1-2【解き放たれた力】
人としての姿と一部の記憶を喪失し、現状を理解することが出来ない彰。
そんな彼の目の前で、更なる混乱がこの場に襲い掛かった。
「嘘だろ!? 【アニメイター】が来るなんて聞いてないぞ!」
「起こっちまったモンは仕方ないだろ! とにかく非戦闘員を逃がすぞッ!」
辺りから絶叫にも似た人々の悲鳴が発せられ、傍にいた人々が一斉に彰の近くから逃げ去る。
「つ、次は何だって言うんだよ……」
尋常じゃない状況に恐怖を覚え、かろうじて動かせる上半身を起こし彰は目の前の状況を把握しようとする。
彰の左右には高いパーティションが設けられており、前方以外に離れた位置を確認することは出来ないようだ。
鎧のような足元の先には作業用の通路が設けられており、そこを白衣やツナギを着た人々が左手の方角に向け逃げている。
通路は車両が通れるほどに広く、彰の傍に停車する何かの作業用機械を積んだ車両に白衣の人物が乗り込む。
車両は一目散に避難する人々と同じ方向に走り出し、パーティションの向こうに消えていく。
「何でこんな、みんな必死になって……ッ!?」
人々が逃げ惑う中、コンクリートを砕くような音の後に飛んで来た壁の一部のようなものが視界の先にあった機械類をなぎ倒す。
危機感を煽るような警報が低く唸り、照明は昼光色のライトから非常用のオレンジ色の灯りに切り替わる。
逃げ去っていく人の姿もまばらになったかと思えば、今度は先程の武装したツナギ姿の人々が現れる。
彼らは各々何かを言い放ちながら、人々が避難した方とは逆の方にライフルを乱射しているようだ。
もはや彰に注意を向ける余裕もなく、恐怖と焦燥に歪んだ鬼気迫る表情を浮かべ引き金を引き続ける。
薄暗くなった施設内で、眩しく光るマズルフラッシュの残光が彰の目に浮かぶ。
破壊音。銃声。人々の怒号。
混迷を極めた自らの周りに彰はただただ恐怖し、身動きが取れないという事実に絶望する。
「くそ……くそくそクソッ! 何なんだよこれ!!」
両腕を乱暴に動かしても拘束が外れる様子はない。
体をよじってみても、腹部をの拘束具はびくともしない。
足首を押さえられているためか、脚の方は満足にもがくことも出来なかった。
それでもこの場から逃げ出そうと彰は足掻く。
自分の体がどうなっているかなど気にしている場合ではない。
異常な状況から逃げなければ間違いなく自分の命が危ないと直感していた。
「あ、あああぁぁーっ!!」
一際大きな悲鳴が彰の耳に届く。
何事かと通路の方に視線を向けたその直後、彰の傍で戦闘をしていた人々の姿が一瞬にして消える。
そして、人々が避難した方向から大きな破壊音が轟いた。
(今、人がいたところを何か通り過ぎて行ったような……)
人々の声が消え、サイレンの音だけが響く。
一瞬にして人の気配が失われた施設内で、今度は別の金属音が聞こえてくる。
ガシャリ、ガシャリと。
甲冑騎士が歩き、装甲同士がぶつかり合うような音が右手から彰のいる方へと近付いてくる。
固定が外れた非常灯が揺れ、彰の見る方角にある影が不気味に動く。
しばらくして、パーティション越しに視界を遮られた先に音を放つ者の気配を感じる。
「へ……?」
揺れる非常灯の明かりに照らされる新たな影。
見間違いでなければ、彰にはそれが複数の脚を持っているように見えてしまった。
そいつは確実に彰の方へと接近しており、やがて足音を立てながらその姿を現す。
言葉を詰まらせる彰。
通路に姿を現したそれは、今の彰と同じような金属で作られた四対の脚を持つ怪物だった。
構造は中央に関節を持つ虫のような形状をしており、脚の長さは伸ばせばこの施設の天井以上はあるだろう。
対して、脚に繋がる胴体は比較的小さく、まるで頭のない馬の胴体のような構造をしている。
その胴体には、彰と同じ鎧のような姿をした巨人が跨っていた。
右手には長柄の武器らしきものを持ち、左手には跨る鉄の化け物と繋がる手綱らしき光る紐を握っている。
「あ、あぁ……そんな……」
どう見ても人知を超えたその存在を前に、彰はただ恐怖した。
体を震わせ、それでも出来る限り気配を消そうと息を潜めようと努力する。
しかし怪物を操る鎧の巨人は、既に拘束されている彰の存在に気付いてしまっていた。
手綱を引き、怪物を止める鎧の巨人。
無骨な兜には横一直線にスリットが入っているが、その隙間から目のようなものは確認できない。
まるで空っぽなのかと想像させるその顔と目が合い、既に意味を成していない彰の呼吸が止まる。
武装し、鋭い脚を持つ怪物に跨る相手が平和的存在なわけがない。
外見からも分かる敵意に当てられ、逃げるための足掻きすら忘れてしまう彰。
見逃してくれと心の中で願うが、無情にも鎧の巨人は手綱を操り怪物の行く先を彰の方に向ける。
金属同士がぶつかる音を響かせながら、見た目に反したなめらかな動きで怪物が近づいてくる。
床を突く足の先端は鋭く、これを振り下ろされれば彰の胴体など容易く貫かれるだろう。
全く自分の体を把握できていないが、少なくともそんなことになれば確実に死ぬと本能で理解することが出来た。
「来るな……こっち来るなよ…………」
震える声で懇願しても無駄だ。むしろ人の言葉が届いているのかも怪しい。
もはや前方の脚は彰の体を跨ぎ、怪物を操る鎧の巨人が真上から覗き込んでくる。
手にした長柄武器の切っ先を拘束された彰に向けると、それで彼の胴体を軽く小突いた。
サイレンの音は遠く、金属のぶつかる音が嫌に大きく頭の中で反響する。
失神寸前の恐怖に襲われる中、彰は自らの死を覚悟していた。
――――逃げて。
自分ではない誰かの声。
逃げろ……生き残れと呼びかけるそれを聞いた瞬間、彰の体に急激な変化が起き始める。
体の内から力が湧き上がり、変わり果てた鉄の体がまるで元々の姿だったかのように違和感が消えていく。
頭の先からつま先まで、切れていた神経が一斉に繋がったかのような錯覚が彰の脳内を巡る。
右腕に対し無意識のうちに力がこもる。
その直後、あれほど外れる様子のなかった拘束が容易く引き裂かれ、猛然とした勢いで右腕が振り上げられた。
上がった拳は怪物の左前脚に衝突し、そこから破片をばら撒きつつひしゃげ砕ける。
破壊された断面からは黄色い液体が吹き出し、彰の顔を汚す。
脚を粉砕された衝撃で怪物はバランスを崩し、跨っていた鎧の巨人が投げ出されそうになる。
「何が、一体どうなって……くそっ!」
逃げるなら今だと本能が訴える。
それに従い、彰は自由になった右手を使い腹部の拘束を破壊。
右腕同様左腕の拘束も強引にちぎり、最後に自由になった両手で足首の拘束を引き剥がす。
全ての拘束が解かれた瞬間、まるでこれまでの息苦しさが嘘のように体が軽やかに動く。
鉄の巨人が怯んでいる間に立ち上がり、怪物の脚の間をすり抜けるようにしてその場を離れる。
視点は明らかに人間の頃より高く、長くなった足のおかげで人間の頃よりも早く走れた。
また、今になって自分が背中に何かを背負っているような状態にあること気付くが、詳しく調べる余裕はない。
後方から追いかけてくる敵の気配に怯えつつ、彰はひたすらに通路を走る。
残骸や破片が散らばり、倒れた鉄製階段を飛び越え避難した人々と同じ方向に進んでいく。
途中床に点々と落ちていた赤いものに対して、彰は意識して視線を向けないようにしていた。
大きな足音を立てながら通路を駆け抜け、やがて視界の先に格納庫に付けるような大型扉があることに気付く。
その周囲を見て、彰は思わずその足を止めそうになってしまう。
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