ハートの形をしたそれは、透明で中に青い液体が溜まっている。

 金色のチェーンがついたそれをあたしは手に取り、光にかざす。


「なぁに、これ」

「それが満タンになったら、君の命をもらうから」


 綺羅がさらりと言い放つ。あまりにも普通に言うから、聞き逃しそうになった。

 あたしはペンダントから目を話し綺羅を見る。

 一瞬、時が止まったように思えた。


「え?」

「あと半分。君が幸せを感じるたび、その水は増えていくよ」


 視線を落とすと確かに液体はハートの下半分ほどまで溜まっていた。

 どういう仕組みかはさっぱりわからないが、どうやらこれが満タンになった瞬間にあたしは綺羅に命をとられるらしい。

 目の高さからペンダントを握りこみ、胸の前で包み込む。無機質な冷たさが手から伝わってきた。


「幸せメーターだね」


 あたしは唇を吊り上げた。

 これが満タンになったら死ぬということは、それがあたしの一番幸せな瞬間だということ。

 それはあたしの望みが叶った瞬間ともいえる。


「どっちかといえば、死ぬまでメーターなんだけど」


 笑うあたしに綺羅は気味悪そうに顔をしかめ、眉間にしわを寄せる。

 綺羅の思う通りに反応なんてしてあげない。

 あたしの幸せはあたしが決める。

 面白くなさそうな彼の様子を見ながら、あたしは笑った。


「ありがとう」

「……何が?」

「こんな目安をくれて。これで、あたしはまた頑張れる」

「少しは怖がって欲しいなぁ」


 綺羅は本気で頭を抱えたように肩を落とす。

 怖がる暇はない。これを満杯にしないよう気を付けつつ、あたしは夢を叶えないといけないのだから。

 綺羅のぼやきを背に、あたしはペンダントを鞄にしまい込むと、テレビ局の中へと足を踏み入れた。


 *


 長机がロの字を書くように並べられている。着いた部屋の奥には、もう立夏さんが座っていた。

 台本を手にしながら、ブラインドから差し込む光を浴びている彼女の姿は、どこか絵画の中のワンシーンのように美しかった。

 あたしが指定された席は立夏さんの隣。小走りに駆け寄った。


「立夏さん、お久しぶりです!」


 立夏さんの隣で止まり、頭を下げる。肩に下げていた荷物がずり落ちた。

 あたしの挨拶に立夏さんは驚いたように顔を上げ、あたしの姿を認めると柔らかな笑みを浮かべた。


「イロハちゃん、久しぶり。元気そうで安心したわ」

「立夏さんに追いつきたいので、休んでられないんです」


 今日からあたしは立夏さんの隣に立つことを許される。まだ仕事でだけだけど、いずれ公私ともにそうなりたい。

 正面から見つめた立夏さんの瞳は、出会った時から変わらない。その瞳の奥で星が瞬いているような強さがある。

 この人に追いつきたくて、ずっと走り続けてきた。

 ようやく隣に並べる場所まで来たのだから、ここで立ち止まるわけにはいかない。

 けれど、あたしが見すぎたからか、立夏さんは少し戸惑ったように瞬きをした。


「このドラマじゃ相方だから。そんなに力まないで」


 ぽんぽんと肩を叩かれ、椅子をすすめられる。

 小さく頭を下げると荷物を置いて、横座りをするように立夏さんの方を向いて座った。

 

「立夏さんと一緒にドラマ撮れるのが、本当に嬉しいんですよ」


 ちょっとだけ唇を尖らせる。あたしがいくら言っても、立夏さんは軽く交わしてしまうから。会うたびに直接的になっている気は自分でもしていた。

 立夏さんは少し驚いたように目を丸くしたあと、静かに微笑む。


「私もいつかイロハちゃんと仕事ができたら、面白いなって思ってた」

「本当ですか?」


 一緒に仕事がしたい。女優として突き進む立夏さんを知っていれば、一番嬉しい言葉。

 あたしは立夏さんを見上げた。

 

「うん。イロハちゃん、誰よりも真面目に女優になりたがってたから……だから負けないから」


 下から見た立夏さんの瞳は、やっぱり輝いていた。

 きらきらと輝きを増す星たちに、あたしはずっと縫い留められている。

 やっと正面でそれを受け止められることに身震いした。


「はい! よろしくお願いします」


 あたしは両手を握り大きく頷く。

 ——その瞬間、カバンにぶら下げていたガラスの中に、小さな水滴が落ちた。小さな波紋が広がり、青かった液体の色が淡いピンクに変わっていく。

 ハートの真ん中を越えた。

 視界の隅で起きた現象に、どこかで綺羅が笑っているような気がした。それが何を意味するのか、あたしはもう理解している。


 あたしの人生は、もう折り返し地点にいる。


 けれど、不思議と恐怖はなかった。

 それよりも、このドラマを、立夏さんとのこの時間を、誰よりも輝かせたい。その思いだけがあたしの胸の中を満たしていたのだ。

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