身体の声が響く時

まさか からだ

第1話 出発

 村は静かだった――静かすぎた。

 朝日が昇り、いつもなら畑に出るはずの人々が家の中にこもり、戸を固く閉ざしている。外に出るのは、風に煽られた洗濯物や道端の枯れ葉だけ。


 カイは、その異様な光景に胸をざわつかせていた。村中が何かを恐れているようだった。誰に声をかけても、返ってくるのは無言か、どこかぼんやりとした視線。まるで、彼らの中身が空っぽになってしまったかのように。


 数日前、隣の家の老木職人がこう言っていた。

 「手が…動かんのだよ。どうやって木を削っていたのか、思い出せん。」

 それは、単なる老化のせいだと思っていた。けれど、同じようなことを言う人が次第に増え始めた。大工は道具の使い方を忘れ、農夫は土の触り方を思い出せない。子供たちですら、遊び方を思い出せず、無表情に座り込んでいる。


 そして昨晩、村の中心に住む長老が倒れた。「体が動かない」と弱々しく呟きながら。

 カイはその瞬間を思い出し、背筋に冷たいものが走る。村の異変がただの病気や疲労ではないと、確信したのはその時だった。


 ――何かがおかしい。これは、何かもっと大きなものだ。




 その夜、彼は眠りにつこうとしたものの、どうしても心が落ち着かず、月明かりの下で村を歩き始めた。静まり返った道を抜け、小川の近くで立ち止まる。そこに足跡があった。村人のものではない、見慣れない形の足跡が。


 風が吹き抜ける中、カイはふと自分の胸の内に小さな「声」を感じた。それは言葉ではなく、もっと根源的なものだった。体の奥底から響いてくる、耳ではなく体全体で聞くような感覚。


 「――助けて。」


 誰の声でもない、それでいて強烈に訴えかけてくるその響きに、彼は一瞬息を呑む。胸の鼓動が高鳴り、冷たい汗が背中を伝った。それは、自分自身の声なのか、それとも……?


 気づけばカイの手は拳を握りしめていた。足跡をたどるべきか、引き返すべきか。答えはわかっていた。胸の奥の声が、迷いを払って彼を突き動かしていた。


 「このままじゃ、村のみんなが消えてしまう。」


 こうしてカイは、村の異変の正体を探る旅に足を踏み出した。どこかで感じる確信――それは、身体がすべてを知っているということだった。

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