第247話 祈りとは、願いに似ている
俺は現状を把握するのに、自分の足で歩いていた。
俺自身が動かずに物量作戦でなんとかする案もあったのだが、二つの理由で一旦保留する。
一つは、まだ慌てる時間には早いということ。
もう一つは、いつ抜け出せるかわからない状況で、悪戯にCPを消費したくないということ。
時間も有限だが、CPも有限だ。たんまり回復薬を買い込んでは来たが、何度も物量作戦をやるほどの余裕はない。
もしどうしようもなくなれば、物量作戦もやぶさかではないが、現状はひとまず様子見を含めて、先に生み出したゴブリンマジシャンだけをお供に歩いた。
さて、どの程度歩き回っただろう。
この事態が発生したと同時に発動していたカウントスキルは、すでに600、十分が経過したことを示していた。
(まずいな)
この十分の間、何も見つからなかったというわけではない。
いや『見』つかってはいないのだが、一つわかったことはある。
それは、このギミックの種類がなんとなくわかったということ。
具体的に言えば『とある目的地へと誘導する』タイプであり、同時に『幻覚などを使って操ろうとする』タイプでもあるようだということ。
まず、俺はまだオートマッピング先生を信じて、うろうろと歩きまわってみたわけだが、それで気づくことはある。
それは、散々方向感覚を狂わされ、マップもループしているこの場所でも、一方向だけは正しく進むことができるらしいこと。
つまり、ギミックにはそちらの方に向かわせたいという思惑があり、オートマッピング先生もそちら方向にだけはマップを正しく書けるようだということ。
これはまさしく、オートマッピング先生の功績だろう。
もし、手書きマッピングだったら、ループしていることにも気付かずに延々となんの正確性もない地図を書きつづけるところだった。
……いやまぁ、代わり映えのしない森の中という点で、どのみち手書きで精巧なマップを書くのは難しいだろうが。
少なくとも五階層がこの広さなら、どのみちマップ作成スキルがなければまともに進めないだろうし、この辺りは織り込み済みなのかもしれないが。
どんなマップ作成スキルであっても、正解はわかるようになっているとか。
他の斥候職の人とかは、どういうスキル持ってるんだろうな。
閑話休題。
とにかく、一つ分かったのはこのループ状況でも、正しい方向になら進んでいけるということ。
それと同時に、ある程度近づいたらその正しい方向に誘導する仕掛けもちゃんとあったということ。
それがなぜかといえば。
『おーい、こっちだよー!』
と、正しいと思われる方向に進めば進むほど、俺を呼ぶ声がはっきりと聞こえてくるからだ。
まず、この声が人間の声でないということは、確定だ。
なぜかと言えば、こんな食料もなければ敵も容赦のない、おまけに入口が俺の部屋というクソみたいな前提条件のダンジョンの五階層に、俺以外の人間が居るわけがないからだ。
この時点で、俺は他のどんな冒険者よりも、これ系の幻覚に強い。
重ねて言えば、俺はこの声に妙に耳をくすぐられる感覚がある。
というよりも、俺はこの声を知っている。何度も、よく聞いているからわかる。
おそらく、俺が今一番聞きたい声。俺が一番、取り戻したい声。
(茉莉ちゃんの声、なんだよな)
そう。これが、この声が幻覚であると断ずる根拠だ。
茉莉ちゃんの声が、このダンジョンの五階層から聞こえてくるわけがないのだ。
なぜなら、彼女は今、呪腐魔病に犯された状態で、俺の部屋に縛られているのだから。
そういう現実がわかっている。
ありえないことが起こっていると理解できている。
それでもなお、俺はこの声が茉莉ちゃんの声だと信じてしまいたくなる。つまり、かなり強力な幻覚系のギミックだ。
マップを見ている限り、俺が進むべき方角と、声が聞こえる方角は完全に一致している。
いずれにしても、そちらに進むしかない。
向かう先には、茉莉ちゃんのフリをした『何か』が待っている。
俺は、ふいに、スケルトンの死に様を思い出した。
彼らに歴史はない。
だが、彼らにも幸福はある。
少なくとも、死の間際の幸福感は本物だった。
きっと、この先に待っているのは、そういう幸福の類なのだろう。
「【祈りの祠】か」
祈りとは、願いに似ている。
ただ願いはもっと個人的なもので、祈りとはそういう個人の望みを越えた何かを神仏に託すようなものだと、聞いた覚えがある。
それを思えば、願いの祠の方が合っていそうなものだ。
なぜ、祈りなのだろうか。
答えが出るわけでもないそんなことを、考えずにはいられない。
死んだ世界。死んだ森。死んだ地面。
その向こうから、ここにはいないはずの誰かの声が、親しい人の声が聞こえてくる。
きっと、誰にだってそういう人はいるのだろう。
ましてやこの世界。ダンジョンの五階層にまで入ってくる人なら、取り戻したい人がいるのだろう。取り戻したい世界があるのだろう。
そういう人にとって、きっとこの声は、猛毒だ。
だけど、俺にはわかってしまうのだ。
声が心地よいのは状態異常で、それを俺は今、レジストしているのだと。
称号の『混沌と孤独の同胞』には、己が孤独であればあるほどに、状態異常耐性を高める効果がある。
この、胸をくすぐるような思いが、俺の心のうちから自然に湧き出たものではなく、むりやり引き摺り出されようとしているものだと、理解できてしまう。
だから、あれは茉莉ちゃんではなく。
そういう能力を持った、ただの『敵』の声だ。
祈りだなどと、ご大層なことを言うな。
ただ、人類を罠にはめるための、甘い誘惑に過ぎないくせに。
「ゴブマジくん。神聖魔術で状態異常耐性を高められるか?」
『グゲ』
俺が尋ねると、サモンしっぱなしだったゴブリンマジシャンが、ハッとした顔で俺に向き直る。
彼もまた、何かの誘惑を受けているのだろう。だが、この距離であるならば、まだ俺の言葉も届く。
彼が魔術を発動する代償に、俺のCPが抜けていく。
そして、かつてクソダンジョンでやったのと同じような、耐性上昇効果が付与される。
それと同時に、聞こえてくる『茉莉ちゃんの声』に揺さぶられる感情がほとんどなくなった。
「ありがとう、もう下がっていいよ」
『……グギャ』
とりあえず、仕事はしてもらった。
だが、これ以上近づけば、サモンモンスターであっても取り乱し、敵に回るかもしれない。
そんな予感がした。
だから、ここで頼れるのは一種類だけだ。
(ゴーレムであれば、属性が『虚心』だから、裏切るような心配はないだろう)
かつてテイムしようとして失敗したのが記憶に新しいゴーレムだが、こういう精神異常系の敵にはめっぽう強い。
俺はもしもの時に備えて、ゴーレムのコアをサモンしておく。
外付けバッテリーを使う代わりに、たっぷりとCPをチャージしておいて、ストレージにしまっておいたリュックを背負いその中に詰め込んだ。
『こっち、こっちだってばー!』
今いくよ。
うるせーから黙ってろ。
それから、さらにもう五分ほど歩いただろうか。
声に従い、マップを確認しながらたどり着いたそこは、なるほど確かに神聖な雰囲気がある場所だった。
古びた祠。
サイズはそう大きくない。自動販売機くらいだろうか。
その周囲にある拓けた土の広間に、御神木みたいな威容の一本の裸の大樹。
俺はそんな景色を、遠くの木の陰に隠れながらじっくりと観察していた。
『はやくきてよー! 志摩くん!』
俺のことをそう呼ぶ存在が、祠の前の広間に立っている。
きっと、状態異常に雁字搦めにされていたならば、そこにいたのは茉莉ちゃんに見えたのだろう。
だが、今の俺からすると、そこには人型の影しか見えない。
シェイプシフターだの、ドッペルゲンガーだの、そういうモンスターの名前が浮かんでくる。
少し悩む、どれくらい様子を見てみるか。
(不用意に近づくのは最後として、この状態でサモンモンスターをけしかけることに、どのくらいの意味がある?)
当初の予定では、ギミックが謎な祠に、ゴブリンやホーンラビットをけしかけて様子を見るつもりだった。
だが、現状は俺そのものがギミックに囚われている。この状態でそれらをけしかけた場合、何が見られるだろうか。
(まぁ、何もしないよりはよっぽどマシか)
そう思い、俺はそっと召喚場所を人型の影の真ん前に指定して、ホーンラビットをサモンしてみた。
もちろん、暗視はサービスでリンクしておく。これがないと何もできないからな。
「キュギュ」
俺のCPを消費して形作られたホーンラビットは、本物ではなくこれまた影のような黒い体をしている。
黒いウサギと、黒い人型が向き合う。
次の瞬間、人型はウサギの姿に変わった。
同時に、サモンしたウサギに変化。おそらく、即座に魅了のような状態異常にかかった。
観察していると、影のウサギがゆっくりと祠に向かっていく。サモンしたウサギも、誘われるようにフラフラとそれに付いていく。
そして影が祠の真ん前に立ち、サモンウサギも祠のすぐ側まで近づいて。
そして次の瞬間、祠から白い手のようなものが伸びた。
その手がサモンしたウサギに届き、ウサギを抱き抱えると、なるほど。
ゆっくりと、ウサギから力が抜けていって、最後には干からびるようにして粒子となって消えていった。
ただ、ウサギは最後まで苦しみの声は上げなかったようだ。
(謎解きじゃなくて、ボス系だったか……?)
まだ分からない。
何か、特定の条件を満たせば祠の中の何かを満足させておしまい、という可能性はある。
だが、現状なんの手がかりもないので、祠の中の何者かと戦う可能性も十分にある。
それが分かっただけでも、収穫と思おう。
『おーい! こっちだよ!』
しばらくすると、影がまた人型を作って、茉莉ちゃんの声で俺を呼ぶ。
さて、ゴブマジにかけてもらった耐性上昇の効果は、あとどれくらい保つだろうか。
俺は、自分が何かを判断するためにあと何が必要か考えながら、静かに進んでくカウントを数えていた。
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